街に、ルネッサンス UR都市機構

巻頭エッセイ まちの記憶(10)角田光代 横長の四角、縦長の四角

URPRESS 2016 vol.47 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(10) 角田光代 横長の四角、縦長の四角photo・Sato Shingo

なぜだか理由はわからないけれど、四角い集合住宅が昔から好きだった。団地を見るとわくわくした。大人になって、成田空港に向かう電車に乗っているとき、窓の外にものすごく大きな集合住宅が見えて、驚いたことがある。巨大な四角の棟がずらりと並んでいる。すごい、かっこいい、と思わず見とれ、見とれつつも不思議な気持ちになった。この建物にたいする「好み」は昔から変わらないらしいと、このとき発見したのである。以後、成田空港に向かうとき、都内へ帰るとき、私は窓の外にこの集合住宅があらわれるのを心待ちにしている。

香港はまさに細長い建物ばかりの町だ。今はなくなってしまった啓徳空港に降り立つ飛行機に、幸運にも乗ったことがある。遠くから見たらマッチ棒みたいなビル群のなかに、すーっと飛行機は降りていくのである。ぶつかるのではないかという恐怖は感じず、私はひたすら、香港の景色に驚いていた。それまで、横に長い建物しか見たことがなかった。四角い建物好きの私だが、縦に長い建物には馴染みがなかった。だから、細長い建物が密集する光景は異様に見えた。その異様さにただひたすら圧倒された。もう十八年も前のことだ。以来、香港は何度もいっているが、いついってもまだ見慣れない。いくたび、建物にびっくりし、圧倒される。空港から電車に乗って中心街に向かう。山や工業地帯を映していた車窓に、やがてのっぽのビル群が見えてくる。曇りの日は霞の向こうに、晴れの日は青空を背景に、書き割りみたいな光景がじょじょに近づいてくる。ああ、香港にきたと指の先まで実感する。

知っている人なら挨拶し、天気のことでもなんでも、言葉のやりとりをする、そういうほうが無理がなくて自然だとわかる年齢になったのだと思う。食べたこともない料理を、心ここにあらずで勧める店員より、これは本当においしいのだと自分の言葉と声で言ってくれる人と話したほうが、心地よいということも、わかるようになったのだ。こういうことがわかるようになるためには、あの、自分が楽であることを選んだ、他人と会話のない若い日々も、必要だったのかもしれない。
にょきにょきとそびえる建物は、ショッピングビルやオフィスビルのこともあれば、集合住宅もある。土地が限られているから、香港の中心に住もうと思うと集合住宅になるようだ。家賃を聞いて目を瞠った。東京よりずっと高い。

信じがたいことに、どんなに高い高層ビルでも、香港の人たちは竹の足場を組んで作る。はじめてこの「竹の足場」を見たときは混乱した。細い竹が複雑に、縄みたいなもので縛ってある。これがはるか上まで続いている。混乱が鎮まると感動する。うつくしいと思う。昨年、はじめて竹ではない足場を見た。鉄だったのだが、落胆している自分に気づいて苦笑した。香港を歩いているとやたらにわくわくするのは、もしかしてかたちは違えど「好み」の建物に囲まれているからかもしれない。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『なんでわざわざ中年体育』(文藝春秋)。

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