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未来を照らす(39)俳優 南沢奈央さん

URPRESS 2024 vol.76 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

未来を照らす39 Special Interview Nao Minamisawa 「落語が私を変えてくれた この面白さを伝えたい」

「南亭市にゃお」の名で高座に上がるほどの落語好き。好きが高じて、落語の面白さを伝える本を上梓した俳優の南沢奈央さん。落語を知るほどに人見知りの性格が変わり演じることにも深みが生まれたと語ります。

みなみさわ・なお
1990年埼玉県生まれ。俳優。立教大学卒。2006年、スカウトをきっかけに連続ドラマで主演デビュー。08年、連続ドラマ/映画「赤い糸」で主演。以降、多くのドラマ、映画、舞台、ラジオ、CMで幅広く活動している。大の読者家でもあり、執筆活動も精力的に行い、読売新聞読書委員も務めた。3月12日~31日、「メディア/イアソン」(世田谷パブリックシアター)のメディア役で舞台に立つ。

失敗してもいいんだと前向きになれた

落語通としても知られ、『今日も寄席に行きたくなって』という本が好評です。どのような思いで書いたのですか。

『今日も寄席に行きたくなって』(新潮社)は、雑誌『波』に連載した落語のエッセイをまとめ、黒田硫黄さんの漫画とともに一冊に。

エッセイの連載をしませんかというお話をいただいたとき、私が一番、熱量をもって書けるのは、好きな寄席の話だと思いました。私の中で、落語を多くの人に知ってもらいたい、面白さを伝えたいという気持ちが大きくなっていたのです。

17~18年ぐらい落語を聞いているので、知識もある程度はありました。それらを押しつけがましく書くのはやめようと、そこには特に気をつけました。私自身がどう思ったのか、自己体験とつなげて書いたので、落語って難しくないよ、身近にあるよ、と感じていただけたらうれしいです。落語好きの熱量が強めの本になったと思っています(笑)。

高校生から落語を聞き始め、大学の卒業論文は「落語における名人論」。落語の面白さはどういうところですか。

落語に興味をもったきっかけは、高校のときに読書感想文の課題で、佐藤多佳子さんの小説『しゃべれども しゃべれども』を選んだことです。主人公の落語家のもとに、人間関係がうまくいかない、学校でいじめられる、コミュニケーションに悩んでいるといった人たちが集まって、落語を通して成長していく物語です。

高校1年生のときは人見知りで、人に話しかけられなかった私の境遇とすごく近くて、不器用な彼らの気持ちが痛いほどわかりました。

しかもその頃は女優の仕事を始めたばかりで、大人の方とどのように接したらいいだろうと悩んでいました。撮影現場では本をずっと読んで、話しかけないでオーラを出していたほど(笑)。そういうときに読んだので、私も落語で変われるかもしれないと思い、落語を聞き始めたら、引き込まれていったんです。

しくじった人や、ダメな人を、笑いにして肯定していくのが落語です。出てくる人物が実に温かい。ダメな人がいても周りの人たちが笑って受け入れます。みんなで支え合って生きているところが描かれていて、その世界観が好きで影響を受けました。

私は失敗するのは恥ずかしいし、そういうところを見せたくない完璧主義で、それを打破したかったんです。落語を知るうちに失敗してもいいと思えるようになって、前向きになれました。芝居をするときも、思い切ってやっちゃえ、恥かいても笑ってもらえればそれでいい、経験して学んでいこうという気持ちに変わりました。

南沢 奈央さんの写真

落語も芝居も演じるものですが、違うところと似ているところをどのように感じていますか。

ベテランの落語家さんが、すごく女性らしく見えたり、子どもに見えたりします。声色を作っているのでもありません。ちょっとした口調やテンポ、所作で見せるんです。人情噺はしっかり聞かせますし、間をとって表情で見せる話もあります。気づきがたくさんあって勉強になります。

私は落語を2回やらせていただきました。南亭市(なんていいち)にゃおの高座名で(笑)。やってみたら芝居とは全然違いましたね。私が落語をやると話芸ではなく、役を作ってしまって一人芝居になってしまうんです。芝居はいかに自分を消して役に入っていくかですが、落語は自分を客観的に見つつ、自分を残したままで演じていきます。これがむずかしかった。そこが落語をやる面白さで、ひかれる点でもあります。

