【特集】困難を乗り越え 笑顔で進める帰還への準備(福島県双葉町)
東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故による全町避難が今も続く双葉町。
今年6月以降、いよいよ特定復興再生拠点区域で避難指示が解除される。
居住再開に向けての準備が進むまちを訪ねた。
まちの復興を支えるガソリンスタンド
「以前は日が落ちると真っ暗で、音がまったくしなかったんです。ゲートの解除が進んで乗用車も見かけるようになり、解体工事の音が、そして踏切や電車の音など生活音が響くようになり、新鮮でした」
ここ数年のまちの変化を音で感じていると話すのは、JR双葉駅の東側、国道6号線沿いでガソリンスタンドを営む伊達屋の吉田知成さんだ。震災前に父親が営んでいたガソリンスタンドを、吉田さんが再開したのは2017(平成29)年6月。復興工事が本格的に始まるにあたり、燃料の供給を求められ、帰還困難区域内で苦労して再開したものの、再開後も困難続きだったという。
「当時はまだ倒れて朽ちていく家がたくさんあって、イノシシがすぐ後ろにいたり、まさに野生の王国。各所にゲートがあり、それぞれに通行証が必要で制約も厳しくて。店はもちろん自販機もないので、食べ物や飲み物を確保するのも大変でした。銀行もないし、郵便や宅配便も届かない。他のまちでは当たり前のことが、ここでは当たり前でなかったのです」
2020年にJR双葉駅の新駅舎ができて常磐線が全線開通。その後、建物の解体が進み、道が整備され、まちの風景が変わっていったという。自宅の片付けやお墓参りで久しぶりに帰省して、その変貌ぶりに驚く人々にとって、変わらぬ場所にあるガソリンスタンドは、ほっとする存在に違いない。
「ここに来れば地元の人がいる、そんな場所をつくりたいという思いもありました。トイレや着替えの場として店を使ってくださいとも伝えていました。がれきで車のタイヤがパンクしたり、車のバッテリーが上がったりで助けにいくこともあります」
何もなくなったまちなので、誰かがやらなければ進まない、と話す吉田さんの笑顔が印象的だった。





双葉駅西側に公営住宅を整備
双葉町では「働く拠点」を海側に、「住む拠点」を双葉駅西側にという復興計画に基づいて整備を進めている。先行して整備が進められた「働く拠点」である中野地区には、東日本大震災・原子力災害伝承館や双葉町産業交流センター、ホテルなどがオープンし、20を超える企業の立地が決定している。
一方の「住む拠点」は双葉駅の西側。町民向けの住宅30戸、町外出身者も入居できる住宅56戸の建設が予定され、現在は今年10月から入居開始予定の25戸を建設中だ。
URは双葉町からの受託により、中野地区と双葉駅西側の造成、上下水道、道路などの基盤整備を行ってきた。また双葉町産業交流センターや、駅の東側に建設中の町役場仮設庁舎の設計、施工などの支援もしている。
「駅の西側は住宅のほか診療所も建設予定で、関係者が多い現場です。役場のマンパワーが限られるなか、URさんに調整役を担っていただき助けられています。戻りたい、住んでみたいと思えるまちを目指して、にぎわいを起こす取り組みをしかけていきたいです」
と双葉町復興推進課の黒木アリシャさんは話す。
復興庁への出向時も含め双葉町の復興支援に6年間携わっているURの後藤亮は、双葉町の方々の明るさに背中を押されているという。
「つらい経験をされながらも、明るく前を向いて進んでいる双葉の方々にお会いして、一緒に笑顔でやっていくことが大事なんだと思いました。整備した土地をどう活用してどんな活動をしたら、まちの復興につながるのかを日々考えています。双葉の方々に引っぱられながら、というより追いかけるような感じです」
あの日から11年。いろいろな思いを抱きながらも、まちの人たちが待ち望んできた避難指示解除。その日に向けて、居住再開の準備が着々と進められている。




【妹尾和子=文、青木 登、菅野健児=撮影】
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