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角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(17) 「加齢と自然回帰」

URPRESS 2021 vol.66 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


イメージ写真photo・T.Tetsuya

不思議なもので、加齢に従って自然を求める気持ちが出てきた。二十代のころは、みやげもの屋も食堂もまったくない山や野や自然公園には興味がなかった。興味がないどころか、恐怖ですらあった。もしたまらなく喉が渇いたら、トイレにいきたくなったら、と考えると、自動販売機もトイレもない場所はこわかった。

人工物の何もない景色を見たい、山を歩きたい、ちいさい海ではなくてどでかい海が見たい、うっそうと茂る木々や紅葉に染まる山を見たい。四十代になってから、そんな欲求が出てきた。しかもそれはあらがいがたいほど強く、私は山を走るトレイルランニングの大会に参加したり、原生林を歩いたりするようになった。そうしながら、毎回驚く。前は自然なんていやだったのになあ、山を歩くより、峠の茶屋でビールを飲むことを好んでいたのになあ。

暮らしのまわりにも緑のものがほしくなる。観葉植物や切り花を飾りたくなる。これもまた、若いときには考えられなかったことだ。そもそも私はいわゆる「火の指」の持ち主で、植物を育てようとしてうまくいったためしがない。だから長いこと、私の暮らしには植物がなかった。

数年前に、知人が大きなパキラの鉢植えをくれた。きっと枯らしてしまうだろうと思いながら水やりをしていたが、めずらしいことに枯れず、すくすく育って大きくなっていく。それにはちょっと感動し、もしかして今まで私の指のせいではなくて、日ざしや風の入り具合、いや、土地の磁場や気の関係で、植物は育たなかったのではないか、と考えた。今の住まいは植物にとってよい気が流れているのではないか。あるいは私が植物好きになったから、植物もそれを察知しているのか。そんな非科学的なことまで考えている。

とはいえ、わが家には猫がいる。猫が食べてはいけない植物や花は多い。そうして猫とは不思議な生きもので、近づいてくれるなと思っているものには、かならず近づき、においを嗅いだり噛んだりする。調べてみると、パキラはいいが、ポトスはだめだし、花を飾るにしても、猫を死に至らしめるほど危険な種類もある。そんなわけで、植物や花を愛でたい欲が出てきても、好き放題には飾れない。

インテリア雑誌を眺めていると、ここは温室かと思うくらい観葉植物を並べている部屋がある。そういう部屋に住む人は、センスもあって植物愛もあるのだろう、緑は冴え冴えしているし、部屋も居心地が良さそうだ。いいなあ、とうっとり眺めるのにとどめて、わが家では、猫に安全なパキラがすくすくと育ち続けるのをただ見守っている。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『銀の夜』(光文社)。

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