【特集】人が暮らし、動き始めたまち ここにはたくさんのチャンスがある(福島県双葉町)
2022(令和4)年8月30日、双葉町の特定復興再生拠点区域全域の避難指示が解除された。9月5日には双葉駅前に双葉町役場新庁舎が開庁。町営住宅への入居が進んで人々の暮らしが戻り始め、新たな一歩を踏み出した双葉駅周辺を訪ねた。
住む場、働く場ができて人が動き出した
一年ぶりに訪れた双葉駅の周辺は大きく変化していた。駅の東側には、木を多用したデザインが印象的な2階建ての双葉町役場新庁舎がオープンし、お昼前だったこともあり、庁舎前にはキッチンカーが待機していた。駅前ロータリーにはJR常磐線の発着時刻に合わせて運行するシャトルバスの姿も見える。
線路を挟んで駅の反対、西側では住宅エリアの整備が進んでいて、心地よく暮らせるように配慮された空間に、瀟洒な町営住宅が並び、人が暮らし始めていた。
「皆さんのご協力のおかげで昨年10月に町営住宅の第1期の入居が開始。生活が生まれ、小さいながら経済活動が拡大しつつあり、ようやくスタートを切れました」
そう話す双葉町復興推進課復興推進係長の守谷信雄さんは、町外からの町営住宅への入居希望者が予想以上に多く驚いたという。
「東京や埼玉をはじめ、いわき市などから、産業団地で働く人や、自分の培ってきたスキルや情報発信力を生かして、双葉町の復興を後押ししたいという思いをもつ方が移住してきてくれて、ありがたいです。不便さを積極的に楽しめる方が多い印象です」
双葉町は海側の中野地区に産業団地を含む「働く拠点」を、双葉駅西側地区に「住む拠点」を整備する復興まちづくりを推進。URはその両地区の復興拠点整備をはじめ建築物整備事業支援や帰還者・移住者のコミュニティ形成支援を行ってきた。着実に設計・施工が進むように支援した双葉町役場新庁舎では、現在約100名が働いている。開放的な造りで、1階は人々の滞留機能も考慮して椅子やテーブルが置かれ、利用者同士がおしゃべりしやすい空間になっている。
住む拠点を短期間できっちりと
目下、工事が急ピッチで進められているのは双葉駅西側地区。4月1日に第2期として戸建ての町営住宅で9戸が入居開始となった住宅エリアだ。最終的に2024(令和6)年5月までに全86戸が完成予定で、段階的に入居開始していく。このエリアの道路・上下水道などの基盤整備と、その全体調整をURが担当している。町営住宅の整備を代行する福島県をはじめ関係者が多く、また近くに線路と川があるため車両がアクセスしにくい現場でもある。工事を進めるなかで緻密なスケジュール調整、丁寧なコミュニケーションは不可欠だ。
「町には技術系の職員が少なく、住宅エリアは災害時のことを考慮して電柱を地中化していますが、穴を掘ったりケーブルを引いたり、工事の大変さも知りませんでした。資材や輸送コストが値上がりして調達も厳しいなか、それでも入居日は延ばせない。URさんのような専門家の知識やサポートがなかったら、こんなに短期間での整備はありえなかった。使い古された言葉ですけど、一番の縁の下の力持ちです」と守谷さんはいう。
基盤整備を担当するUR双葉復興支援事務所のメンバーは12名。そのひとり、入社2年目の滝澤善史は、東日本大震災を機に復興まちづくりに関わる仕事に就くことを志し、今に至る。昨年、第1期の入居エリアを無事に整備完了したときは、感慨深かったと振り返る。
「双葉町は中心部に駅があり、電車1本で東京や仙台に行くことができる交通利便性の高いまちだと思います。少し歩けば自然豊かな海や山があり、人も温かい、とても魅力的なまちです。避難されている方々もまちのことを気にかけておられるので、戻ってきてよかったと思っていただけるようなまちづくりに取り組んでいきたいです」(滝澤)
一歩ずつみんなでまちを面白くしよう
人々の暮らしが戻りつつあるとはいえ、スーパーやコンビニはなく、飲食店も少ない状況。そんなまちを活気づけようと、昨年秋、新たなプロジェクトが立ち上がった。その名は「ちいさな一歩プロジェクト」。URが双葉町やまちづくり会社、地域で活動する人々と連携し、既存ストックを活用しながら人の流れをまちに生み出し、関係人口の拡大や移住定住の促進を目指す取り組みだ。担当するURの五木田隼人は、立ち上げの目的をこう説明する。
「にわとりと卵の関係のように、人がいないから商売ができない、商売をしている人がいなくて面白くないから人が来ないという課題の構図があります。それをどうにか崩していかなければなりません。ハードを整えたとしても、関わる人を増やしていかないと、結局商売は持続できないので、空き地や空き家などを利用しながら、小さな取り組みを仕掛けていくことで、双葉町って動き出したよね、面白そうだよねと思ってもらう。関わってくれる人を増やすための小さなプロジェクトです」
昨年9月に開催されたプロジェクト第1弾は、双葉町の風景と自分の記録を残す記念撮影会。珈琲スタンド出店者など周辺地域にも声をかけて参加者を募った。その後は、散歩中に休憩できる広場(ベンチ&テーブル)づくりや空き店舗活用によるにぎわいづくりの意見交換会などを開いてきた。お酒を飲んで交流できる場が欲しいとの声を受けて、3月には駅前にキッチンカーなどを集めての居酒屋イベントも開催。
「かたちにとらわれず、参加された方の声をなるべく実現することが大事だと思っています。芋煮会のように住民の方々が自分たちのやりたいことを自分たちでやっていくのが理想形なので、このプロジェクトがそのきっかけにつながればいいと思います」
双葉町は役場の方も民間の方も考え方が柔軟で、新たな取り組みにも協力してくれる、すごくやさしいまちだと五木田はいう。
シンボリックな洋館を再利用
多くの建物が解体され、震災前の風景が失われつつあるなかで、なじみのあるシンボリックな建物を残し、地域の交流拠点としてリノベーションする「洋館プロジェクト」もスタートしている。大正時代に建てられ、東日本大震災を経て生き残った洋館「旧田中医院」を、「くつろぎのまちなかリビングとガーデン」に生まれ変わらせる予定だ。子連れの方でもふらりと立ち寄れる休憩所やワーキングスペースを用意し、庭は草花を植えてふれあいゾーンに。町外から来る人には、生活や地元の不動産情報を含め双葉町を知る窓口となることも目指した、既存ストック活用による修復型まちづくりだ。「こういう施設があったらいいな」という漠然とした理想を、関係各所と調整しながら実現に向けて具体的に動く役目をURは担う。
新たに動き出したまちには、チャンスがたくさんある。夢も広がる。人の流れをまちに生み出すための取り組みが、一歩ずつ進んでいる。
【妹尾和子=文、菅野健児=撮影】
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