街に、ルネッサンス UR都市機構

未来を照らす(3)スペシャルインタビュー つるの剛士さん

URPRESS 2014 vol.40 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


未来を照らす スペシャルインタビュー つるの剛士さん
「地元が大好き! 地域の人々とつながりながら多世代交流を楽しみたい」

「理想のイクメン芸能人」との呼び声も高い、つるの剛士さん。
お住まいのある湘南で、地域との関わりを大切にしながら、4人の子育てに奮闘中です。
その原点は、子どもの頃の社宅住まいにあるのかもしれません。
地元への愛にあふれたつるのさんが考える、多様な世代がゆるやかにつながる社会とは?

タレント つるの剛士さん

つるの・たけし
1975年生まれ、福岡県出身。
「ウルトラマンダイナ」のアスカ隊員役を経て、2008年「クイズ!ヘキサゴン」でユニット「羞恥心」を結成しブレイク。音楽活動とともにタレントとしてもマルチに活躍中。将棋、釣り、楽器、サーフィン、イラストなど趣味・特技も幅広い。ふじさわ観光親善大使。

4人の子育て真っただ中

いま、10歳の長男を筆頭に、8歳、7歳、5歳の女の子の4人の子育て真っただ中です。じつは僕も4人兄妹の長男で、下に3人妹がいます。なので、子育ては自分の記憶のなかにある両親の姿が基本になっています。

両親はとっても仲が良くて、特に叱られたことも、きつく躾を受けたこともなかった。だから、うちも難しいことを言うより、夫婦仲良くしていれば子どもは勝手に育つかなと思っています。

僕はもともと子どもが好きで、初めて子どもが生まれたときはみんなに自慢したくて、よく子どもを連れて出かけていたんです。でも、10年くらい前には、乳児室に行ってもパパはいないし、男性トイレに入ってもベビーチェアがなくて自分の用がたせなかったりと、現実的に男性が育児に入っていける環境ではなかったんですね。それに比べると、今は男性も子育てに参加しやすい環境になったなと実感しています。

子育てをしながら思うことですか? 好きな仕事をしている僕みたいに、子どもたちにも早く自分の好きなものを見つけてもらいたい、ということですね。親として、それをバックアップしてあげる存在でありたいと思っています。

4人ともキャラクターが全然違うので、おもしろいですよ。それぞれ好きなことをやっているときの目の輝きを見ているのは、とても楽しいですね。

育児休暇取得が大きな反響に

うちに帰ったらちゃんと奥さんの話を聞いてあげなきゃいけないな、と実感としてわかるようになりました

4人目の子どもができたときに、2カ月間育児休暇をとったのですが、その反響の大きさには驚きました。

ちょうど1人目の息子ができたときにNHKの子育て番組をやっていて、その特集で育児休暇を初めて知りました。次に子どもができたらとりたいな、と漠然と思っていましたが、4人目ができた年にちょうど「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」というすてきな賞をいただいたんです。その頃は「羞恥心」で忙しくて、地域の人とも全然かかわらず、仕事ばかりで育児もできず、頭のなかもパンク寸前。昔から父が、「仕事と家庭のバランスはちゃんとしとけよ」と言っていたのが脳裏にあり、その授賞式のときに「育児休暇とります!」と言っちゃったんです。

事務所に相談もしなかったから、社長がひっくり返りましたけど(笑)。周りの芸人さんたちからは、「(休暇明けに)戻ってくるとこないじゃん」ってさんざん言われましたが、僕はむしろ家庭に入ることで仕事に持ち帰れることがあると思っていたので、後ろ向きには考えなかったですね。

育児休暇中は、弁当を作ったり、子どもたちと遊んだり、送り迎えしたり。それはそれで楽しかったんですけど、いちばん思ったのは「奥さんって大変だな」ということ。

何が大変かって、毎日同じ時間に同じことをやらなければならないことですよ。芸能界に限らず、仕事をしていれば、毎日のスケジュールに変化がある。でも、家に入ってしまうと毎日あまり変化がなく、こういう時間にこんなことをやっているんだというのがわかったんですね。だから、うちに帰ったらちゃんと奥さんの話を聞いてあげなきゃいけないな、と実感としてわかるようになりました。

