角田光代さんエッセイ 暮らしのカケラ(36) けがの理由
photo・T.Tetsuya屋外で転んで、なぜか目と目のあいだのへこんだ部分を強く打ち、血が出て赤く腫れた。痛みは一日くらいでおさまったのだけれど、目と目のまんなかに、本来の目より大きな赤い傷ができた。
その直後、とある授賞式があり、私は審査員として出席したのだが、だれも傷について何も言わない。主宰者と挨拶し、ほかの審査員のかたがたと挨拶し、初対面のかたと挨拶し、司会者のかたと挨拶しているのに、本当にだれひとり、目と目のあいだにもうひとつ目があるような傷について、触れない。
これはきっと大人の配慮なのだろうと思うのだが、でも私としては、「どうしたんですか、その傷」と訊いてほしい。訊いてほしいというか、「じつは転んじゃって」「なぜかこんなところを打っちゃって」と答えたい。
いっそ自分から言ってしまおうか、とも思ったのだが、もしかして、私は自分の顔だから気になるだけで、他人から見たら、そんなに大きな傷でもないし、むしろわからないくらい目立たないのかもしれない、と思いなおして何も言わなかった。
その翌日、またべつの授賞式があったのだが、このときは、まず最初に会った編集者が「どうしたんですか、その傷!」と言ってくれたので、ああ、やっぱり目立たないわけではないのかとほっとしつつ、嬉々として「転んじゃって……」と説明した。そのあとに選考委員のひとりである同業者のかたがあらわれ、「どうしたの、その傷!」と驚いてくれ、数分後にべつの同業者のかたがやってきて「どうしたの、その傷!」と同じように驚いてくれたので、私は本当にうれしかった。
十数年前にも道ばたで転び、右目のまわりがおもしろいように紫色に腫れ上がったことがあった。どこからどう見ても、殴られた傷にしか見えない。
このときは、本当にだれにも「どうしたの」と訊かれなかった。初対面の人も、したしい友だちも、みんな、傷なんか見えないように接してくる。道ばたで偶然会った友人も、まったくいつもとかわりなく話しかけてくるので、やはりこのときも「この傷はもしかしたらだれも気づかないくらい薄いのかも……」と思い、「私、転んでここを打ったんだけど、もしかして傷、気づかないくらい目立たない?」と訊いたところ、彼女は「いや、すごく目立ってるよ……」と言いづらそうに答えた。そうか、やはり訊きづらかっただけなのか、とこのとき納得した。
もし自分が相手の立場だったら……と考えてみる。友人の顔に、何かわけありのような傷がある。うーん、やっぱり正面切って「どうしたの」とは訊けないような気もする。しかし自分自身、傷の経緯をあんなにも説明したいという気持ちを味わっているのだから、第一声で訊くべきか。と、そんなことを悩みながら、私の友人たちはひとりも、みごとにひとりも、顔にけがなんかしていたことはないし、道で転んだりしていないということに気づいてしまって、愕然としている。
プロフィール
かくた・みつよ
作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『明日、あたらしい歌をうたう』(水鈴社)。
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