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角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(34) 冷え冷え好き

  • URPRESS 2025 vol.83 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

かき氷のタペストリーの写真photo・T.Tetsuya

日本の人たちは冷たい食べものが好きすぎると、個人的に思っている。世界各国を旅してみても、こんなに冷たい食べものが充実している国はないのではないか。日本の夏より暑い地域はいっぱいあるが、ではそこで冷たい料理が充実しているかというと、そうでもないように思う。

たとえばインド。ライタというヨーグルト味のサラダは有名だけれど、そのほかは?と考えてもあまり出てこない。ネットで調べると、冷たいカレーというものもあるそうだけれど、これはインドで実際に食べられているのか、ちょっと疑問だ。ちなみに私がインドを旅した際、どの地域でも冷たい料理はなかった。冷めた料理ならあったけれど。

もっとも暑い国のひとつとされるマリ共和国でも、冷たい料理は食べなかった。マリの場合は取材旅行で、各地の食堂にいけたわけではないので、かなり限定的な知識しかないけれど、冷えたものといえばコーラやファンタだけで、それらにありつけると生き返る思いがした記憶がある。

タイや台湾では冷たい食べものはデザートには多いけれど、食事にはあんまりない。冷やしトムヤムクンはタイ発祥の食べものなのか疑問だし、台湾の涼麺は冷え冷えというよりも常温だ。

日本の冷たい食べものの豊富さは、各国と比べものにならないと私は思っている。そうめん、冷やし茄子、冷や汁、煮こごり、冬瓜料理など、伝統的な和食にも冷やした料理は多い。それらは常温や冷めた状態ではなく、きんきんに冷やす。冷やし中華は中国には存在しないのに鑑みると、先に挙げた冷たいカレーや冷やしトムヤムクンも、日本独自のものではないかという疑問が拭えない。

各国の冷たい料理もすぐに広まる。ビシソワーズも冷麺もガスパチョも、今ではだれでも知っているしコンビニエンスストアでも手に入る。

それに、日本の人はなんでも冷やす。おでんも冷やすし茶碗蒸しも冷やす。焼き芋も冷やすし、しゃぶしゃぶも、ラーメンも冷やす。お茶漬けも冷やし、天丼もかつ丼も近ごろは冷やしているらしい。冷やさずには気がおさまらない国民性なのだろうか。

昨年の夏、私は本気で気候変動を案じたほどの暑さだったが、今年はそれを上まわって暑かった。外出先なら冷たいうどんやそばを食べて「生き返る」と思い、自宅でも冷たい麺料理を作り続けた。昨年の夏、私がハマって作り続けた冷たい麺料理はビビン麺だったが、今年はコングクスだった。コングクスとは韓国の冷たい豆乳麺のようなもので、本格的に作るとなると、水で戻した大豆を煮るところからはじめるようだが、豆乳にめんつゆを入れればかんたんにできる。麺はそうめんで代用できる。

「できる」などと書いているが、ネットのレシピに教わっただけで、私は本場のコングクスを食べたことがない。だから、ただしいのかどうかわからない。そしてただしいのかどうかわからないまま、きんきんに冷えたコングクスで夏を乗り切った人は、私以外にもおおぜいいると思う。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『神さまショッピング』(新潮社)。

かくた・みつよさんの写真

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