街に、ルネッサンス UR都市機構

街みちネット 第14回見学・交流会「イクツアルポック・楽ちん堂カフェ」

これまでの活動の紹介

活動議事録

【現地見学】イクツアルポック、楽ちん堂カフェ
イクツアルポック

NPO法人ら・ら・ら 森田(十八)氏
  • 放課後等デイサービスというのは、基本的には学校に行っていて学校から帰った後に療育を必要とする子のための施設なんですけれども、ほとんど知的障害の方のための施設なんですね。なので、たとえば精神障害や発達障害の子というのは、結局行き場所がなくてそういうサービスの利用ができない状態にあったんです。僕は、私立の大東学園さんとか、東横惠愛病院さんで心理士としてお手伝いさせていただいているんですけれども、病院の子だと、治療が終わってもそんなにすぐに学校に行けたり、就労できるケースはすごく少ないんですね。一度、こういう通いやすいところに通って、ちゃんとどこかに定期的に通うという練習をしてから、社会に戻る練習をしていきましょうという思想のもとに放課後等デイサービスをやらせていただいています。
  • やはり皆様の認識として、放課後等デイサービスというと、知的障害の施設というイメージが強くて、なかなか利用者の獲得に手こずっていて、今利用率が50%ぐらいなんですけれども、これからいろいろな人、必要な方にはどんどん利用してほしいと思っているので、もし皆様のほうで何かお力を貸していただけるようであれば、ぜひ貸していただきたいと思っています。
イクツアルポック内部の様子
参加者
  • ここに通ってくるのは、運営しているうちにだんだん高校生ぐらいの年頃の子が増えたという感じなんですか。
森田(十八)氏
  • 中高生をメインにやっています。小学生、中学生だと、わりとサービスもたくさんあるんですけれど、高校生になると、義務教育を外れてしまうので、途端に行き場がなくなってしまうんですよね。比較的高校生をたくさん受け入れているということはありますね。
参加者
  • 同じNPOら・ら・らとして、芝居の方はワークショップなども開催されていろいろ活動しておられると思うんですが、芝居のワークショップというのは、高校生ぐらいの人たちにとっても、魅力になるのではないでしょうか。
森田(十八)氏
  • 将来的には楽ちん堂カフェでやっていることと、イクツアルポックでやっていることが、いずれはプログラムとして何か一つの形にできたらすごくいいなというのは思っていますが、やはりまだイクツアルポックが5月にオープンしたばかりなので、手探りの段階で、すごく丁寧にやっていて、そういうプログラム的な関わりは今はないです。将来的にはどこかで可能性が見えてきたら、考慮していきたいなと思っています。
NPO法人ら・ら・ら 星野氏(イクツアルポック管理者)
  • いまはやりの発達障害のお子さん、多分、身近にもいらっしゃるかと思うんですけれども、そういう引きこもりのお子さんを何とか元気にしてあげて、学校をやめないで済むようにしてあげられたらいいなということでこの事業を始めたんですが、実は引きこもりのお子さんにどうやったら出会えるかがわからないので非常に困っております。古い手法はありとあらゆる方法を見つけておりますが、時代が変わりまして、いまのお子さんは一人でいるほうが楽で、中側から人間関係を求めてくれない方もたくさんいらっしゃいまして、なかなか深刻な状況かなというふうに思います。日本が変わってしまったのではないかという危機感を日々持ちながら仕事をしております。こういう感じの福祉事業所というのは建物として多分他にないかと思っていて、親御さんは「いいな」と言ってくださるんですけれども、子どもは余り興味がないということが多いです。
  • 環境が変わると子どもはどうも動くらしいというのは何となくわかっておりますけれども、引きこもっていることで自分を何とか成り立たせている、精神的に落ちつこうとしているお子さんを引っ張り出せるところがあったらいいなというふうに思っております。設計のお仕事をされている皆様だということを伺いましたので、ぜひ子どもたちを引きつけるような建物をまち中にたくさんつくっていただけたらうれしいです。連れ立っては行けなくても、子どもたちが行きたくなるようなまちの雰囲気がたくさんあったら、子どもたちがもうちょっと表に出てくれるかなということを常々思っておりまして、どうぞよろしくお願いします。
