【楽しい団地】豊成団地 愛知県名古屋市
団地に人を引き寄せる「魔法」のような古書店
名古屋市中川区の豊成団地商店街にある「真本堂(まほんどう)」は、古本と喫茶の店。
そこには団地をはじめ、あちこちからたくさんの人が集まってくる。
ここで出会った人たちからは、「ここはまるで『魔法堂』だ」との声が聞こえてくる。
『三四郎』を読む読書会が楽しい

その店の中は、あたたかな明かりで満たされていた。壁一面、天井まである棚には古本がずらり。小説、ビジネス書や実用書、単行本から文庫本、新書やマンガ、絵本もある。中央にはテーブルとイスが置かれ、奥のカウンターで飲み物を注文して、ここで本を読みながらいただくこともできる。古本が醸し出す優しさに包まれた、落ち着いたブックカフェという趣だ。
ここは名古屋市中川区にある豊成団地。団地商店街の一角にある「古本&喫茶 真本堂」ではこの日、10時から読書会が開かれていた。7人の参加者は夏目漱石『三四郎』の1話を読み込み、感想を述べ合っていく。参加者は学生から年配の方までさまざまだ。
読書会の進行役を務める亀井弥子(みつこ)さんは、たまたま通勤途中にこの店を知り、店主の菅沼行生さんと話すようになったことがきっかけで、読書会を始めた。
「『三四郎』は読むたびに気づきがあり、読む人の年齢や経験によって感想も変わる、とても奥深い小説です。その面白さを皆さんと共有できればいいなと思っているんです」と亀井さん。
参加者からさまざまな意見が飛び交うなか、読書会はなごやかに進んでいった。


定年退職後古書店を始める

この読書会にも参加していた菅沼さんは、名古屋市で小学校の教員を務め、校長を最後に定年退職。人生のセカンドステージでは何か店をやってみたいと思っていたが、もともと本が好きだったこともあり、古書店を始めたという。
最初は名古屋市熱田区の古民家で開業。だが、家主の事情でそこを出ることになったとき、娘さんがホームページでこの団地の空き店舗を見つけてきた。
「長年、名古屋市内で仕事をしていましたが、この団地に来るのは初めてでした。でも、そのときに案内してくれたURの方が、以前勤めていた学校のPTAの役員さんで、たまたま顔見知りの方だったんですよ。そんなご縁もあり、ちょうど今の店舗が空いたので、2023年12月に、ここに移転して営業を始めました」
団地に生まれた出会いの場
真本堂はただの古書店にはおさまらない。この日の午前中は読書会、午後はスプリングコンサート。店の壁のイベントカレンダーには、読書会、朗読会、勉強会、ネイルなどなど、スケジュールがいくつも書き込まれている。入口脇の棚は、手作りアクセサリーなどが販売できるレンタルボックスになっている。
スプリングコンサートをのぞきにいくと、店の中は40人近い人でいっぱいだ。みんなで歌ったり、演奏を聴いたりと、ほのぼのとした空気があふれ、コンサートが終わっても参加者たちのおしゃべりがいつまでも続いている。以前の店からのお客さんもいるそうだが、この店がハブになり、たくさんのつながりが新たに生まれていることがよくわかる。
「私はとにかく来られた方に、どちらから?団地の方ですか?という感じで、よく声をかけるんです。そうやって話しかけると、そこから話が広がって、人のつながりが生まれていきます。昔、この団地で子どもを通して交流があった人たちが、数十年ぶりにこの店で再会したということもありました。団地に住んでいて、毎日のように来てくれる方もいますよ」と菅沼さん。
この日のコンサートに出演した志治(しじ)健一さんは、菅沼さんの大学時代からの友人だ。退職を機にウクレレを始め、真本堂で演奏したところ、「私も一緒にやりたい」と声がかかり、今はウクレレとフルート、チェロ、バイオリンの構成に。
「今日、飛び入りで参加してくれたウクレレ以外の方たちは、皆、真本堂で知り合った人たちです。この店は出会いの場。いろいろな方が集まり、知り合いになれるこういう場所が団地にあることが、とてもうれしいですね」と話してくれた。
団地の小さな古書店が、団地を含む地域コミュニティのハブになっている。
「例えば畳のある店なら、赤ちゃん連れのお母さんも来やすいですね。学校に行くのが困難な子どもが、ここで1時間でもアルバイトができる店もいい。次はそんな店を考えています」
店主の菅沼さんは、2店目、3店目も団地に出したいと、静かに闘志を燃やしている。


真本堂
TEL:090-4467-9639
営業時間:11〜18時
定休日:水曜+不定休

【武田ちよこ=文、平野光良=撮影】
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