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角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(12) 「町のアップデート」

URPRESS 2020 vol.61 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


photo・T.Tetsuya

パソコンで原稿を書くようになり、その原稿をデータで送ることを覚えたのは、二〇〇一年になってからだ。でもそれだって、「できるようになった」だけで、今のように、ゲラ(校正刷り)チェックも添付ファイルで見るようなことはなく、郵送かファクスで送ってもらった。担当者とはよく会っていたし、はじめて仕事を依頼する編集者ともちゃんと顔を合わせて打ち合わせをした。

その当時、顔を知らないままメールのみでやりとりして仕事が終わる、ということが私にはとても不思議に思えた。エッセイの連載なのに、担当者と一度も会わずに終わることもあった。その不思議について、というより、その合理性について、私は皮肉まじりにエッセイに書いた。

以後、インターネットはどんどん普及し便利になって、同時に、私もだんだんと忙しくなっていって、原稿を直接渡すためだけに外出する時間が取りにくくなった。その数年後には、打ち合わせの時間すら取れなくなって、担当者の顔を知らないままはじまる連載はふつうのことになった。

この五年間、私はずっと源氏物語の現代語訳をやっていて、とにかく忙しかった。やってもやっても終わらない。それでもまったくほかの仕事をしないわけにもいかないから(経済的な理由のため)、ときどき、あたらしい仕事の依頼を受けるのだが、直接会って打ち合わせが必要な仕事は、時間がとれないという理由ですべて断った。

変わるものだなあと思う。顔を合わせずに仕事をする合理的な感じを皮肉っていた私は、旧世代に属するもの書きだったにすぎない。そういう人間こそが、真っ先に便利に乗っかるのだ。

その長い現代語訳の仕事も、今年になってようやく終わった。対面の打ち合わせの要請があり、ひさしぶりに一日に二件の打ち合わせを予定に入れた。

その日、時間の余裕を持って家を出たのに、先方の指定した喫茶店が見つからない。携帯電話で連絡を取り合って、ようやく店を見つけたときはすでに十分の遅刻。めったに遅刻をしたことのない私は激しく落ちこみ、次の打ち合わせにも早めに向かったのだが、またしても指定された喫茶店が見つからない。ふたたび携帯電話で遠隔操作されながらその店をさがすはめになった。

町が変わったのだ。両方とも、よく足を運ぶ町なのだけれど、細部が大きく変わっていて、以前と同じつもりで歩いていると、混乱するし、迷う。今は東京じゅうがそんなふうに変わりつつある。

二回も迷って二回も遅刻した私は、さらに落ちこんで、やっぱりもう顔を合わせて打ち合わせなんてするのはやめよう、と決意しかけて、いかんいかん、それではそのまま偏屈な老人になってしまう、変わりゆく町に出ていかないと、過去の町に閉じこめられてしまう、と反省したのだった。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)
での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『源氏物語 下』(河出書房新社)。

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