街に、ルネッサンス UR都市機構

まちの記憶(3)角田光代 町に沈む記憶

URPRESS 2015 vol.40 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(3)角田光代 町に沈む記憶

東京で暮らしていると、町の変化がよくわからない。実際は、あれ、ここにあったビルがなくなった、とか、こんな巨大な建物ができている、とか、しょっちゅう驚いている。あったものがなくなったり、なかったものが出現したりすると、それに気づくより先に、視界が何かぐにゃりと歪んだような錯覚を抱く。それで、ああ、と理解するわけである。

けれども、総合的にどう変わったかということが、わかりづらい。それはつまり、どこが変わっていないかも、とらえづらいということだ。これは東京の町の特性ではなくて、私の日常の場だからだろう。日常的に触れたり見たりしているものは、変化や不変がわかりづらい。

これが旅先だと、すぐわかる。昨年のはじめ、スリランカにいった。十四年ぶりである。コロンボの町には近代的な高層ビルが建ち、お洒落なショッピングモールが建ち、はじめて訪れたのと変わらないくらい知らない町になっていた。それでも、町を歩いていると、なんでもない場所がぴたりと記憶と重なる。点々と浮かび上がる記憶をつなげるように歩いていくと、当時からずっとあるお寺や公園に出る。

バスターミナルの喧騒、その周辺に密集する商店、色鮮やかな屋台の果物、ドアから身を乗り出し車掌がいき先を大声で告げるバス。以前も見た、歩いた、触れたもの、会話した人が次々に浮かび上がって、十四年前の旅そのものを、もう一度旅することができる。

近代的な建物やお洒落な店といった、めざましい変化に目をこらしていると、不思議なことに、見えてくるのは、変わっていないものばかりだ。その「変わっていない」部分が、その町の持つ本質なのだろうと、旅をしていると実感する。たとえばコロンボの町だったら、日向と日陰のコントラストや、近代化と手つかずの自然の矛盾のない共存、仏像が町の至るところに飾られているのに象徴される厚い信仰心、そして人々の寛容さ。そうしたものを、どれほど町が発展しても、人々が都会的に洗練されても、二十年後の旅人もきっと味わうはずだと私は思う。

私の暮らす町でも、ただわかりづらいだけで、そうした変化と不変はあり続けるはずだ。絶え間なく変化し、そのぶん不変はさらに根づく。

散歩の途中、なんでもないクリーニング屋さんの前を通りかかって、「あ」と声が出そうになった。その道はめったに通らないから忘れていたけれど、この町に引っ越したばかりのとき、はじめてビールを買った店だったと思い出したのである。その当時は酒屋さんで、借りた部屋からいちばん近い商店だった。酒屋さんだったころを思い出すと、とたんに、その角を曲がったところで飼われていた犬や、その先の駐車場でおこなわれていた猫集会なんかが、次々と思い出された。

ああ、やっぱり、自分の住む町にも、旅とは違う記憶が染み込んでいるのだなあ。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『笹の船で海をわたる』(毎日新聞社)。

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