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未来を照らす(37)俳優 鈴木 杏さん

URPRESS 2023 vol.74 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

未来を照らす37 Special Interview Anne Suzuki 自我を手放し役を生きる 絵を描くようになって変わりました

子どもの頃から数多くのドラマや映画、舞台に出演してきた鈴木 杏さん。
経験を重ね、さらに絵を描くようになって、仕事への向き合い方が変わってきたそうです。
まちの中華屋さんで人間観察しながらビールを飲むのが好き、
そしてみんなで稽古を重ねコツコツと作り上げていく「舞台」の仕事が好きという杏さん。
この夏からは加藤拓也さん作・演出の舞台『いつぞやは』に出演予定です。

すずき・あん
1987年生まれ。東京都出身。1996年にTVドラマでデビュー後、多くのドラマ、映画で活躍。2003年、『奇跡の人』で初舞台を踏み、以降、蜷川幸雄、栗山民也など日本を代表する演出家との活動が続く。2021年、舞台『殺意 ストリップショウ』『真夏の夜の夢』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、読売演劇大賞 大賞・最優秀女優賞、紀伊國屋演劇賞個人賞に輝く。
近年はイラストやデザインなどアーティスト活動も行う。この秋には、TVドラマ『大奥 Season2』に出演予定。

舞台『いつぞやは』はどのような物語ですか。また、どのような役柄でしょうか。

窪田正孝さん演じる主人公の一戸が、がんの告知を受けます。しかも病状が進んでいて余命宣告もされました。一戸は自分の人生を台本にしてほしいと友人に頼み、演劇にします。

私の役である真奈美は、一戸が地元に帰ったときに再会する元恋人。元ギャルのシングルマザー。彼を気にかけ、残りの人生に寄り添います。真奈美はすごくフラットに一戸の状況を受け入れていきます。その受け皿が大きい。2回離婚して、ひとりで子どもを育てていますから、経験から形成されたものがあるのだろうと想像しています。

作・演出は加藤拓也さんです。加藤さんの文体は、今まで出会ったことがないものです。台本から感触というか肌触りはわかります。ですが、物語全体は見せない、わかりやすくしない。そういう得体のしれない感じがあります。

舞台からお客様にお渡しするタイプの作品ではなく、舞台の上で起こっていることをお客様が観察して、ちょっと巻き込まれて、何かを感じる作品だと思います。観る人によって受け止め方の違いが顕著に出るのではないでしょうか。

舞台いつぞやはイメージイラスト画像

舞台「いつぞやは」
かつて一緒に活動していた劇団仲間のところに、ひとりの男が訪ねてきた。故郷に帰る前に顔を見にやって来たというのだが、淡々と語り出したのは、がんの告知を受けたという近況だった。第67回岸田國士戯曲賞受賞、新世代をリードする劇作家・演出家 加藤拓也が書き下ろした緻密な会話劇。出演は、窪田正孝、橋本 淳、夏帆、今井隆文、豊田エリー、鈴木 杏。個性あふれる実力派俳優たちが繰り広げる注目の舞台だ。

東京公演 8月26日~10月1日(シアタートラム)
大阪公演 10月4日~10月9日(森ノ宮ピロティホール)
問い合わせ先:シス・カンパニー
TEL:03-5423-5906
https://www.siscompany.com/itsuzoya/

杏さんにとって、舞台の魅力とは何でしょうか。

鈴木杏さんの写真

舞台は作品自体が生きもので、毎日同じことを演じていますが、毎日発見があります。私はコツコツやっていくことが好きなので、お芝居は性に合っています。1カ月の稽古期間と1カ月強の本番で、作品自体が少しずつ色を変えて成長していくのが魅力です。

子役時代から活躍されていますが、演じることへの変化はあったのでしょうか。

作品のため、役のために演じるという気持ちは以前から変わりません。ただ最近は、自分がどう見られるかは気にしなくなりました。20代の頃は「私です!」という気持ちもあり、我が出ていたと思います。自己顕示欲や承認欲求がどんどんなくなり、今は作品の足を引っ張らないように努め、クオリティーを上げることだけを目指しています。

そのような姿勢の変化には、何かきっかけがありましたか。

鈴木杏さんの写真

絵を描き始めたことが大きいです。1日1ページずつ自由に使えるスペースのある「ほぼ日手帳」を使っているのですが、以前は使いこなせていませんでした。日記だと読み返したときに燃やしたくなりますし(笑)。ひらめいて、そのスペースに絵を描いてみたのが2016年の元旦。そこからハマッて、今は気の向くままに1日1枚、描いています。