参加者
  • 一日の流れが書いてありますが、具体的にどんな感じで過ごされているのでしょうか。
星野氏
  • 学校に行っていらっしゃるお子さんは4時ぐらいからしか来られないんですけれども、学校に行っていらっしゃらないお子さんや通信で高校の資格を取っているお子さんは1時ぐらいから見えます。前半でそのお子さんの学習のお手伝いをしたり、それから年がら年中、モヤモヤしているお子さんなので、個別に30分とか、1時間ぐらい面談をいたしまして、ちょっと落ちついてもらいます。
  • それから3時から4時におやつタイムとありますが、これが実はうちのメインで、ホームページをごらんいただくと、ここでつくりましたおやつが全部載っているんですが、 150円の材料で、いかにおいしく、好きなものをたくさん食べるかということで、子どもたちにおやつをつくってもらいます。おやつをつくる作業の中に多分5教科がフルに入っているだろうと。子どもたちも食べるだけというのはちょっとかっこう悪いというふうに思ってくれるので、自分が食べるためであれば、やむを得ず手を出してくれます。
  • それから4時からは、日替わりで少しずつグループワークを入れまして、どうしてもグループに乗れないお子さんはここら辺でほかのことをやって遊んでいるという感じです。きょうは創作で葉書づくり、水曜日はダンサー・アンド・パフォーマンスというプログラムが入ります。木曜日が「かたりば!」といいまして、森田が臨床心理士なんですが、子どもたちに10年前の自分はどうしていたかとか、それから10年後の自分について話をしようというふうな形で、子どもたちのイメージを豊かにしていくようなプログラムをいたします。それで、最初はすごく嫌がっていたお子さんや、いつもは寡黙で「うん」とか、「すん」とかしか言わない子が唐突にたくさん話をしてくれたりするので、何かそういうきっかけで子どもが自分の気持ちを出しながら自分の考えを整理していくというプログラムをいたします。それから土曜日になりますと、スポーツを入れたりとか、あとは「学びeye」とうプログラムで、この間は男の子だけの日がたまたまできたので、ボーイズトークをやりました。思春期ですので、そういう話をこちらのほうから投げかけて、ここで一緒に話をしてあげるということがとても大事かなと思っています。そんな感じです。
参加者
  • この辺に住んでいる人たちのネットワークみたいなものはありますか。
森田(十八)氏
  • こっちはわりとクローズドでやっているんですけれども、隣のカフェはやはり地域に開かれていて、自主保育の「野毛風の子」のお子さんとかはわりとよく来ていただいています。
参加者
  • 僕の甥っ子もいろいろ問題を抱えて学校に行けなくなったりして、やはり精神にいろいろ問題が発生しているんですね。それでも、なかなかおもしろい物語を書き出したり、芽みたいものがあると思うんだけれども、もしかすると、こういうところでそういうこともできるんじゃないかと思います。
星野氏
  • そこまでいったら、もうこっちのものだと思っています。引きこもっていらっしゃっても、ご自分できちんと時間を過ごせるというのはすごいことなんです。自分で自分の時間の組み立てができる力があれば、あとは形にしてポンとどこかに出してあげられるんですけれども、いまのお子さんは自分が何を考えているかさえわからない。イライラする、頭にくるけれども、ぶつかる相手はお母さんやお父さんしかいないとか、そういう感じのようです。
  • 表現が少しでもできるようになれば、すごく精神的に楽になる。だから、お好きなことがあって、夢があるとはっきり言ってくれるお子さんは幾らでも打つ手があるんですね。ただ「夢って何かありますか」と言うと、答えられない状態のお子さんがいまはいっぱいいる。周りの人と交流する、もっと以前のところにお子さんたちが苦しんでいる、そういう感じだと思います。
NPO法人ら・ら・ら 森田(清子)氏
  • 設計的にも工夫がございまして、最初の設計は道路側が入り口でしたが、ここは興行の事業をしておりまして、問題を抱えているスタッフを多く受け入れておりましたので、入り口を逆から入るようにこちらにしました。そして、絶えず台所には人がいるので、何か食べ物をつくっていて食べるとか、入ってすぐ「ご飯は」と声をかけられるような設計にわざとしました。
イクツアルポック入り口