芝居はリアルにやり取りを再現するものですが、それを落語でやっているとテンポがなくなって面白味が出ない。落語には言い回しや表情ではなく、泣いているように見せる節回しがあると噺家さんから聞きました。語り方で感情も見せていくところは芝居とは違います。

テレビドラマや映画、舞台は衣装や小道具、大道具などがあり、動きもありますが、落語の小道具はわずかで座ったまま。そこも違いますね。

落語では扇子の使い方で、箸にも煙管(きせる)にも刀にも見えます。手ぬぐいは本や手紙、財布などに使います。手の使い方やちょっとした姿勢で、感じ方や見え方が変わるんです。

お酒を飲んだり蕎麦を食べる話では、いかにもおいしく飲み、まるで食べているように見えますよね。観ているとお酒を飲みたくなるし、お腹がすいてきます。観客は一番おいしかった蕎麦を想像するでしょう。そのように想像する余地が与えられているからこそ、より鮮明に見えてくるのだと思います。

南沢 奈央さんの写真

2回の高座はいかがでしたか。

初高座のときは演じることなどまったく考えず、柳亭市馬師匠から教えていただいて録音した音源の完全コピーを目指しました。

それから11年経った2022年、2回目の高座はちょっと自我が出てきて、演じたくなってしまった。でも何かが違う。教わったとおりにやるのも、感情を作り込んでやるのも違う。立川談春師匠に見ていただくと、「自分の言葉が入っていれば、リアルに見えるから、演じようとせず、ただ筋を語るだけで伝わる」と言われました。

初高座は教わったとおりに普段は使わない言葉も入れたから、とても硬いものになっていました。2回目はできるだけ自分になじむ形にして、言葉も変えたので、南沢奈央としてしゃべれた感じがありました。まだまだですけど。

落語は自分を消しちゃいけない、自分を出さなきゃいけないと思いました。古典落語は人によって表現が違うので、そこに楽しみがあります。高座に上がっている人がどんな人なのか見えてくるのが面白いんです。

歩幅を変えただけでその役に近づけることがある

俳優として演じるとき、自分に近い役と遠い役では演じていていかがですか。

私とは性格が違って理解しにくいタイプの人間の役に挑むのは楽しいですが、やっぱり違和感があります。だから演出家や監督は、無理して頑張っていると感じるようです。台詞を言わされているみたいだと指摘されます。

舞台では幕が開くまで、その役を自分になじませて、自分との接点を見つけていく作業に時間をかけます。

私がオフィーリアを演じた舞台『ハムレット』を観た立川談春師匠が、「歩幅がオフィーリアじゃない」とおっしゃって。私の歩きやすい歩幅だと一歩が大きかったらしく、歩幅を狭くしただけで、オフィーリアに近づきました。私はそういうことを見つけるのに時間がかかるので、稽古して作っていける舞台が性に合っています。役によって共鳴する幅も違いますが、本番には自分の中にその役が入っているのが面白いです。

南沢 奈央さんの写真

住まいへのこだわりはありますか。

観葉植物を置いています。生きているものを置きたくて。前は野菜もベランダで育てていました。私の身長より高いフィカス ベンガレンシスが1つ、出窓には小さな鉢が5、6個。苔玉もあります。

家具は木製が好き。カーテンはベージュ、ソファーは茶色と落ち着く色にして、心地よく読書ができる部屋にしています。

周りに人が住んでいるので、私は一軒家より集合住宅のほうがほっとしますね。子どものころは同じマンションに友達もいっぱいいたし、お隣や近所の方と交流がありました。花火のときにはベランダから隣の家の友達にラムネを渡したり(笑)。集合住宅や団地の暮らしは、落語の長屋の話と共通するものがありますね。人情があって、近所で支え合って。

ほかに興味があることは?

山登りです。今年の夏には日光白根山に登りました。東京の奥多摩にある三頭山と山梨県の大菩薩嶺にも行きました。2000メートル以上ある山です。私はロック・クライミングもやっていて、そこで出会った人たちと山に登ります。ボルダリングもするんですよ。

高いところはものすごく怖くて、手汗が出るぐらい苦手。なんでやっているんだろうって思うんですが(笑)、でも、その恐怖と戦う感じが楽しいんです(笑)。

【小西恵美子=文、菅野健児=撮影】
【衣裳協力=ブーツ ノイエマルシェ TEl:03-6721-0250】

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