『百花』川村元気監督インタビュー
『告白』『悪人』『君の名は。』など数々の話題作を製作してきた川村元気さん。
自身の小説『百花(ひゃっか)』の映画化にあたっては、脚本、
そして長編映画として初めての監督も務めました。
作品に込めた思い、団地を撮影の舞台に選んだ理由を伺いました。
忘れていく祖母を前にして自らの記憶の曖昧さを知る
7年ほど前に祖母が認知症になり、久しぶりに会いに行ったら、「あなた誰?」といきなり言われて、驚きました。
孫のことも忘れた祖母に、いったいどういう世界が見えているのか。それが気になり、思い出話をしているうちに、僕自身もさまざまなことを忘れていることに気づかされました。忘れていく祖母を前にして、自分の記憶の曖昧さにぶち当たったのです。
もうひとつ気づいたのが、体ではなく記憶こそが人間を、その人のキャラクターを形づくっているということ。母親・祖母としてだけでなく、ひとりの女性として恋愛していたときの顔など、認知症になって、祖母の多面性が一気に花開いたように、見えてきて。初めて祖母のなかの「女性」を感じました。誰にでも人に言えないことがあり、それを含めてその人を形成している。人間を作っている記憶を物語で表現したいと思ったのが、小説『百花』を書いた原点です。
母と息子という関係性で、認知症を入口にしながら、人間の記憶の正体を描く。認知症の人が見ている世界、頭のなかで起きていることを文章にすることにトライした小説で、これは映像には絶対できないだろうと思っていたので、自分で映像にすることになって、ものすごく苦労しました(笑)。
撮影手法にこだわった懐かしさとリアル感
記憶がテーマの映画なので、どこか懐かしい印象にしたくて、40年ぐらい前の古いレンズを使って撮影しました。自分で監督するなら、珍しく新鮮味のある映画を作りたいという思いもあり、通常の映画製作では行わない1シーン1カットでの撮影に挑みましたが、これが本当に大変でした。俳優たちのすごい芝居が生々しく映し出される一方で、編集の余地がなくなるので、自分がプロデューサーだったら絶対に許さない手法です(笑)。
小説を読んで、すぐに電話をかけてきてくれた菅田将暉くんをはじめ出演者の原田美枝子さん、長澤まさみさん、永瀬正敏さん、いずれも自分で考えてお芝居をする演技力のある方ばかりですが、1カット撮影は相当しんどかったと思います。ただそれゆえ、その人の人生を覗き見ていくような感じが出せたのではないかと思います。こういうとき、この人はどういう思いでどういう表情をするのか、一緒に人間としての表現のリアルを探しながらの撮影でした。
フォトジェニックな団地はロケーションとして必須
団地はロケーションとして絶対に使いたいと思っていました。子どもの頃、団地に住んでいたので自分の原風景ですし、物語の根幹的なアイデアも団地がらみです。大友克洋さんがマンガで描いたり、是枝裕和監督が映画を撮ったりしていますが、団地ってフォトジェニックですよね。『百花』は海外での公開も決まっていますが、日本の5階建ての中層団地はユニークなので、海外の観客にとっても興味深い場所になると思います。
撮影させてもらった左近山(さこんやま)団地(横浜市旭区)は、商店街や大小の公園があり、いろいろな高さの建物もあって、ひとつの小さな町みたい。記憶のバリエーションのような感じがして、ここで撮ってみたいと思いました。母親の百合子が迷い込んでいくラビリンス(迷路)のような表現に使うのにも魅力的でした。
撮影には、URの方々、団地の住民の方々がとても協力してくださって、ありがたかったです。自分が住んでいる場所が映画でどのように映っているのかを観るのは稀有な体験だと思いますので、まずは左近山団地にお住まいの方にぜひ観ていただきたいです。
テレビやインターネットでいろいろな映像が観られる時代ですが、大画面と大音量で観る没入感は映画館ならでは。劇場体験として没入感のある鮮烈なものを作ったつもりですので、ぜひ大勢の方に映画館で観ていただきたいと思います。
【2022「百花」製作委員会=写真、妹尾和子=構成】
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