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【特集】「日本一危険なまち」から「防災の先進地」へ(高知県黒潮町)

  • URPRESS 2025 vol.82 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

南海トラフ巨大地震の津波想定で、国内で最も高い数値が発表された黒潮町。人口流出・風評被害が懸念されたまちは、いま防災の先端をゆくまちとして注目を集めている。

被害想定は最大震度7津波の高さ34・4メートル

1次避難のための津波避難タワー。想定される最大浸水値と周辺の住民の数に合わせて造られたものが町内に6基ある。右は佐賀地区のタワーで居室空間を備えている。

高知県の西南地域にあり、美しい海岸線を有する黒潮町。南にはクジラやイルカ、ウミガメが棲む土佐湾が広がり、入野(いりの)の浜(砂浜美術館)では、毎年5月にTシャツアート展が開催され、多くの人が訪れる。

約9800人が暮らす、この風光明媚で穏やかなまちに激震が走ったのは、東日本大震災の翌年、2012(平成24)年3月31日。国が公表した南海トラフ巨大地震の被害想定で黒潮町の最大震度は7、津波の高さは34・4メートルだった。翌朝の新聞一面には「津波で町がなくなる」といった見出しが躍った。過去に何度も大地震に襲われてきた地域で、住民には心づもりもあった。

「それでも東日本大震災の津波の映像をテレビで何度も見ていた時期でしたし、34・4メートルの津波が来たら逃げようがないし、逃げ場もない。思考停止して、諦めている状態でした。数値は可能性であり、今すぐ津波が来るわけではないと思えるまでに時間がかかりました」

黒潮町情報防災課課長の村越 淳さんは当時の思いをそのように語る。そして週が明けて4月2日の月曜日。新年度スタートの日に町長が全職員を集めて語ったのは、「今後、後ろ向きな発言はしないこと、この課題については職員全員で対応する」という内容だったと村越さんは振り返る。

町の全職員が防災を兼務「防災×産業」の発案も

黒潮町は南海トラフ巨大地震についての考え方をとりまとめ、防災教育や避難訓練などのソフト事業と、避難路や津波避難タワーなどハード事業を組み合わせた対策の立案に着手。「避難放棄者ゼロ・犠牲者ゼロ」を目指し、行政、地域、住民それぞれがすべきことをひとつずつ実行に移してきた。

強力な推進力となったのが、黒潮町の職員。全職員が防災を兼務する「防災地域担当制」が立ち上げられ、職員が担当地域の住民の話を聞き、危険な場所や避難路、避難場所を確認していった。あわせて浸水想定区域の約3800世帯では「戸別津波避難カルテ」を作成。世帯状況や避難場所へのアクセス、家の耐震などについて記入してもらって把握し、避難路・避難場所整備の参考にした。また、避難に要する時間と距離、津波が到達するまでの予測時間を計算し、高台の避難場所まで避難が間に合わないエリアに、必要に応じた高さと収容人数の避難タワーを建設していった。黒潮町は「地震・津波と日本一うまく付き合っていく」ことを計画にうたい、「避難すれば助かる」状況を整えた。

小中学校を通じての防災教育や学校と地域での避難訓練の徹底。さらに防災で産業を興すべく、食べておいしく備蓄食料にもなる缶詰の製造にも着手。東日本大震災の被災地での「どんなものが食べたかったか」のヒアリングをもとに、地元の食材を中心に開発した缶詰は、多くの人が安心して食べられるように八大アレルゲン不使用。和洋、さらにスイーツも数種類あり、お土産としても人気がある。「保存のために買うのだけれど、おいしくてすぐに食べてしまう」との声多数。

また最近は津波避難タワーの見学など「防災ツーリズム」にも力を入れている。防災と何かを掛け合わせたアイデアが町の職員から出る環境になっているという。

早咲地区のタワー。
ホエールウォッチングや天日塩・カツオのタタキづくりなどに加え、防災研修プログラムも人気がある黒潮町。住民がガイドして、その収入で津波避難タワーの備蓄品を購入するなどの仕組みを整えている。
日常食(ひじょうしょく)として提案している黒潮町缶詰製作所の缶詰。スイーツを含め15種類以上を展開。
海と山に囲まれた、自然豊かな黒潮町。中央奥に見えるのが佐賀地区の津波避難タワー。
佐賀地区の津波避難タワーからの眺め。海の様子も確認できる。

被災後を見据えた未来につなぐまちづくり

黒潮町とURが津波防災まちづくりを推進するための連携協力協定を締結したのは、2021(令和3)年。

「まだまだ足りないことはありますが、やっと被災した後のまちづくりを考えられるステージになったということです。URさんの知見をいただいて、事前復興まちづくり計画づくりのサポートをお願いしています」と村越さん。一方、URの塩間 学は次のように話す。

「有事の後のことを考えた安全・安心なまちづくりの計画づくりや、浸水区域にある宅地などの移転のための高規格道路整備の発生土を活用した高台の整備など、URの経験や技術を生かしてお手伝いするための協定です。私どもが黒潮町さんから学ばせていただくこともたくさんあります」

どこに仮設住宅を造るか、災害廃棄物はどこに置くかなどの応急期機能配置計画……。これらが用意されているか否かでは、被災した場合の対応のスピードが大きく違ってくるだろう。

「台風や豪雨に襲われる可能性もあります。全職員が防災を担当していますので、組織としての強さはあると思います」と村越さん。組織全体、住民一人ひとりの防災意識の高さ。それが黒潮町の強さであり、魅力だ。

高台に移転した黒潮町の庁舎内には太陽光パネルが設置されている。これは有事の際にも外部電源に頼らずに自分たちで電力を賄えることを目指した「脱炭素」の取り組みのひとつ。「日本一危険なまち」と言われた黒潮町は、いま全国からの視察が絶えない防災の先進地になっている。

高台にある黒潮町役場。敷地内に太陽光パネルを設置し、「脱炭素の戸別カルテ」の作成にも取り組んでいる。
黒潮町の村越さん(右)とURの塩間(左)。「海の恩恵を受けているまちで災害に備えるのは当たり前。このまちに住むための『お作法』だととらえています」と村越さん。

【妹尾和子=文、菅野健児=撮影】


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