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まちの記憶(2)角田光代 恋と相性

URPRESS 2014 vol.39 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(2)角田光代 恋と相性

住まいと人とは相性がある。そして人はだれでも、ふだんは鈍いほうでも、いざ自分の住まいをさがすとき、勘が研ぎ澄まされると思う。二十代のころの私は、引っ越しの回数が非常に多かったのだが、何軒も何軒も賃貸物件を見ていて、そのことに気づいたのである。

扉を開いて、「あ、違う」という部屋がある。なんだか入りたくない部屋もあれば、暮らしがまったくイメージできないこともある。「ここだ」と即座に思うこともある。間取りや陽当たりや家賃など、あれこれ条件を出していても、結局、「ここだ」と思うか思わないかで、部屋を決めてきた。

部屋ばかりではない。町との相性も、きっとあるんだと思う。けれど、部屋が個人的なつきあいであるのにたいし、町は公的なつきあいだから、部屋のようには勘が働かない。住んでみてはじめて、「違うかも……」と気づくのではないか。

二十歳でひとり暮らしをはじめたのだが、それまでは引っ越したこともなく、ずっと同じ町で暮らしていたので、住まいや町という人間以外の何かと、相性なんてものがあるなんて、思いもしなかった。それではじめてのひとり暮らしに際して、家賃と築年数の浅さという、条件だけで部屋を決めた。

わくわくと引っ越してきたものの、そこでの暮らしがどうしても好きになれず、わずか十カ月ののちに、べつの町に引っ越した。商店街と飲み屋街の充実した、猥雑でにぎやかな町で暮らしはじめてようやく、あの静かな町とは相性が悪かったのだと気づいた。好き、嫌いではなくそれはやっぱり相性なのだ。

大学を卒業し、仕事をはじめ、また引っ越すことになったとき、だから、部屋だけでなく町も重要視しようと決めていた。しょっちゅう遊びにいっていた大好きな町と、たまたま友人が住んでいた町と、どちらにしようか悩み、結局、先にいい物件が見つかったという理由で、友人の住む町に引っ越した。その後、その町のなかで引っ越しをくり返し、今年で二十年住んでいることになる。引っ越そうか悩んだもうひとつの町には、今ではほとんど出向くことがない。あの町には、片思いをしていたんだなあと今思う。あんなに好きな町だったのに、まったく縁がないからだ。

二十年前、たまたま住んでいた友だちは、今はべつの町どころかべつの県に住んでいる。私は今でもこの町を歩いていると、あのとき、こちらを選んでよかったなあとしみじみ思ったりする。恋より相性を選んでよかったなあ、などと。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『笹の船で海をわたる』(毎日新聞社)。

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