街に、ルネッサンス UR都市機構

まちの記憶(8)角田光代 変化のうしろにある光景

URPRESS 2016 vol.45 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(8)角田光代 変化のうしろにある光景photo・Sato Shingo

二〇一一年の四月、二〇一三年の十二月に三陸地方を訪れた。大地震後の四月はただただ言葉を失い、思考も止まり、茫然とうろつきまわった。二年後の冬は、崩壊した家や積み上げられた生活の欠片が跡形もなくなり、地面を雪が覆っていた。まったく人の姿がなく、ベルトコンベアーが複雑に入り組んでいた。
今年の二月、またしても三陸を訪ねる機会を得た。仙台から新幹線、大船渡線、乗り換え輸送のバスBRTで陸前高田までいけるのが、自分でも意外なくらいうれしかった。今までタクシーやレンタカーでいくしかなくて、「すごく遠い」という印象が強かったのだ。

陸前高田の観光物産協会は、語り部ガイドによる被災地ツアーを行っている。ガイドさんに案内してもらう町は、三年前を思い出せないくらい整備されている。四階まで津波の被害に遭い、その上階二階ぶんは被害に遭わなかったマンションが、遺構として残されている。そこに案内してもらったとき、鮮やかに記憶がよみがえった。五年前の四月、このマンションの五階と六階には布団が干されていた。四階より下は津波にさらわれているのに、その上では生活が営まれている。その光景はたくましくもあり、痛々しくもあった。「マンションの隣に大型ショッピングセンターと家電店があって、ここいらへんは便利な場所だった」とガイドさんが説明すると、それまでずっと黙っていたタクシーの運転手さんが、「そうだったな、あったな、でっかいのが。忘れてしまうな」と独り言のようにつぶやいた。私はそのとき、この町に住む人たちの失ったものの重さを垣間見た気がして、胸がふさがれる思いだった。つらいこと、かなしいことは忘れたほうが楽になるけれど、かつてあった光景を忘れることはもう一度失うことなのかもしれない。忘れないために、失わないために、このツアーははじめられたように思った。

時間はかかるだろうけれど、三陸の景色はどんどん変わっていき、あたらしい町と集落ができていく。それでもかつてあった町の風景は、忘れられないようにいろいろなかたちで伝えられていくのだと思う。
電車とバスを乗り継いでここまでこられることがわかって、びっくりするほどうれしかった理由がようやくわかる。運転免許を持たない私が、ここまで自分ひとりでこようとおもったら電車を乗り継いでくるしかない。ほんの少しかかわったこの町と、私はそんなふうにつながっていたかったのだと気づく。いつでもひとりでやってこられるように。私なりに、忘れないように。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『拳の先』(文藝春秋)。

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