楽ちん堂カフェ

NPO法人ら・ら・ら 森田(清子)氏
元々の事業について
  • この建物はA棟とB棟がございますが、全部が、イッセー尾形という俳優の舞台制作をやっていた建物です。デビューしてから今年で41年目になるんですけれども、自分たちで全国各地の公演を企画して、劇場を探す。その劇場でどのような交渉をして公演を成立させるか、それからどうやってその地域でチケットを販売するのか、これを業者を通さずに、たった4~5人のメンバーから始めました。隣の先ほどの棟はパソコン5台を入れましての自販事務所ということをずっとやっておりました。チケットは全部自分で手売りするという方法でやってまいりました。その間、いろいろチームの組み方も時代に合わせて変わってはきましたけれども、森田雄三という演出家が尾形と40年間すべての作品を共同制作いたしました。いまも森田雄三語録ブログというのをやっておりますので、のぞいていただきますと、いま何をしているのかというのは読み取っていただけると思います。
楽ちん堂カフェ内部の様子
事業転換のきっかけ
  • なぜこの事業に転換したかというきっかけは、まずは尾形が60歳になり、2時間半、舞台の上でたった1人で、一回も舞台から引っ込まずに、着替えも全部してやるお芝居があって、海外も何カ国か行ったんですけれども、1人で旅に行ってずっと舞台の上でお芝居をするというのが、60歳になりましたときに、何かスタイルを変えてあげないと大変だなという、彼の将来に対するライフスタイルのチェンジということがありました。
  • そのことと同時に、スタッフやスタッフを希望する方々で生活が困難な方々が多々ございました。それは尾形の作品の性質もあったと思います。自分ならこの事務所で受け入れてもらえるんだろうということで、突然、アポも何もなく、先ほどの入り口にいらっしゃって「勤めさせてください」というような子もいましたし、もう10年ぐらい私どもと一緒に仕事をしているスタッフもいます。また、ここ15年ぐらい、シングルの親御さんが大変多くなり、サービス業で土日が休めない方が増えてきました。3年前からはそういった時代に合わせて、全国各地でお芝居のときにお子さんをお連れになる方が多かったというのもありますし、私も愚息を2名ほど育てた経験もあって、2人とも暴れん坊だったものですから、慣れているので預かりましょうということを始めました。流れとしては、土日もお預けできるような場所をやってみたいなといったら、私どものスタッフも満場一致でやってみたいと。この近くには多摩堤、玉川、二子玉川と3カ所の小学校があるんですけれども、この3年間は金、土、日曜日も帰りたくないと言って泣いて帰る子もいるぐらいで、大変人気の事業になりました。
  • でも、人気と言っても、1泊 1,000円で、働いている親御さんからはお金をいただかないという趣旨でやってまいりましたのでどんどんお金はなくなりました。興行からの事業転換もあり、みんながやれる仕事を探していこうということにしました。
  • 東京の公演では、ロビーで 400人ぐらいのケータリングをしていました。私どもはチケットを買った人はみなさんロビーで飲み食いできますよという方法でやっていましたが結構大変なんですね。2~3時間の間に何百人分の飲食を揃え、それが各所にある。好きに、お祭りのように過ごせるという劇場のデザインをしたものですから。
  • その実力があるならばと、ここでカフェをすることにしました。ここは住居地域にございますのでいろんなタイプの方が来られます。いわゆるブランドのカフェとは違ったタイプの人間関係を求めてこられる方がおられるので、その方たちの対応も、実は私たちは何十年もやってきたのだから、きっと何とかやれるのではないかという希望を持って始めました。ありがたいことにオープンしてから今年で1年と2~3カ月ですが、半年で 1,000人を超える集客がございました。
楽ちん堂カフェの運営
  • いま二子玉地域ですと、小さいお子さんがおられるとレストランは断られます。なぜならうるさいからです。時代だなと思うのは、そのうるささが半端なくうるさいんです。お家の中で「静かにしなさい」と言われているので、そう言われない場所が一つのユートピアになるということ、それからお友達とも騒げる、もう一つは、お母さまが余り返事をなさらないという理由もあります。
