【特集】南三陸町前町長 佐藤仁氏インタビュー「絶望」からの創造的復興、15年の軌跡
今年の2月13日、東京新宿で、宮城県南三陸町の前町長、佐藤 仁氏がUR職員を前に講演を行った。
テーマは「東日本大震災からの復興」。
そこでのお話と、翌日のインタビュー内容をまとめてお届けする。
想定外の津波に襲われ町は壊滅した
南三陸町に押し寄せた津波は、最大浸水深20メートルを超えた。過去に幾度も津波被害を受けている同町だが、想定をはるかに超える津波が押し寄せ、町は一瞬のうちに壊滅した。

佐藤 仁 さとう・じん1951年宮城県志津川町(現・南三陸町)生まれ。92年に旧志津川町議会議員に当選し、2002年3月、旧志津川町長に就任。05年11月、南三陸町初代町長に就任し、町長を5期務めて25年11月に退任。その間、東日本大震災からの復興を中心となって牽引した。
震災当日、私は町の防災庁舎におり、そこでずぶ濡れのまま一夜を明かしました。職員の中にライターを持っている者がいて、その火でかろうじて暖をとって生き延びたのです。
夜が明けて、町の惨状が見えてくるのが怖かった。目の前にあるはずの町の景色が、いっさいなくなっていました。それを見たときの気持ちは「絶望」の一言。口には出しませんが、本当に再建できるのだろうかと、打ちひしがれる思いしかありませんでした。
じつはそのとき私は津波に打たれ、肋骨を骨折していました。手からも数カ所出血がありましたが、そんな痛みはなに一つ感じません。被災後1週間は無我夢中というか、とにかく目の前に出来(しゅったい)する問題に対処することに追われ、痛みを感じる暇もありませんでした。
町の体育館を災害対策本部に定め、あらゆることに対処していきます。床に雑魚寝でしたが、毎日疲れ切って、横になると3秒で眠りに落ちました。ストレスとプレッシャーで食欲はなく、支給されたおにぎりを丼に入れ、水をかけてかろうじて胃に流し込む状態。
1週間で7キロ体重が落ちました。
ようやく少しほっとしたのは、8月のお盆の前に応急仮設住宅が完成したときです。建設場所を決める際の合意形成など、職員は大変苦労しましたが、それまで避難所で生活していた方々が、畳の上で過ごせるようになったことは、大きかったですね。
生業(なりわい)の復興を目指し、仮設の「南三陸さんさん商店街」も翌年2月にオープン。まだ道路もできていない状態でしたが、とにかく一歩を踏み出しました。
志津川市街地 2011年6月18日撮影。
志津川市街地 2001年5月12日撮影。
壊滅状態のまち。手前にJRの線路、中央奥に見えるのが防災庁舎、右奥に公立志津川病院の建物が見える。住宅と生業の場を分け新しいまちをつくる
南三陸町震災復興計画を2011年12月に策定。住宅や公共施設は、最大クラスの津波が来ても安全な高台に整備し、それまでの市街地だった低地部は、生業の再生の場として整備するという大胆な計画を推進していくことになった。URは12年3月に復興まちづくりの推進に向けた覚書を締結。本格的な復興事業をともに推進していった。
志津川地区の高台に住宅や病院、町役場などが整備され、普段の暮らしが戻ってきた。
川の左手が南三陸さんさん商店街と、南三陸311メモリアル。右手に広がるのが南三陸町震災復興祈念公園。
ラボ41では原子力災害の現場からのリアルな展示が目を引いた。二度と津波で一人の命も奪われないまちをつくる。これが南三陸町の復興の“一丁目一番地”です。それには津波の来ない所、高台に住むしかありません。
具体的に目指したのは、
- 安心して暮らし続けられるコンパクトなまちづくり
- 自然と共生するまちづくり
- 生業とにぎわいのまちづくり
この3つです。
しかし従来の国の制度が復興の現場に合致しないことが多く、折り合いをつけるのに苦労しました。こうした国や県との調整、工事の手順調整など、復興の現場でURさんの知恵とマンパワーを存分にお借りしました。
私は原形復旧ほど無駄な復興はない、と思っています。復興の過程で、やめるものや縮小するものがあっていい。目指したのは「創造的復興」です。
例えば南三陸町では、公共下水道をやめました。このまま続けていっても赤字となり、維持管理が難しいと判断したからです。震災後は合併浄化槽に変え、残った処理センターはバイオマス産業都市構想の施設に転換しています。
持続可能なインフラ整備は行政の仕事ですが、産業は民間の手で工夫しています。例えば牡蠣の養殖施設は、震災ですべて流されました。再出発する際、これまでの密植状態から牡蠣棚を1/3に減らす新たな手法を取り入れ、ASC認証を日本で初めて取得。その結果、生産量は震災前の2・4倍に増え、今では“1/3の奇跡”と呼ばれています。
いま南三陸町はハード面の復興事業がすべて完了し、新しいまちが動き出しています。URさんの力がなければ、ここまでの復興はなしえなかった。感謝しかありません。
同時にURさんには、この経験で得た知見とノウハウを次の世代に伝えていってもらいたい。そして各家庭には、災害を自分ごととしてとらえ、事前の準備をすることをお願いしたいです。
【武田ちよこ=文、青木登=撮影(人物)】
- Xポスト(別ウィンドウで開きます)
- LINEで送る(別ウィンドウで開きます)
特集バックナンバー
UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]
UR都市機構の情報誌[ユーアールプレス]の定期購読は無料です。
冊子は、URの営業センター、賃貸ショップ、本社、支社の窓口などで配布しています。


![URPRESS 2025 vol.85 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]](/aboutus/publication/web-urpress85/bn5k44000000208w-img/header_85.png)




