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未来を照らす(38)お笑い芸人(アンガールズ)田中 卓志さん

URPRESS 2023 vol.75 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

未来を照らす38 Special Interview Takushi Tanaka 「絡まった紐をほぐしていけばいろんなことがラクになる」

「アンガールズ」の田中卓志さんは、大学で建築を専攻。両親には大学院に進学すると偽って上京、お笑いの道へと進んだ経歴の持ち主です。初のエッセイ集『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』では、そんな学生時代から現在までの「不運」と「幸運」の数々が、軽妙に綴られています。

たなか・たくし
1976年広島県出身。広島大学工学部第四類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味。今年1月、一般女性と結婚。8月に『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』(新潮社)を出版。

住宅には熱量がある。だから面白い

広島大学の建築学部を卒業されました。建築の面白さとは何ですか。

お笑いと建築、同じぐらいやりたかったんです。

生活のベースである住宅は面白いです。家は多くの人にとって人生で一番高い買い物なので、理想があり、熱量が入ってる。場所、間取り、家具などを決めるのも楽しいですよね。家族の夢が実現された場所だから、各所に工夫もあって。

大学では構造を学んだんですが、倒れないための考え方だけではなく、どんな動線がいいかとか、生の声を聞くと興味がわきますね。

お笑いの仕事をするようになって、住宅を見る番組や建築の取材をやらせてもらえるようになったんです。建築家のお宅を訪ねて、家族の理想が具体的に家に反映されているのを見るのは楽しい。そういう意味では、僕の好きな建築が、今、仕事につながってうれしいです。

田中 卓志さんの写真

住まいへのこだわりはありますか。

ロケのため朝が早いこともあり、今は交通の便のよさが最優先です。月2回、広島にレギュラー番組を撮りに行くので、早朝に家を出て空港に向かいますし。

仕事のことを考えなかったら、千葉の開発されたまち、おおたかの森あたりに住んでみたいです。仕事で行ったとき、みんな幸せそうに暮らしていたからね。のんびりした雰囲気もあったし。駅前は開けてて、大型店舗があって何でも揃う。道行く人の普段着はちょっとおしゃれ。で、少し行けば自然がある。

僕の出身の広島のまちは、住んでる人もカリカリしてないのんびりした所です。実家は広島の山奥ですけど、そこもせかせかした人がいない。そういうまちで育ってるから、のんびりした所がいいですね。都心は便利だけど、仕事が終わって帰るときに、もう一度、疲れる感じがするんです。

エッセイ集『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』が好評ですね。執筆はいかがでしたか。

『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』(新潮社)は「小説新潮」に連載したエッセイに書き下ろしを加えた初の著書。母のお弁当の思い出を綴った「最高の食事」は日本文藝家協会編『ベスト・エッセイ2022』に選出された。

人生、誰でもつらい思いをするときがあると思うんです。大切なのはそれをいかに笑いにするか、自分の中で消化していくかだと思っています。僕はテレビで、こういう不運があったという話を笑いに変えながらしゃべっているから、それをタイトルにしました。

僕はなんでこんなことに怒っちゃうんだろう、なんでこの人のこんな動きが気になるんだろうとか、書きながら自分を研究することになりました。

「田中って、本当にきつい言い方するよね」と指摘されたときに、「あ、おれ、そういう部分あるんだ」と受け止めて、なぜそうなってしまったのかと自分の内側を眺めていくうちに、あー、あれが原因だ、とわかってくる。カッとなってしまったときも、注意されたときも、同じようにしてみたら原因がわかったんです。原因がわかったんだから、直せるって思えた。「おじさんになったら、人間変わらないよ」とか言うけど、僕はいくつになっても絡まったものを紐解けば、直せると思ったんです。

今ではパッと発言する前にグッと飲み込めるようになって、冷静でいられるようになってきました。注意されても、「いやいや、関係ねぇよ!」という返し方にはならない(笑)。

この本には、田中さんが変わったら、彼女ができたという話がありますが、どのように変わっていったのですか。

自分っていう人間は、一体どうやって形成されたのかが、エッセイを書いていくうちにわかりました。出会う人や物、経験したことで、ひねりが入ったり、まっすぐになったりしてきたんです。

僕の恋愛観のこじれもそうです(笑)。昔から女子にモテなくて、ブサイクだと見下され、ひどい目にあわされてきたことが、僕の根っこにあるんですよね。女の人に恨みがあるわけですよ(笑)。

