復興の「今」を見に来て!第11回 Part2

学校や商業施設など、まちの機能が集まっている。
Concept 野蒜ヶ丘の設計コンセプト
1.コミュニティーの輪が広がるまち
- 各住戸の濡縁、まちなかのサークルベンチや植栽など気軽に交流できる空間を設置。
2.安心して生活できるまち
- 住民同士が見守りやすい住戸配置、スロープや手すりの設置によるバリアフリー化。
- 歩行者の安全を確保する道路配置。
3.歩いていて楽しいまち
- 屋根や壁面の色彩にバリエーションをもたせて変化と調和が共存するまちなみに。
- 建物を道路から後退させ、広がりのある空間を実現。
4.周辺環境と地域の伝統に共鳴するまち
- 特別名勝松島に調和するアースカラーの外壁と、地域に多い黒色系の勾配屋根を採用。
- 幹線道路沿いの宅地には周辺の山と調和する生垣を植樹。

この夏、東松島市の野蒜(のびる)ケ丘を訪れて驚いた。3年前は山林、9カ月前に訪れたときは広大な造成地だったところに、落ち着いた瀟洒(しょうしゃ)なまちが誕生していた。以前にお会いした地元の方々にあいさつすると、「びっくりしたでしょ?」「素敵なまちになったでしょう」と皆さんうれしそうで、誇らしげだ。
野蒜ケ丘は、津波で被害を受けた野蒜地域のまちを丸ごと高台移転するために、山林を切り開いて造成した地。URは計画段階から関わり、東松島市、そして地元の皆さんと共に事業を進めてきた。膨大な土砂の運搬のために巨大ベルトコンベヤーを設置し、工期の大幅な短縮も実現した。
宅地や災害公営住宅は順次引き渡されてきたが、この夏ついに災害公営住宅「野蒜ケ丘住宅」が完成し、URが東松島市で担当してきたすべての事業が完了することに。8月26日に集会所で開かれた「市営野蒜ケ丘住宅第Ⅱ期鍵引渡し式」では、UR宮城・福島震災復興支援本部長の佐分英治から、渥美巖(いわお)東松島市長へ、そして入居者代表の阿部治美・ふき子さん夫妻へ鍵が手渡された。
あいさつで、まずは入居予定者へ長い間お待たせしたおわびを伝えた渥美市長は、「その分、立派にできているので、ご満足いただけると思う」と胸を張った。その後は関係者の方々からお祝いや感謝の言葉が続き、式典はアットホームな雰囲気で進行。その様子を見ながら野蒜ケ丘担当のURの荒木誠司は、涙を必死にこらえていた。人に恵まれて、やりがいのある仕事だったと振り返る荒木は、明確な設計コンセプト(上記参照)を実現した野蒜らしいまちができあがって安堵しているという。
「この日を一日千秋の思いで待ち望んでいました」と話すのは、野蒜ケ丘住宅に入居予定の阿部さん夫妻だ。4畳半2間の仮設住宅は、ふたりが同時にこたつで足を伸ばしたり、体を動かしたりするスペースがなかったと言う。「ここは高台で安心ですし、空気がきれいで、間取りもよくて、入居が楽しみです」と喜びにあふれていた。





理想のまちづくりにそれぞれが奮闘

野蒜ケ丘は、住宅の手すりやスロープの位置から、集会所や公園の設備まで、住民の要望がさまざまなかたちで反映されている。
7カ所の仮設住宅をまわりながら住民の要望に耳を傾け、市とURと連携しながら、それらの実現に奔走してきたのは、野蒜北部丘陵振興協議会のメンバーだ。会長の齊藤圴(ひとし)さんと、副会長兼災害公営住宅部会長の齋藤剣一さんは、「苦労した甲斐あって、想像していた以上のまちが完成して感無量」と口を揃える。復興のモデルとされ県内外からの視察が多い野蒜ケ丘だが、その背景にはモデルとなる事業の進め方があったのだ。
「駅伝のたすき、リレーのバトンのように、いろいろな人がそれぞれの場で役割を果たし、それをつなぐことで、ここまでこられたのだと思います」とは、東松島市建設部建設課復興住宅班長の木村薫さん。当日は木村さんをはじめ協議会の会長・副会長、そして市長から「URさんの総合力、信頼関係があってこそ実現できた」と感謝とねぎらいの言葉がかけられた。
もともと活発な人が多く団結力が強いと言われる野蒜地区。新たに誕生したまち、野蒜ケ丘のコミュニティーづくりでも、真価が発揮されることだろう。

【妹尾和子=文、青木登=撮影】
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