街に、ルネッサンス UR都市機構

角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(28) その町らしさ

URPRESS 2024 vol.77 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


神田川沿いの桜並木の様子photo・T.Tetsuya

仕事があって、三日間と短い滞在ながらパリにいった。

パリは五、六回いったことがあるが、よく考えたらすべてが仕事がらみで、ゆっくりと滞在したことはない。それでもなんとなくパリの町を知っているような気になるのは、東京にくらべて町の規模がちいさいからだ。地下鉄は便利だけれど、間隔が短いので一駅ぶん歩いても五分とかからない。だから、路線図をチェックしつつ、乗り慣れない地下鉄を乗り換えて目的地を目指すよりは、歩いてしまったほうが、私のような短期旅行者には手っ取り早いし、観光にもなる。

今回は自由時間があまりなくて、ホテルから仕事のある場所まで、主催者とタクシーで移動することが多かった。タクシーの窓から、凱旋門やエッフェル塔が見えると、いちいち「おおー」と声が出てしまう。なんとパリっぽいのか、という感歎の「おおー」である。

この「パリっぽさ」について、私はしみじみと考える。私がはじめてパリを訪れたのは二〇〇九年。空港で乗り換え時間が八時間ほどあって、それなら町にいって何かおいしいものを食べようと、パリにくわしい同行者が連れ出してくれたのであるが、そのとき向かったのがサン=ジェルマン=デ=プレ地区で、そこに着いたときもやっぱり「なんてパリっぽいのか」と私は思った。色合いと高さの統一された古い石造りの建物群、店の外にテーブルを並べたカフェ。「パリって本当にあるんだ」と思ってしまうほどのあまりにパリっぽさに、なんだか嘘くさいとすら思った。

凱旋門やエッフェル塔もそうである。非常にパリっぽく、パリっぽすぎるからこそ嘘くさい。だからなんだか、それらの前で写真を撮る気になれない。合成写真のように見えるのではないかと、ちらりと思ってしまうのだ。

自由時間が少ないので、朝早起きしてランニングウェアに着替え、ラン観光をしたのだが、サン=ジェルマン=デ=プレ地区に入ると「おおー、パリっぽい」と今でも思うし、そこを過ぎてセーヌ川があらわれ、チュイルリー公園が、ルーブル美術館が、シテ島が見えてくると、「いやいや、もっとパリっぽい!」と心のうちで叫んでしまう。

パリって、いかにもパリ然とした光景が至るところにあるんだなあと、今回あらためて妙な感動をした。その町らしさがはじめて訪れた十五年前から変わらないことにも。

昨今の東京は、その旅行者の数にいちいち驚くけれど、旅行者たちはどこを見て「東京っぽい」と思うのだろう。渋谷のスクランブル交差点だろうか。東銀座の歌舞伎座?浅草寺? 

そもそも私にとってのいかにも「東京っぽい」光景ってなんだろうと考えると、いつも工事中で、毎回乗り換えに苦労する渋谷駅だとか、車窓から見る人でごった返している原宿の竹下通りという、なんだかネガティブな光景ばかりが浮かぶ。

いやいやもっとすてきな東京もあるだろう、と考えなおせば、タクシーからふいに見える東京タワーや、東中野の神田川沿いの桜並木、休日に歩行者天国になる銀座の町なんかが切れ切れに浮かぶ。パリにくらべたら広範囲すぎる東京の「東京っぽい」スポットは、居住者、訪問者ともに、万人に共通ではなく個人的なものなのかもしれない。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『方舟を燃やす』(新潮社)。

かくた・みつよさんの写真
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