【特集】「流域治水」の先陣を切った治水とまちづくりの連携計画(島根県江の川中下流域)
中国地方最大の一級河川、江の川。たびたび水害に見舞われる中下流域では、
河川整備とまちづくりを一体的に行う「流域治水」の考えのもと、治水対策が進められている。
ハード面だけでなくまちづくりも考える

広島県北部の北広島町に源を発し、島根県江津(ごうつ)市で日本海に注ぐ江の川。中国山地を貫いて流れる、総延長約190キロの中国地方最大の一級河川だ。
この中下流域は山に挟まれた狭窄地が続き、流れに沿って小さな集落が点在。ひとたび大雨が降れば大規模な水害が発生し、近年では平成30年7月豪雨、令和2年7月豪雨、令和3年8月豪雨で家屋浸水に見舞われた。特に平成30年7月豪雨では、国道の上、3~4メートルの所まで水が上がり、浸水家屋は約270戸にも及んだ。
「これまでの治水対策では、堤防を造るなどのハード面の整備とまちづくりは、別々に動いていましたが、令和3年に流域治水関連法が整備され、流域にかかわる関係者が協働で水害対策を進める『流域治水』という考え方が推進されるようになりました。江の川では、その先陣を切るかたちで治水の取り組みが始まったのです」
UR災害対応支援部の重田 猛がこう説明する。
2021(令和3)年4月、河川整備とまちづくりを一体的に推進するため、国と流域の県、市町のメンバーが集まり「江の川流域治水推進室」が設立された。URはこの推進室と伴走するかたちで、特にまちづくりの視点からの技術的なアドバイスや、関係者の役割分担の整理などを支援した。
推進室では約1年かけて議論を進め、2022年3月に江の川中下流域の方針、将来像や河川整備とまちづくりの具体的な計画をまとめた「治水とまちづくり連携計画(以下、マスタープラン)」を策定し公表した。
住民合意まで粘り強く説明する
このエリアの課題はどこにあるのか。マスタープランづくりに関わった中国地方整備局の河村 昭さん(現・中国地方整備局三次河川国道事務所副所長)に伺った。
「一番は狭隘な山間地という地形的な問題があります。川沿いに連続して堤防を造るのが一般的ですが、守るべき集落が点在化していることと地形的な条件から連続した堤防整備ができないため、堤防以外の整備方法を考えなければいけません。加えて、どこの集落も高齢化と人口減少が進んでいるため、集落ごとに最も適した治水の方法を考えていく必要がありました」
優先して整備を進める緊急特定区間の対象となるのは、平成30年と令和2年の2度の豪雨で家屋が浸水被害を受けた15地区と、それ以前から着手していた2地区を合わせた17地区。治水の方法には、築堤、輪中堤(わじゅうてい)、防災集団移転、家屋個別移転、宅地嵩上げがある。それぞれの地区の皆さんの意見や要望を聞きながら、住民の合意を得て方針を決めるのだが、そのプロセスに最も時間を要したという。
中国地方整備局江の川流域治水推進室の江島 悟さんは、「現地に出向き、この方法をとるとこうなります、と住民の皆さんに改修方式を具体的に説明していきました。皆さん、現状のままでは水害の危険があるとわかっていらっしゃるので、総論では賛成、でも各論ではいろいろご意見が出ることもあります。それを伺いながら、とにかく説明を尽くしていきました」と振り返る。




初の事前防災集団移転安心して眠れるように

地区のなかで、住民の合意を得て事業が進められ、今年3月に防災集団移転が完了したのが島根県美郷町にある港地区(君谷湊(きみたにみなと))だ。
ここは支流である君谷川が、江の川のバックウォーターで氾濫、川沿いに点在する家屋が何度も浸水被害を受けていた。浸水した5戸は防災集団移転を希望し、集落の高台に土地を造成、ここに移転して新たな暮らしを始めている。
元自治会長の屋野忠弘さんは、「みんな3代前からここに住む知り合いです。この土地から離れたくなかったので、同じ地区の高台に5戸まとまって移転できて、本当によかった。今はどんなに雨が降っても、夜、安心して眠れることがうれしい」と話してくれた。
中国地方整備局の江島さんは、「皆さんに安全な所に住んでいただいて、さらに何かあったときに役立つネットワークが形成できる地域になれば」と、この地区の将来像を思い描く。URの重田は、「人口が減少しているこの地区では、コンパクト+ネットワークの考え方で、小さな拠点がつながる仕組みが重要です」と話す。
さまざまな課題を抱える江の川中下流域。その課題を解決し、すべての人が安全な暮らしを手に入れるまで、関係者の挑戦は続く。
【武田ちよこ=文、菅野健児=撮影】
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