街に、ルネッサンス UR都市機構

角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(10) 「迷わない未来」

URPRESS 2019 vol.59 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


photo・T.Tetsuya

ひどい方向音痴で、はじめての場所にいくときはかならず、所要時間に迷う時間をプラスしていた。会食のために、ある飲食店までいくのに一時間かかるとしたら、三十分をプラスして家を出る。実際そのくらいの時間迷ったし、それ以上かかることもあった。

スマートフォンには地図のアプリが搭載されている。いつごろからか、目的地の名称や住所を検索すると、自分の位置と目的地が地図上に示されるようになった。

これはたいへんに画期的だったが、自分の位置はただのマル印でしか表示されない。これでは自分が右に移動しているのか左に移動しているのかが、あんまりよくわからない。移動に従ってマル印も動くのだが、実際の動きと少しの時差があるため、わかりにくくて、よくスマートフォンを手に右往左往した。

あるとき、このマルに矢印がつくようになった。自分の向かっている方向を矢印がさしてくれる。ほんのわずかな変化なのだが、この矢印が私にとっては世界が変わるくらいの救世主となった。

この矢印がついてから、私はまず迷うということがなくなった。どんなに入り組んだ路地の、店名の看板が出ていないようなところにも、きちんとたどり着く。住み慣れた場所だけでなく、まったく土地勘のないはじめていく町でも、迷わない。驚くのは、海外であってもこのアプリは使えるのだ。だれだかわからないけれど、こういうアプリを開発した人に私は深く感謝したい。

私は車の運転ができないので、よくわからないのだが、車に搭載されているナビゲーションシステムも、多くの運転者や乗客を救ったのかもしれない。以前はタクシーに乗ると、「東京にきてまだ三日目で、道がよくわからないんです」と言う運転手がいたりした。道にくわしくない人が運転するタクシーに、私のような方向音痴が乗った場合はたいへんだった。どの道を使うか、どのあたりか、訊かれても私も答えられない。メモ書きの住所をたよりに、電信柱に記載された番地を確認しながら、タクシーでさまよったこともある。

しかしこのナビゲーションは、少し古いと役に立たない場合もあるようだ。レンタカーに乗せてもらったとき、存在しない建物が地図上に出てきたり、今走っている道路自体が地図に出てこなかったりしたことがある。町は変わっているんだなあ、と当たり前のことにあらためて気づく。

子どものころに想像した未来は、車が空を飛ぶとか、ロボットが家事をする、などといったものだったが、自分が道に迷わないというこんなちいさなことが、まさしく現実の未来だったのだと思って、ちょっとびっくりする。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)
での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『希望という名のアナログ日記』(小学館)。

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