【特集】ボトムアップで生み出す新たなローカルカルチャー(福島県双葉町)
壁画でまちが変わる
長く立ち入りが禁止されていた双葉駅周辺の避難指示が一部解除され始めたのは2020(令和2)年。その後、現地を訪れると、壁画が目に飛び込んできた。力強いタッチと色彩が、静かな空間に浮かび上がっていたのだ。それからは訪ねるたびに壁画が増えていて、撮影ポイントにもなっている。
この壁画は双葉町出身者で、現在、東京の池尻大橋で飲食店「髙崎のおかん」を営む髙崎丈(じょう)さんの思いから生まれたものだ。避難先から久しぶりにふるさと双葉に戻ったとき、時が止まった音のない世界に入り込んだ気がしたという髙崎さん。「このままではまちが止まってしまう、まちに何かが足りていないと感じました」と当時を振り返る。
その後、頭に浮かんだのが、アムステルダムで廃墟になった造船所をアートで蘇らせて観光地にした「エヴァ ストリートアート」の話だった。アートにはそれだけの力がある、アートで双葉が再生したら美しいのではないかと思っていたときに、たまたまアート集団OVER ALLsの赤澤岳人さんを紹介された。
「赤澤さんに、双葉町に絵を描いてもらえませんかとむちゃぶりしたら、いいですよと言われて。赤澤さんたちにはアートでまちが変わるという思いがありました」
2020年、最初の壁画は双葉駅東口のすぐ近く、髙崎さんの実家と隣家の境界線として残されていた壁に描かれた。指が示す先には「HERE WE GO!!!」の赤い文字。「さあ行くぞ」という力強いメッセージが描かれたこの絵は、静かなまちに息を吹き込むと共に、髙崎さんの心に火を灯した。
「町民の思いを汲んで描いてくれた壁画に感動して、この流れを止めてはいけないと感じました」
町民の満足度向上がまちの魅力アップに
髙崎さんは「VOICE for FUTABA」の主要メンバーでもある。URの双葉の町民へのヒアリングがきっかけとなって生まれた「VOICE for FUTABA」は、遠方に避難している人を含め町民の声に耳を傾けて記録に残すプロジェクト。
「避難先がバラバラで町民の声が役場に届きにくいことから情報発信の必要性を感じ、髙崎さんたちと相談して一緒に考え、髙崎さんが中心となりプロジェクトを立ち上げました。URは運営支援を担っています。noteに記録した3年分のまちの方の声を、この春、双葉町役場に届ける予定です」
と話すURの町井智彦は、双葉町でソフト支援を担当して2年。まちの方の困りごとや、やり方がわからないことのサポートを心がけ、まちのにぎわい醸成や関係人口の拡大に注力している。そして町井が頼りにしているのが、双葉町出身で人脈もあり、町内外の人々をつなぐことができる髙崎さんだ。
「まちの相対図をとらえたり、人のマッチングを考えたりするのは得意かもしれません。自分が双葉町出身なので、外から思いをもってやって来る人の傘になって、その人が動きやすい環境をつくれたらとも思っています。地方のまちづくりは、民間ベースのボトムアップでないと難しいのではないでしょうか。その点、URさんが町と町民をうまくつないでくれるのでありがたいです。URの方は皆さん熱量があって、話が早い!」
そのように語る髙崎さんが、まちの再生でポイントになると考えているのが、町民の満足度を高めることだ。
「お客様に満足してもらって、対価をいただくのが飲食店。いかに顧客満足度を高められるかを僕は日々考えています。特に、熱燗コースのペアリングを提案する、うちのようなニッチな店は『あの店はよかったよ』というクチコミが重要。まちの再生では、町民の満足度を上げることが不可欠だと思っています。本気でいいまちだと思う人が増えれば、大切な人に伝え、来訪者も増えるはずです」
そして髙崎さんは、新たなローカルカルチャーを双葉町で生み出すべく、この春から自然栽培での野菜づくりに着手する。畑は異なる思いをもった人たちのコミュニケーションの場、プラットフォームになると考えているのだ。自然栽培の野菜のもつ力は、自店での提供で実証済。
「口にしたお客様は、おいしいという言葉を超えた、ため息が出るような表情をされるのです」
おいしい野菜には世界を変える力があると信じている髙崎さん。仲間と協力しながらローカルカルチャーを生み出し、ローカルビジネスの成功例を双葉から発信したいと静かに燃えている。
【妹尾和子=文、菅野健児=撮影】
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