未来を照らす(33)女優 原田美枝子
9月に公開予定の注目の映画『百花(ひゃっか)』。
団地での撮影にURが協力したこの作品で、原田美枝子さんは
記憶を失なっていくなかで「秘密」に手を伸ばそうとする母・百合子を演じています。
演じることで感じたこと、「記憶」への思いなどをお聞きしました。
映画『百花』では、原田さん演じる母・百合子と菅田将暉(すだまさき)さん演じる息子・泉との間にわだかまりがあり、その関係が百合子が認知症を患うことで変化していきます。百合子をどのように演じましたか。また作品の最初の印象はいかがでしたか。
百合子は罪の意識をずっと抱えて生きています。それは若いときに息子を置いて家を出たことです。たった一人の子どもを、置いてでも家を出る衝動に百合子は負けた瞬間があるわけです。とんでもないことですよね。普通はとどまるでしょう。でもそうせずにはいられない瞬間があった。はたから見ると悪いことだけれど、彼女は一生懸命、生きたと思います。
その心の痛みがずっと奥深くにあって消えない。一生、背負っているのは、百合子には辛いことです。百合子を演じるなかで私はその痛みをいつも抱えていましたし、一生懸命に生きることも忘れないようにしました。
子どもは、お母さんはお母さん以外であってほしくない。けれども母親には母親の人生があって、一人の人間であり、一人の女であり、いろいろな感情の中で生きています。母親だけどその奥には女の人の人生があることが、この作品には描かれています。そのことが最初に台本を読んだとき、おもしろいと思いました。
母が記憶を失っていくなかで親子の溝が徐々に埋まっていきます。親子の関わりをどのように感じましたか。
母親の側から見た現実と、息子の側から見た現実、それぞれの心の痛みも違います。「あのときさぁ」と軽く言えないんですよね。
母親が認知症でどんどん記憶を失っていくなかで、息子の泉は母の心のなかに入っていかなければならなかった。そこに触れたら自分が痛すぎる、重すぎるのを知っているので、知りたいんだけど、知りたくないという複雑な思いです。
家族って本当のことを言わずに過ごしてしまい、大事な話をしないことがありますよね。なぜ親にもう少し優しくしなかったのだろうか、どうしてあのとき、一緒にごはんを食べなかったのだろうか、といった後悔はいっぱいあるものです。
自身のお母さまが出演される短編映画の制作から撮影、編集、監督まで手がけられていますね。
私は母の言葉をきっかけに、ドキュメンタリーの短編映画『女優 原田ヒサ子』を作りました。
あるとき母が、「私ね、15の時から、女優やってるの」って、ごく普通に言ったんです。私は愕然としました。「それ、私なんですけど」って思って。どうしてそんなことを言うのだろうとびっくりして、でも反論はしませんでした。それはいったい何だろうと考えていたら、私、母のことをなにも知らなかったと思ったのです。同じようなことが『百花』の中にもありました。
母の映画を作ったときにポスターのタイトルの横に、「身体はうつろいゆくものだけど、心は何を残すだろう」という一文を書きました。体は歳をとって変化していくけれど、何を強く思って生きてきたのだろう、ということを子どもとしては知りたくもあります。
その人の人生にとって一番大事なことは、最後の最後まで心に残ると思いましたね。だから私がもし認知症になったら、何が心に残っているかなと想像すると、ちょっと怖いです(笑)。
認知症になる可能性は誰にでもあります。他人ごとではありません。
いいんですよ、忘れても。残された側が、「お母さん、こんなことがしたかったんだね」「お父さん、こういうことが好きだったんだね」とか、「人生のここはよかったんだね」と子どもなり、周りにいるお友達なりが察すればいいと思います。
私は今までに何回か認知症の役をやりました。今回もそうですが、認知症の役を汚くはやりたくないし、失礼な表現はしたくありません。なぜなら当事者は反論できないからです。人として理解できるよねと思う形でないとやってはいけないと思っています。そこの加減が難しいところでした。
『百花』は観る人の年齢や状況によって、いろいろ気づいたり、感じたりできる映画だと思います。
観る人の人生観や、あの瞬間のことはよく覚えているなど、過去の記憶ともリンクしていって、それぞれの思いが引き出される映画だと思います。
記憶は人それぞれで、ひとつの出来事があっても、こちら側から見る出来事と反対側からでは違うものです。百合子の心と泉の心では、同じ出来事だけど違う捉え方をします。記憶に残るフィルターも違います。でもそれが最後の最後で、カチッと合わさるのかなと思っています。
撮影で印象に残っていることは何ですか。ご苦労はありましたか。
原作者で脚本家で監督である川村元気さんとは初めて仕事をしました。多くの撮影現場と違って、独特のスタイルの1シーン1カットで撮っていきます。エネルギーがいるんですよ、俳優にとっては。百合子の思いを肉体化しないといけません。それが合致するまで時間がかかりました。
川村監督は物語の運びだけではなく、思いがその場の空気ににじんでくるまでOKを出さないので、ヘトヘトになりましたね(笑)。そのかいあって、目に見えないものも映ったと思います。
ひとつの作品の撮影が終わると、役からすぐに抜けられるものですか。
ひとつの仕事が終わったら忘れますね。入れ替わらないと次の役が入らないのです。私、メモリーカードがちっちゃいんです(笑)。
とは言っても記憶しているんですね、体は。私は、先日、予告編を観て胸が痛くなりましたから。とくに子どものころの泉を演じた桑名愛斗(まなと)くんが母親を探して歩く場面で、「お母さん」って言う声を聞いたとたん、キューンと胸が痛くなりました。撮影のときの百合子の重さが私の中に残っているんだなぁとびっくりしました。
これまで数多くの作品に出演されていますが、特に印象に残っている作品はありますか。
映画『乱』ですね。昔、『乱』の撮影のときに、黒澤明監督が、30年ほど前の『蜘蛛巣城』の話を昨日のことのように話されるのを不思議に思っていました。『乱』に出演してから30年以上経つ今、私も昨日のことのように『乱』について話せます。「じゃあ、今からやります」と言われれば、「はい」って言える気持ち。深いところで覚えている、体に染み込むとはこのような感じなんでしょうね。
仕事以外での楽しみ、最近夢中になっていることはありますか。
『百花』でピアノに出会いました。ピアノを弾くシーンがあり、去年の2月から先生についてピアノの練習を一生懸命しました。
グランドピアノの音って素敵です。アップライトとは違って下からも音に包まれます。それを初めて経験して、ピアノっていいなと思いました。「トロイメライ」とバッハの「プレリュード」が弾けるようになったときは、すごくうれしかったですね。撮影後も習い続けていて、今は私の好きな曲、ドビュッシーの「月の光」を練習しています。難しくて、あと2年ぐらいかかるかな。
私、60歳過ぎて残りの人生を思ったら、「やりたいことだけやるぞー」って吹っ切れちゃって、今はやりたいことだけやっています。
【小西恵美子=文、青木 登=撮影】
【ヘアメイク=伊藤こず恵、スタイリスト=坂本久仁子】
ワンピース/ステファニアカレラ(三喜商事 TEL:03-3470-8233)
ピアス/スイートテン・ダイヤモンド(エスジェイ ジュエリー TEL:03-3847-9903)
ネックレス、リング/アジュテ ア ケイ(京屋 TEL:088-831-0005)
靴/銀座かねまつ(銀座かねまつ6丁目本店 TEL:03-3573-0077)
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