宮城・福島震災復興支援本部から(2013年11月)
2013/11/26
福島県と復興公営住宅整備に向けた協定締結
11/26(火)福島県庁において、UR都市機構は福島県と「福島の復興及び再生に向けた復興公営住宅の整備に係る基本協定」を締結しました。
この協定は、福島県がいわき市内に整備する東日本大震災に伴う原子力災害避難者を対象とした復興公営住宅1,800戸のうち、県から要請があった1,000戸をURが整備するものです。
協定締結後のあいさつで佐藤福島県知事は、「本日の協定締結は、福島県にとって復興に向けての大きな前進である。避難されている県民の皆さんが一日も早く復興公営住宅に入居し、安心して生活できるよう、URには引き続き尽力を賜りたい。」と述べられました。
続いて、UR上西理事長は、「福島県が目指す平成27年度中の復興公営住宅の入居に向けて、URはその一翼を担うことになる。その期待に応えるべく、福島県、いわき市、その他関係機関の協力を仰ぎながら、原子力災害により長期避難されている県民の皆さんのコミュニティの維持、生活支援、近隣住民の方々との交流などを十分に考慮し、スピード感をもって住宅建設を進めていきたい。」とあいさつしました。
そして、最後に二人は固い握手を交わしました。
2013/11/7
気仙沼市南郷地区復興公営住宅着工式
先月ご紹介した気仙沼市南気仙沼地区から見て、川の対岸に位置する南郷(なんごう)地区で、11月7日(木)に復興公営住宅(災害公営住宅)の着工式が執り行われました。完成時期は平成27年1月(一部は同年3月)を予定しています。
南郷地区には、震災当時、市立南気仙沼小学校がありました。この一帯は約3mの浸水被害を受けましたが、付近の住民の多くの方々は校舎に避難しました。そのような場所に新たに建設される復興公営住宅(全165戸)は小学校同様、避難所としての機能も有しています。
式典には、菅原茂気仙沼市長、UR小山潤二震災復興推進役ら約70名が出席しました。
菅原市長は、「本日着工式を迎えることができたことを大変うれしく思う。URには市民の期待を裏切ることなく、予定どおりに工事を進めてもらいたい。」と挨拶されました。
URの小山震災復興推進役からは、「設計には、市や地域の方々のご協力のもと、地域の特性が活かされたものとなった。本日着工となり、一層身が引き締まる思いだ。南気仙沼小学校の記憶をとどめつつ、防災及び地域コミュニティに配慮した災害公営住宅の建設を一日も早く進めてまいりたい。」と述べました。
敷地内には、南気仙沼小学校校歌の石碑や校門が残され、この地の風景の記憶を継承します。
また、川沿いには、桜並木と広場を整備します。春には桜が咲き、夏にはお祭りが催されるなど、地区内外を問わない地域コミュニティの交流の輪が、今まで以上に広がることが期待されます。
住宅完成に向けて、着実に工事を進めていきます。
2013/11/4
女川復興まちづくり現地見学会
9月にご紹介しました女川町民陸上競技場跡地に建設中の復興公営住宅(災害公営住宅)です。
この1か月ほどで、すべての住棟が最上階まで立ち上がってきました。
女川町では、復興公営住宅だけでなく、JR石巻線「女川」駅周辺の復興まちづくり事業でもダイナミックに工事が進んでいます。
現場では、東松島市野蒜(のびる)北部丘陵地区でも紹介しました重ダンプトラックや巨大なショベルカーなどが稼働しています。
普段は入ることができない工事現場で、大型重機を身近に体験してもらおうと、11/4(休)に「復興まちづくり現地見学会」が開催されました。
当日は小雨が降る中でしたが、町内外から約150名の参加者が集まりました。
会場内には、将来のまちの様子がわかる模型や施工方法を説明したパネルが設置してあり、町やURの職員に熱心に質問している参加者の姿がありました。
また、振動ロードローラーのデモ走行や切土造成を行うブルドーザーの実演があり、集まった子供たちは食い入るように見つめていました。
そして、大人気だったのが、場内にずらっと並んだ大型重機に試乗できるコーナーです。
子供たちが列を作り、目を輝かせながら運転席に乗り込んでいました。
左から、ショベルカー(バックホウ)、重ダンプトラック、ブルドーザー(大、中)2台です。
こちらのショベルカーは前方のバケット(アームの先のカゴ部分)で、街中の工事現場で見かける10tダンプトラック1台分の積載量相当の土をすくえるそうです。
バケットの容量は5m3。子供がすっぽり入ります。
次に、重ダンプトラックです。
こちらは、10tダンプトラック6台分の土を運べます。
運転席から前方を眺めたところです。
運転席の高さは約3m。建物の2階で運転しているような感じです。
最後に、ブルドーザーです。
こちらのブルドーザーの前方にある土を押し出す排土板の高さは約2m。
小さな子供の背丈だと、運転席から降りるのもひと苦労です。
運転席にはボタンやレバーがいっぱいあって、車の運転席とは全く違います。
参加者の方からは、「いつもは遠くにしか見えない重機を間近で見ると、とても大きくてびっくりした。これなら、工事がどんどん進むと思う。でき上がるのが楽しみ。」という声が聞かれました。
復興の現場を肌で感じることができる、貴重な時間でした。
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