私の絵は、とりあえず1本線を引いて、次の線を引いてと、それを繰り返しているうちに何かになっていきます。写経に近い感覚かもしれません。機嫌が悪いときには描きません。いいエネルギーのある絵のほうがいいと思うので。

絵を描くことが、演じることにも影響を与えているのですね。

俳優の仕事は、私という人間を通しての表現ではありますが、あくまで役です。また、俳優はオファーをいただかないと表現できる場がありません。待つ仕事です。一方、絵は空いている時間に描けますし、私の作品なので、好き勝手に描けます。習っているわけでもありませんし、そのままの自分が出ます。そこも区別できます。絵と役者と両方あるのは安心です。

絵を描く前は、生活と演技することが一緒になって、アイデンティティーに絡みついていたように思います。それがほどけて、余分なものがなくなってきた感じです。どれだけ自分をなくせるかが大事になってきました。今は演じて作るのではなく、いかに役を生きられるかを目指し、感覚で探りながらやっています。

「舞台で物事を起こしていたら面白くない。起きているから面白い」と稽古場で仲間と話したことがあります。でも、芝居することは起こしているわけですよね。起こしながら起こしていないように見せるのが、とても難しい。

特に長台詞はどうしても抑揚や技術が必要です。でも、やり過ぎると“役者”がそこに立っている状態になります。長台詞や掛け合いというのは、落とし穴のように、あちこちに演じる罠があります。そういう意味では加藤さんの今回の戯曲『いつぞやは』は、演じた時点でダメになる気がします。機微でお客様にお伝えすることが大事だと思います。

趣味であり、生活の一部でもある絵画。毎日描き、2022年には個展も開催した。
鈴木杏さんが描いた猫の絵
絵の制作に取り組む鈴木杏さんの様子
鈴木杏さんが描いたサイの絵

役者を辞めたいと思ったことはありますか。

演技以外の場で見られたり、話題にされたりすることをきついと思ったことはあります。それで大学に行ったりもしたのですが、演劇のワークショップに出ると、やっぱり面白い。

演じるのは好きです。ただ演じるのは体力勝負、感性勝負だから、たまに休まないと走れないです。若いときは、土台を作るためにがむしゃらにやらねばならない時期があるけれど、年を重ねて経験を積んできたので、これからは自分が人として生きる時間も大切にしたい。人間味や奥深さが演技に反映されていく年齢になってきたと思います。

「舞台」の仕事は、私のパーソナリティーを守ってくれたと思います。多感な15、16歳の時に映像のお仕事だけで思春期を過ごしていたら、役者を続けるのが苦しくなっていたと思います。舞台を通して作品との向き合い方や脚本(ほん)の読み方を学んできました。毎日、稽古して帰宅する地味な生活は、私の性に合っています。

出演した作品の中で影響を受けたのは何ですか。

鈴木杏さんの写真

ひとり芝居『殺意 ストリップショウ』(2020年)です。もう腹をくくるしかなかった。2時間、出ずっぱり、しゃべりっぱなし、逃げ場がない。取り繕っていられない。それこそ、自分を握っていられません。背伸びせず、できることを120パーセント出していれば、下手でもしょうがないと思って演じました。すごく怖かったけれど、吹っ切れました。

このお芝居で評価していただいたので(紀伊國屋演劇賞・個人賞、読売演劇大賞 大賞・最優秀女優賞、芸術選奨 文部科学大臣新人賞を受賞)、「この感覚でいていい」と思えたのは確かです。この作品を機に、他人にも自分にも素直になれたし、虚勢を張らなくなった。こう見られたいと思わなくなった。たくさん手放すことができました。

休日の楽しみ、リフレッシュ方法などはありますか。

家の近くに商店街があって、地元の町中華で常連のお客さんと店主の会話を横耳で聞きながら、ひとりでビールを飲む。餃子も食べる(笑)。そんな時間が好きです。地元のおじちゃんが大きな声を出して野球中継を観るのを眺めながら、こういうふうに人の気持ちは動いていくんだなとか、人間観察するのが面白いです。ネットフリックスなどで海外の「リアリティーショー」もよく観ます。

今後、挑戦したいことはありますか。

新しい演出家や新作に出会いたいです。今年出演した『エンジェルス・イン・アメリカ』のように、興味がある作品のオーディションを受けたいです。年齢やキャリアに関係なく、キャストが同じスタートラインに立つ気持ちよさ、潔さ、豊かさを実感しました。フルキャスト・オーディションが日本でもっと増えたらいいと願っています。これからも無理せず、一歩一歩進んでいきたいと思います。

【小西恵美子=文、菅野健児=撮影】
【ヘアメイク=菅野綾香、スタイリスト=和田ケイコ】

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