【復興の「今」を見に来て!第21回Part1】福島県双葉町
復興の先駆けとなる
なりわいの拠点が始動
復興への歩みを進める双葉町。先行して整備が進む「働く拠点」の中野地区に、昨年秋、「東日本大震災・原子力災害伝承館」「双葉町産業交流センター」と「福島県復興祈念公園」が相次いでオープンした(復興祈念公園は一部開園)。
復興の象徴となる3施設がオープン
雲一つない秋晴れに恵まれた昨年の11月7日。双葉町の海沿いに位置する中野地区で、「東日本大震災・原子力災害伝承館、双葉町産業交流センター、福島県復興祈念公園 合同開所式」が開かれた。
当日は、9時半からオープニングイベントを開催。きらびやかな衣装を身にまとった「浪江町相馬流れ山踊り」の舞いや、勇壮な「標葉(しねは)せんだん太鼓」などの郷土芸能のライブステージのほか、JR双葉駅西側地区につくられる新しいまちなど「出歩きたくなるまちづくり」を目指す上でも重要なスマートモビリティの試乗会など、催し物も盛りだくさん。静かだったまちに、久しぶりに人々の笑顔と歓声が戻ってきた。
14時から行われた式典は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため規模を縮小して行われたものの、国や県などの関係者らが出席。伊澤史朗双葉町長は「中野地区は双葉町の復興の先駆けとして重要な役割を担う場所。開所は町ににぎわいを取り戻す第一歩であり、地方再生のモデルとなる新たなまちづくりに挑戦する」と力強く宣言。平沢勝栄復興大臣は「福島の皆さんと一緒に寄り添い、足並みをそろえて、福島の発展に全力を尽くす」と3施設の開所を祝った。
なりわいと住まいにぎわいの再生へ
地震、津波、原発事故の複合災害に見舞われた双葉町。長く全町避難が続いていたが、2020(令和2)年3月には避難指示が一部解除。町を通るJR常磐線が全線運転再開されるなど、着実に復興への歩みを進めている。
なかでも中野地区は、なりわいの再生・企業誘致を行う復興産業拠点、また被災伝承・復興祈念ゾーンと位置づけられ、先行的に整備が進められてきた。
今回開所となった伝承館と復興祈念公園は県が整備。伝承館は7面巨大スクリーンやさまざまな展示物で、複合災害の経験や教訓、復興の歩みを発信。開館から20日で1万人超の来場者を記録した。
一方、産業交流センターと産業用地は町が整備。センターには10社に及ぶ復興関連企業の事務所や、震災後町内初となる飲食店、土産物店も入居。中野地区の就業者や来訪者、一時帰宅する町民のサポートなどを行う。
そして、隣接する3施設が連動することで、新たな産業や復興ツーリズムの創生も目指している。
これら中野地区の復興で双葉町をサポートしてきたのがURだ。福島震災復興支援本部の太田 亘が経緯を説明する。
「URは平成29年に双葉町と復興まちづくりに関する協力協定を締結。中野地区の約50ヘクタールの基盤整備と産業交流センター建設の支援への発注をいただき、我々のまちづくりに関するノウハウを駆使して、全力でお手伝いしています。中野地区は同じ街区のなかに町と県、国など、整備する主体が異なる場所が混在しているため、工期や工事車両の調整などが円滑に進むよう苦心しました」
UR双葉復興支援事務所で基盤整備業務を担う佐藤史章は、当地で4年目を迎える。
「中野地区は津波の被害に加えて避難指示区域でもあったため、最初は電気も水道も道路もなく、工事現場に通行証が必要だったりと、経験したことのない事業でした。いまはやっとここまできたという感慨と、この地区に建物が建ち、企業が稼働して人が戻ることで、これから大きく変わるだろうという期待を抱いています」
双葉町において、URは中野地区のほかにも、JR双葉駅東側での基盤整備や駅前広場、道路の整備を担当。また、双葉町が「住む拠点」と位置づけるJR双葉駅西側地区でも、22年春頃の居住開始に向けて、基盤整備や宅地、道路整備の支援などに尽力している。
双葉町復興推進課の横山 敦さんは、「土地の造成をしながら水道や道路などのインフラ、建物の建設と、複数の事業が重なって複合的な仕切りが必要な現場で、町だけではできないところにURさんに入っていただき、本当に助かっています。これから新しく生まれ変わるまちには、ぜひ多くの方に興味を持っていただき、外部にもファンを増やしていきたい」と力を込める。
なりわいと住まい、そしてにぎわいの再生へ。URはこれからも双葉町をしっかりと支えていく。
【阿部民子=文、菅野健児=撮影】
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