街に、ルネッサンス UR都市機構

角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(24) また会いたいという気持ち

URPRESS 2023 vol.73 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


復興支援の際に訪れたかき小屋の写真photo・T.Tetsuya

雑誌の仕事で、四年ほど、東日本大震災の被害に遭った町々を定期的に訪れていた。新幹線で福島や仙台や盛岡までいって、カメラマンの運転するレンタカーで、南相馬やいわき、宮古や釜石、気仙沼や石巻や南三陸に向かった。

復興支援として飲食店を紹介するという仕事だったので、毎回、その土地のものを出す料理屋さんや居酒屋さんを訪ねた。そこでしか食べられないおいしいものが、こんなにもたくさんあるのだと、私はその仕事によって知った。どんこという魚も知らなかったし、新鮮なホヤのおいしさも知らなかった。ミズという山菜も、セリは根っこから食べられることも、この仕事の旅で知った。

毎回、空き時間に市場を訪れるのが私のたのしみだった。見たことのない野菜、調味料、よく知ってはいるが信じられないほど値段の安い食材、じつにおいしそうな野菜や海鮮類。いつも我を忘れて買いこみ、ときには持ちきれずに宅配便を手配した。

私は旅が好きだが、日本国内は自分でもびっくりするくらい旅したことがない。運転免許を持っていないことが、そのいちばんの理由だと思う。日本の、主要都市以外を自動車に乗らずにまわるとしたら、一日に数本しかないバスを待つか、タクシーをチャーターするかくらいしか思いつかない。膨大な時間か多額のお金が必要になる。そのどちらも、私は持っていないのだ。

東日本の町々も、震災直後に仕事ではじめて訪れて、その後定期的に通うようになった。だから私はずっと、震災後の縁ということを、だれにたいしてか申し訳ない気持ちを拭えずにいた。通っている四年のうちに、仮設の市場が本設市場になったり、あたらしい駅舎ができたり、高台に家々が立ち並んでいくさまを、その申し訳なさとともに、応援するような気持ちで見ていた。

この仕事は二〇二〇年の一月で終わった。奇しくも、その直後にパンデミックが起きて、旅行どころではなくなった。パンデミック以降、そのタイミングの妙について幾度も考えた。

それからもうまる三年もたつ。町と人というのは似ていると、このごろ私はよく思う。しょっちゅう会っていた友だちと、何かのきっかけで会わなくなると、日常的にその人のことをふっと思い出す。それと似ていて、私も一時期通った町々を思い出し、どうしているかな、変わったかな、会いたいなと、友人にたいして思うように、思っている。

この三月に、マスク着用は個人の判断ということになった。ウイルスは未だに消滅していないのだから、なんだかおかしな通達だなとも思うけれど、旅行は以前よりずっとしやすくなるだろう。私もそろそろ、公共交通機関を用いて、あのなつかしい町々に会いにいく計画を立てようか。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『ゆうべの食卓』(オレンジページ)。

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