未来を照らす(29)女優 加賀まりこ
今秋公開予定の映画『梅切らぬバカ』で、自閉症の息子をもつ母親役を演じている加賀まりこさん。
人間が好きで、興味のあるところには自分からどこへでも出かけていく——。
その好奇心と行動力が、元気と美しさの秘訣でしょうか。
加賀さんに映画のこと、そして人とのつながりについてお聞きしました。
老いた母親と自閉症の息子が地域コミュニティーとの交流を通じ、自立の道を模索する様子を描いた映画『梅切らぬバカ』。加賀まりこさんは、古民家で占い業を営みながらひっそりと暮らす母親を演じています。この作品への出演を依頼されたときの印象からうかがいました。
今回のような役は、私にしては珍しいでしょう? 年をとってもおきゃんなおかみさんとか、しっかりもんのバーのママならわかるけど、今回は地味な占い師だし。逆に「何で私に?」って、監督に聞いたくらいです。監督には、自然体の私のまま出演してほしいと言われました。
映画では、障がい者に対する地域の偏見や8050(80代の親が50代の子どもの生活を支える)問題など、社会が抱える課題が扱われています。演じるにあたって、どのようなことを感じていましたか。
私自身、あと数年で80歳。障がいの有無にかかわらず、仕事があまりうまくいっていなかったり、引きこもっていたりする子どもがいたら、一緒には死ねないし、残していくのも切ないですよね。それでも明日はくる。この親子の日常は続く。そこを見守ってほしいという気持ちでしたね。
役作りに関しては、難しいところはありませんでした。というのも、実は私のパートナーの息子が映画の設定と同じ自閉症なのです。今、息子は40代で、学園に入っていますが、障がいのある子どもを持つ親の大変さはパートナーを通じてよく知っていますし、障がいのある子をもつ親御さんもたくさん見てきました。今回の映画の撮影の現場にパートナーが来て、自閉症の息子役の塚地武雅さんが演技に困ったときにアドバイスしたこともあったようです。自閉症の人は、オウム返しに人と同じことを言ったり、したりすることはあるけど、こだわりが強いから誤解もされやすいのよ。そういう小さなことでも嘘にならないようにアドバイスしていたようです。
私たちも年をとるし、息子も年をとる。考えてどうなるものでもないけれど、この先、私たちが先に死んでしまったときのことを、どうしても考えます。預けている学園は、親御さんが亡くなった60歳くらいの方もちゃんと生活しているから、それを見ると少し安心できますが。
脚本も務めた映画作家・和島香太郎監督には、役作りに関しての提案をなさったとのことですが、どんなことを話されたのでしょう。
私が提案したのは、「生まれてきてくれてありがとう」というセリフを絶対に言いたい、ということ。当初の脚本にはなかったので、入れてもらいました。
障がいのある子は、親を鍛えてくれると思うのです。たとえば、たまに息子と歩くと、一緒だとうれしいからどうしても騒ぐんです。そうすると、いろいろな人からジロジロ見られます。私ではなく、息子が。そんな日常からして、本当に人間が鍛えられます。そして、パートナーを見ていると、本当に忍耐強いし、どんな人にも優しい。そういう子を持つと、人に対して優しくなれるんですよね。
和島監督は、実は元横綱の北の富士勝昭さんの甥っ子さんなのです。北の富士さんとは、昔、お正月のスター対談でご一緒したり、銀座でばったり会ったりして、顔見知り。角界のなかでもずば抜けておしゃれで素敵で、大好きな方です。でも監督は撮影中、そんなことは一言も言わないの。撮影が終わってから、北の富士さんから「映画撮ってたんでしょ?」と電話があって、監督が甥っ子さんだと初めて知りました。言われてみると、背が高くて、ちょっと似ている。知っていたら、もっと優しくしたのにね(笑)。
お仕事以外の最近の楽しみは何ですか?
昔から本を読むのが好きで、今も1日1、2冊は読んでいます。速読なの。昨日読んだのは、井上荒野さんの小説と、原田ひ香さんの『ランチ酒』。夜通し仕事をした主人公が、仕事を終えてランチとお酒を楽しむお話。私はお酒が全然飲めないのですが、そこに出てくるメニューがパリパリの餃子とか、広島焼きとか、とてもおいしそうで、食べてみたくなりました。
また、週に2回ほどピラティスに通っています。考案者のピラティスさんが病人やけが人のリハビリのために開発したメソッドだから、基本的に寝転がってやるのでラクなのね。自分でしっかり歩けるように、筋肉維持のためにも続けています。今日も、朝から銀行に行って、ピラティスに行ってシャワーを浴びて、ここに来ました。どこにでも歩いて行くし、かといって何千歩を歩いたなどは気にしない。もう疲れた、と思ったらすぐ(タクシーを止めるのに)右手を挙げる(笑)。無理しないのも、大事ね。
多くの方と出会ってこられたと思いますが、今まで影響を受けた人はいますか?
特別な誰か、という人はいませんが、女優をしていて素敵な人にいっぱい会える環境にいたのは、とてもありがたいことだと思っています。現場でかわいがっていただいた方といえば、沢村貞子さんですね。彼女の書いた本も好きだし、いろんなことを教えていただきました。旦那さまにすごく惚れているのを臆面もなく話すのも素敵でしたね。
山岡久乃さんも大好きでした。あの方は江戸っ子だし、私も神田生まれの神楽坂育ちだから、気が合ったのかもしれませんね。江戸っ子のくくりで言えば、天海祐希ちゃんともツーカーの仲。あのさ、って言っただけで、だいたいわかってしまうような間柄です。
現代は人とのつながりが薄れているといわれますが、加賀さんのまわりはいかがでしょうか。
もともと役者になるような人間はコミュニケーションが苦手な人は少ないと思うけれど、私は人間が好きで、興味のあるところにはどこにでも自分からノックしていく性格。昔から外に出ていろいろな人と話したり、いろいろな景色を見るのが大好きです。毎日神楽坂のまちをすっぴんで歩いていますし、タクシーに乗っても運転手さんの名前を呼んですぐに話しかけます。ご近所づきあいも、もちろんあります。
こういう性格は、子どもの頃からの環境が大きいのかもしれません。父親が映画プロデューサーだった関係で、家にはいつも人がたくさん来ていて、子どもが大人の会話に参加しても、受け入れてもらえる環境で育ちました。有名人もたくさん来ていましたが、一番驚いたのは小学生のときにランドセルを背負って帰宅したら、美空ひばりさんがいたこと。
自分がこういう性格だから、自然と似たような人間が集まるようで、まわりの人たちもアクティブです。兄嫁は77歳になって大学のシニアクラスに通い始めました。キャンパスで会った友達とごはんに行くなど、とても楽しそうです。人づきあいが苦手な人もいるでしょうけれど、私の友達に、浅草に引っ越したら、うつ病が治ったという人もいます。浅草のような下町にはまだ人情があって、お節介なおばちゃんもいるでしょう。「あんたごはん、食べてるの?」なんて声をかけられているうちに、自然に心も開かれたようです。
年をとったら好きなように過ごせばいいと思うけれど、私は動けるうちに動かなければもったいないと思ってしまう。
若い人には、「臆病にならず、常に好奇心をもって、もっと自分からノックしてみることも大切よ」と伝えたいですね。ノックしなければ、恋愛だって何だって始まらないのですから。
【阿部民子=構成、青木 登=撮影、ヘアメイク=野村博史、着付け=福島久美子】
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