僕は30代半ばまで、すべての女性に変な恐怖心をもっていて、ビクビクしながら生きているところがあったんです。そのまま40代になっていたら、怖い(笑)。まず僕自身がそういう人間だって知ることが大事だと思った。返す刀でバッと言ったときに出ちゃうから(笑)。

それで、女性は敵だという考えをやめた。僕はねじ曲がったところがあるのに、女性と付き合う条件が多すぎるから、そこも考え直した。すると女性への敵意も消えたんです。その後に、彼女ができて。自分が変わったら、状況が変わったんです。

ネタで滑ってすごく落ち込んだときに言われた言葉の話は、刺さりました。

田中 卓志さんの写真

蛭子能収(えびす よしかず)さんの話ですね。芸能界に入って4年目でブレイクして、テレビの仕事が増えた。ありがたいんだけど、睡眠時間も減った。ネタを書かなきゃいけないのに書けない。眠い。滑る。すべてが面白くなくなった時期だったんです。

そんなとき、「雑誌で対談したい人、誰でもいいですよ」と言われて、蛭子さんの漫画が好きだったからお願いしたら、引き受けてくれて。

滑っても、ちょっとブレイクしたから仕事はくるけど、どうしたらいいかと聞いたんです。そうしたら、「世の中の人、そんなに田中君のこと見てないよ」とずばり。僕が気にしているほど、周りは僕のことを見ていない。そのとおり。なんかギュッと萎縮した心が、パッと明るくなった。何でも思ったことを口に出す蛭子さんだからよかったんです。相談しても、本当に思っていることを言ってくれる人は少ないから。奇跡的な出会いだったなぁ。蛭子さんとの出会いがなかったら、僕はどうなっていただろう。

自分を客観視できたら楽になったんですね。

楽になりましたね。ほっとしたっていうか。

自分を客観視しながら、絡まった紐をほぐして、やさしくねじれを取っていくんです。ある程度、道筋ができると、すーっと軽くなる。自分を整理整頓すると、周りの状況も変わる気がします。

これはあらゆることに言えますよね。例えば会社の上司との関係とか。ぐじゃぐじゃになっているのをほぐしていけば、根っこにある考え方がわかってくるのでは?

高校時代のお母さまのお弁当の話が印象的でした。

お弁当ってどういうものかなって考えた話です。テレビの番組で、子どもが小さかった頃のお弁当を母親が再現し、タレントが食べたいお弁当を選んでいく。最後に残るお弁当は誰のかという企画でした。そうしたら僕の母の弁当が最後まで残ったんですよ。

母は落ち込んでうつむいてて。気がついたら、僕は母が看護師の仕事をしながらお弁当を作ってくれたありがたさを話してた。言い終わると、母は涙を流してたんです。僕の母への思いが伝わった瞬間なのかなと思って書きました。

母のありがたさに気づかないまま、僕は大人になってしまっていた。感謝の言葉を言うタイミングってむずかしくて。母を亡くしてから、もっと言っておけばよかったと思っています。

ネタを書くのとエッセイの原稿を書くのは違いますか。

全然違いましたね。ネタは空想。エッセイは体験。ネタは完全に一日ピターッと書けずに止まることがある。地獄です。もう諦めたほうがいいかな、粘って考えたほうがいいかなという判断もむずかしい。それがネタ作りの面白さでもあるんですけど(笑)。

エッセイは書けずに手が止まることはなかった。自分の中にあるものをどう出すか、どう書くかだから、考えているうちに流れが見えてきましたね。

ただ内容をわかりやすく伝えるのはどちらも一緒です。最初に読む人の心をつかんで、伝えなきゃいけないですから。ネタも4分尺の最初の15秒以内で、見ようと思ってもらわなきゃいけない。

今、一番幸せだなと感じるのはどういうときですか。

田中 卓志さんの写真

家に帰ると妻がいて、話せるのがうれしいですね。

仕事で海外に行ったとき、パスポートを帰りの飛行機に忘れてしまった。今までなら、忘れたせいで家に帰るのが30分遅くなったとイライラしていたのに、妻に話すと、30分遅れたことなんかどうでもよくなって、気持ちが落ち着いてきた。独身のときは、ぐじゃぐじゃに絡まったものがずっと残ってたんだけど。

芸人さんは結婚しても、不幸話のほうが笑いになるからネタにして、いい話を隠してたんだな、ずるいな~(笑)ってわかりました。僕は妻の話を研究してウケたいですね。のろけじゃなくて、ほっこりした感じにね(笑)。

【小西恵美子=文、菅野健児=撮影】
【スタイリスト=高山良昭(ヒカリトカゲ)】

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