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角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(25) モノたちの寿命

URPRESS 2023 vol.74 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


家電買取店の様子photo・T.Tetsuya

冷蔵庫は、とつぜん壊れてしまうから、調子が悪いと思ったときにすぐに買い換えたほうがいいと、どこかで聞いたことがある。完全に壊れてしまってからだと、冷凍庫のものはだめになってしまうし、買いにいってもすぐ届くとはかぎらず、たいへん困ったことになるらしい。

そんな話を聞いたあとだと、なんだか冷蔵庫の中身が冷えていないような気がしてどきどきする。それでつい、冷蔵庫の寿命は平均的にどのくらいなのかとインターネットで調べてみたりする。だいたい十年、十年過ぎたらいつ壊れてもおかしくない、といろんなサイトが教えてくれる。ヒッ、と思う。わが家の冷蔵庫は十六年くらい働き続けている。

友人宅での宴会時、そんな話をしたところ、「家電はいっせいに壊れるよね」とだれかが言い出す。「家電がいっせいに壊れるタイミングで別れ話が浮上した夫婦がよくいる」とだれかが縁起でもない方向に話を持っていく。「というか、十年過ぎれば家電も人間関係も変わるということでは」とだれかが分析する。「あたらしいのに買い換えようかなと思ったとたんに、すねるように壊れる家電もあるよね」とだれかが家電に命を宿すような発言をすると、「なかなか壊れない家電たちというのはさ、人間が寝静まったあとに、おれたちがんばろうぜ、ってみんなで励まし合ってるよね、きっと」と友人のひとりが言い出したのでみんなぎょっとした。この友人、口を開けばダジャレかおやじギャグしか言わないので、突然の無垢な童心めいた発言にみな驚いたのである。

そんな発言を聞いたあとだと、「買い換えようかな」と思うのも、十六年がんばっている冷蔵庫に申し訳なくなり、冷蔵庫ばかりかうちの炊飯器も電子レンジも洗濯機も長持ちなのは、本当に夜半にみんなで励まし合っているのかもしれないと思えてきて、泣きそうな気持ちになる。

ところがあるとき、冷蔵庫内の食品にぽつんとカビが生えているのを見つけてしまった。ああこれはもうだめだ、いよいよ寿命だ。カビに背を押されるようにして、ようやくあたらしい冷蔵庫の購入に踏み切った。古い冷蔵庫が引き取られていくときは、ありがとうありがとうと何度も心の内で礼を言って見送った。

あたらしい冷蔵庫がきてしばらくは、「冷える」ということにびっくりした。やっぱり今までの冷蔵庫はあまり冷えなくなっていたのだ。冷やした缶ビールなど、指がはりつくかと思うくらい冷たくて、「これが冷えている状態か!」と驚き、「今まで使っていた白い箱はいったいなんだったのか」とすら思ったほどだ。

ところで、洗濯物をたたみながら、このタオルずいぶん昔から使っているなあと、ふと思い、タオルの寿命をインターネットで調べてみて、またまたヒッと思った。一年、と書かれている。私の使っているいちばん古いタオルは二十年以上前に購入したものだ。まだふつうに吸水するけれど、これも新品に買い換えたら、「これが吸水ということか」と私はまた驚くのだろうか。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『ゆうべの食卓』(オレンジページ)。

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