湘南に引っ越して地域のつながりを実感

都内から湘南に引っ越したのも、ちょうどその頃ですね。「子どもにいい環境だから?」と聞かれるんですが、ただ僕が遊びたかったからです(笑)。釣りが好きで、よく奥さんとデートに行っていたまちなんですが、狙っていた物件がポンとあいて、このタイミングだって。

これがまた、住んでみたらほんとうにいい所なんですよ。自然があるし、“海”というキーワードでつながれる地域のみなさんがいる。彼らはちゃんと仕事をしながらも、どこかにゆとりがある人たちです。

地域のよさを実感したのは、引っ越しして間もなくですね。長女が肺炎になって救急車で運ばれたことがあったのですが、そのとき近所の方がたのみもしないのに来てくれて、「子どもは見とくから大丈夫、行っといで」って。

僕は育児は家庭のなかでするものだと思っていたんですが、「育児は地域でするものなんだ、自分も地域に出て子育てしなきゃいけないな」と思った瞬間でした。今は家にしょっちゅうよその子どもが遊びに来るし、去年の夏はパパ友、ママ友と子どもたち30人でキャンプに行きました。

僕が住んでいる地域には、おじいちゃんおばあちゃんもたくさん住んでいらっしゃいます。毎月草取りがあるので、僕も子どもといっしょに参加しますが、「子どもたちの声がするまちは安心する、どんどん参加してほしい」と、すごく喜ばれるんです。

うちの子どもたちも、おじいちゃんおばあちゃんの作業を見て、昔ながらの知恵を学べるし。草取りが終わったあとは、お茶やビールを飲みながら話したり、将棋好きなおじいちゃんと一局やりましょうか、なんてね。そういう多世代交流は大事だなと思いますね。

仕事が終わったら“直帰”です。東京は仕事する場所、湘南は完全プライベートって感じで、自分のなかでスイッチが切り替えられるのもいいんです。でも、すごいですよ、3年で車16万キロ走りましたから。タクシーの運転手さんにも「俺より乗っている」って言われました(笑)。それでも帰っちゃいますね。

団地世代が多世代交流の接着剤に

地域のパパ友、ママ友と子どもたち総勢30人で、千葉の海でキャンプを楽しんだ。

そうやって今、自然に地域の人と親しくできるのは、子どもの頃に団地のような社宅に住んでいたことが大きいのかもしれません。父が銀行員だったので転勤が多くて、二十歳になるまでずっと社宅住まいだったんですよ。それも何棟も建っている団地みたいなところです。小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、本当にいろんな世代の方が住んでいました。

東京の練馬にいたときは、2LDKに8人で住んでいましたね。子ども部屋に4人、じいちゃんばあちゃん、父ちゃん母ちゃん、そこに猫とハムスターが2匹いたんで、すごいことになっていた(笑)。今考えたらギュウギュウ詰めで暮らしていました。

この2LDK8人暮らしの経験があるせいか、僕はすごくシンプルに、地域の人たちと仲良くしなければダメだなと思うんです。隣の人がどんな人かわからないような生活って、なんだか怖い気がするんですよね。

バイクで30分の場所に借りた畑で、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に収穫。

社宅にいたときも、社宅だけのお祭りや肝試し大会があったり、めっちゃ怖いおばちゃんやカミナリ親父がいて、子どもが遊んでいると声をかけてくれるのが当たり前でした。いまは、塀をどんどん高くして守っていこうという感じ。それも大切かもしれないけど、ちょっとさみしいと思うんですよ。むしろどんどん塀をなくして、地域でしっかり子どもを見たりできるのが理想じゃないかな。

ご高齢の方ももっとおせっかいになって、いろんなことを教えてほしいし、地域で声をかけ合ってゆるやかにつながれるといいですね。そうやって、安心して暮らせる社会の縮図が、団地にあったらいいなと思います。

ご高齢の方ももっとおせっかいになって、いろんなことを教えてほしいし、地域で声をかけ合ってゆるやかにつながれるといいですね。そうやって、安心して暮らせる社会の縮図が、団地にあったらいいなと思います。

インタビューバックナンバー

UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

UR都市機構の情報誌[ユーアールプレス]の定期購読は無料です。
冊子は、URの営業センター、賃貸ショップ、本社、支社の窓口などで配布しています。

メニューを閉じる

ページの先頭へ