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「平成28年熊本地震」から10年 復旧支援の経験を生かして 災害公営住宅を迅速に建設

  • URPRESS 2026 vol.85 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

復旧支援の経験を生かして災害公営住宅を迅速に建設

熊本県や大分県で最初に最大震度7の地震が起きたのは2016(平成28)年4月14日の夜。16日の未明にも再び最大震度7の揺れが襲い、その後も余震が続いた。

URは発災直後の15日から、阪神・淡路大震災や東日本大震災の復興支援に関わった機動力のある職員を派遣して、熊本市内の賃貸住宅の状況を確認して復旧対応。合わせて各自治体から派遣された判定士の調査範囲の決定や現場の情報のとりまとめなど、被災宅地や被災建築物の応急危険度判定支援、応急仮設住宅建設支援などの応急・復旧支援を行った。また、被災した方たちの一時避難場所として福岡県内などの団地の提供をいち早く開始した。

18年には熊本市内に熊本震災復興支援室を開設し、宇城(うき)市、御船(みふね)町、嘉島(かしま)町、益城(ましき)町と協定を結んで、災害公営住宅を整備。前震、本震ともに最大震度7を記録し、被害が甚大だった益城町では復興土地区画整理事業の技術支援のため、県への職員派遣を行った。20年には、URが建設支援した12地区453戸すべてが完成、無事に引き渡しを終えた。

復興支援に携わったUR九州支社の3名に当時のことを振り返ってもらった。

地震から3カ月後の益城町の様子。熊本県内でも被害が大きかった益城町では、あちこちで住戸が倒壊していた。
熊本のシンボルでもある熊本城も地震で甚大な被害を受けた。

復興の過程に携わり見続けた4年間

九州支社都市再生業務部
飯塚浩一郎(当時、災害公営住宅の計画担当)

4月に九州支社に配属になった年の2週間後に地震が起きました。すぐに被災建築物応急危険度判定支援のために現地へ。その後、住宅が倒れた状況のなか、災害公営住宅建設のための国の調査も始まりました。

宇城市、御船町、嘉島町、益城町の4市町から災害公営住宅整備の要請を受け、被災された自治体さんと、どこに、どれくらいの規模のものを建設すべきかの検討を重ねました。建設候補地が居住者さんにとって住みやすい場所なのか、アドバイスをすることもありました。

2年後、熊本市内にURの熊本震災復興支援室が開設されたタイミングでそちらに移り、20数名の職員とともに復興支援を続けました。地元業者だけでは手が回らないなか、全国から人材や資材を確保するのもURの仕事でした。復興の過程を見ることができた貴重な経験です。非常に短い期間で自治体さんに災害公営住宅を引き渡せたのは、東日本大震災などの復興支援経験者が多く、押さえるポイントがわかっていたのが大きかったと思います。

東日本大震災での経験を生かして

九州支社住宅経営部
大川善丈(当時、設計担当)

益城町の災害公営住宅の設計を担当しました。途中からの参加でしたが、設計では、デザインを統一する色彩計画や、コミュニティ醸成のための腰かけベンチや共同花壇、雨避けのための歩行者通路への屋根(キャノピー)の設置などを計画しました。東日本大震災の復興支援を経験している職員が多かったので、その経験やノウハウを生かしやすい環境だったと思います。完成後に実際に居住者さんにベンチや花壇が利用されていると聞いて、よかったと思いました。

関わり始めてから、引き渡しが令和2年3月と決まりました。タイトなスケジュールのなか、工事完成を見据えた工期短縮の検討など、入居を待っている被災された方々のために真剣に考えていたことを覚えています。

振り返ると、あっという間に終わったという印象です。学んだのはスケジュール管理の大切さであり、期日を決めて進めていくことは他の仕事でも大事なことだと改めて感じました。

復興とは何かを今も考え続けています

九州支社住宅経営部
田中雄祐 (当時、工事担当)

私が携わったのは最後の1年で、災害公営住宅の工事対応を担当しました。被災された方々の入居が遅れないように、「期日内に完成させること」「とにかく工事を止めないこと」を心がけて取り組みました。雨天などで予定通りに進まないこともありましたが、自治体さんも業者さんもURも一体となって取り組むことで、無事に完成させることができました。

完成間近の住宅内覧会で「こんなにいい部屋に住んでいいのですか」と居住者さんたちが喜ばれる姿を見て、やりがいを感じるとともに、被災後の生活がどれだけ大変だったのだろうと思いました。関わったのは1年だけでしたが、この仕事をきっかけに、震災や復興支援について、いろいろ考えるようになりました。被災地に足を運んだり、仮設住宅を見学したりしながら、復興について考え続けています。

宇城市の響原(ひびきがはら)では災害公営住宅とともに、集会所「みんなの家」と「大きな庭」もURが整備を担当。熊本県産木材を使用。(上・下)
熊本県産木材を使用した宇城市の響原の災害公営住宅。南向きのリビングの外には濡れ縁と専用庭がある。
宇城市でURが整備した松橋大野の災害公営住宅。交流の場となるように設けた中庭空間は、夜ライトアップされる。
嘉島町の災害公営住宅は、4地区すべて木造平屋の戸建て。高齢者の入居が多いため、スロープを設置した。写真は浮明(うきあけ)の住宅。
御船町では2地区の災害公営住宅を整備。写真は一丁目第1団地。エントランスには御船高校書道部がデザインしたモニュメントタイルが設置されている。
益城町では市街地4地区の災害公営住宅を整備。いずれも5階建て。写真は馬水(まみず)の住宅。

【妹尾和子=文、菅野健児=撮影(人物)】

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