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角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(33) 眠りの点数

  • URPRESS 2025 vol.82 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

ベンチで寝ている人の写真photo・T.Tetsuya

ずいぶん前からスマートウォッチを利用している。幾度か壊れて買いなおし、今使用しているものは低価格のわりにはずいぶん長持ちしている。

このスマートウォッチは歩行距離、消費カロリー数の計測、心拍数やストレスレベル、血中酸素の計測をしてくれて、睡眠時間の記録ばかりか、その質まで分析し、点数をつけてくれる。

心拍数もストレスレベルも気にしたことはないのだが、睡眠は気に掛かる。レム睡眠がどのくらい、ノンレム睡眠がどのくらい、夜に目覚めたのが何回、ということがわかるし、眠りの質に点数までつけてくれるのだから、毎朝チェックしている。

私は睡眠で苦労したことがない。眠れなくて悶々とした経験も、記憶のかぎり二、三度しかないし、枕がかわっても、バスのなかでも電車のなかでも飛行機のなかでも、どんな体勢でもすぐに眠れる。ふだんの生活で眠るとき、ベッドに横になって「眠くなってきた」と思うこともない。それより前に寝ているらしい。

いったい私は、横になってから何分後に寝ているのだろうと、ふと疑問に思い、ベッドに横たわったとき時間を確認するようになった。十一時十五分、と確認して目を閉じる。翌朝、スマートウォッチで睡眠時間を調べてみると、十一時十七分には浅い睡眠に落ちている。この後も続けてみたが、平均して二分で眠っているようである。

そんなにすぐ眠れるのだから、眠りの点数もさぞよかろうと期待してしまうのだが、この点数はあんまりよくない。深夜に目覚める回数が多いとか、深い睡眠が少ないとか、この機械は告げるのである。

夜間に目覚めるのは、トイレにいく場合もあるが、猫が起こしにくる場合が多い。階下で寝ているわが家の猫は明けがた四時ごろ、ふと目覚めて人間が周囲にいないことに気づき、「ちょっとひとりにしないでよ!」と大声で文句を言いながら二階に上がってくる。「さみしかった、気づいたらひとりですっごくさみしかった、真っ暗だし、だれもいないし!」というようなことを、人間が目覚めるまで言いながら寝室をうろつくのである。空腹ではなく、さみしさを訴えているのである。

その声に私が目覚め、「ごめん……隣においで……」と呼ぶとようやくベッドに飛び乗り、「撫でてて。眠るのを見ていて」と私に要求して眠る。猫が眠ったのを確認して私も眠る。明けがたのこの目覚め時間も、睡眠計測にしっかり反映されている。でもこれは、自己責任ではなくて、起こされて起きている他己責任だから、点数を差し引かないでほしいのに、と言い訳をしたくなる。

今まででいちばん睡眠の点数が高かったのは、出張先だ。八時間近く眠って、九十五点が出て、やった! と心のなかで叫んだ。睡眠の質であっても、採点されるといい点がほしくなるのは、学生時代の名残なのか、人間の性なのか。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『韓国ドラマ沼にハマってみたら』(筑摩書房)。

かくた・みつよさんの写真

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