  • おもしろいなと思ったことは、あるとき、「野毛風の子」というグループがいらっしゃった。そうすると、お子さんの安定性が違うんですね。接触をすごくしているお子さんに関しては、とても穏やか。それから、シングルの親御さんのお子さんも、ここに来ると、やはり自分の親ではない人と長い時間一緒にいるというだけで、ものすごく、本当に見る見る変わります。そのことが私たちスタッフの喜びにもなった、幸せにもなった。その当時はまだお芝居も同時にやっていましたから、小道具を作っていると、みんなが見にきて話をして、そういうちょっとしたエピソードを重ねることで、私たちも一緒にいることの喜びを発見したというのが、ここ1年半の私たちの成長過程だと思うんです。
  • それと、お母さんは昼間来て、お酒を飲みたいんだなということに気がついた。お父さんが帰る前に自分の好きなことをちょっとして、元気になって帰るというお母さんもいて、お子さんも同じような色のものを飲ます。そうすると、子どもたちは麦茶でも、何となくお母さんと同じような雰囲気で飲んだりする。子どもはシャンパングラスが大好きなんですね。それに麦茶やジュースを入れて、お母さんと一緒に飲むというのが、ごっこ遊びでもありながら、お母さまの側でも後ろめたさが少しなくなる。それで、おしゃべりも楽しくなる。その間のいろいろな教育はしなければいけないのは十分わかっているんですけれども、それもだんだん波及しながらやっていきたいなと。ありがたいことに精神の専門家がおられるので、そうそう間違いもないだろうというふうに思っています。
  • 16年ぐらい週刊朝日に尾形が書評を書いておりましたので、初版本などいろいろと入っていて、書籍に関しても実は自信のあるところです。
  • あともう一つ、ありがたいなと思ったのは、この設計をなさった方はやはりご家族のご長男が15歳から発症して、何回か入退院を繰り返しておられました。ですから、本当に日常空間の空間性というもの、なぜ玄関を大きくしなかったのかとか、いろいろ工夫があるんですね。上は子どもが小さいときは私どもの住居だったので、子どもが下の稽古場で何をしているか覗けるような覗き窓があったりします。
この建物が作られた経緯
  • ここの大家さんは非常にご理解のある方で、実は以前は3軒ぐらい向こうの4畳半と6畳の木造アパートを借りていまして、そこで尾形も稽古をしていたんです。6畳は何も家具を置かずに、4畳半で私たち4人家族は川の字に寝ていました。主人が骨肉腫の一種で足が悪くなって、引っ越しをしようとしたんですけれども、お父さんが病気だということと、子どもが2人、男の子だということで、アパートが見つからなかったんですね。それを、畑仕事をしていらっしゃる大家さんにふざけて私が「大家さん、建ててよ」と言ったら、大家さんが「何坪?」と言ったんですね。それで「半分をお稽古場として、主人がなくなる寸前まで稽古をさせたいわ」という話をして、今となれば主人が生き残ったので私も詐欺師なんですけれども、そのときは大家さんも一緒に涙を流してくださって、這ってでも稽古ができる場所ということでここを建てていただきました。
  • 当時、ここは1坪 780万でしたから、大変なご好意で建てていただいたんですね。主人が当時は建築業で、サッシをつけたりしていて、私が「足場の板で家を建てると、 800万ぐらいで家が建ちそうなので、建てるのは私にさせてください」と言ったら、「いや、税理士に聞いたら、それは後で大変なことになるんだよ。法律的に出て行かれなくなっちゃうから、建てるのも俺がやるから」と。どんどんお金を使ってくださって建てていただいたのを、頭金もなしで、お家賃で借りるというご好意をいただいたので、やはり私たちは仕事を締めるから出ていくわというわけにもいかず、何とかみんなで頭をひねって、この長い年月のご恩返しをどうしようかということをみんなで何日も何日も話をしました。
  • ありがたいことに、本当に皆さんが助けてくださいました。サービス管理指定者という方がいないとできない事業なんですが、最初にご挨拶をしていた星野さんは、そのサービス管理者を探すのにものすごく苦労した人です。私もずいぶんいろんな施設を見に行きました。
  • 私は姉が2人障害者だったので、両親が横浜で「けいわ」という民間の入所施設をやっており、そこで育ったものですから、空間性は大切だと思っていました。安全、事故が起きないように、みんなが集うときに職員が一望に見えるようにというような考えでつくられたものがいかに味気ないものか、いかに家庭という空気から離れているものか。「けいわ」は知的障害者施設でしたから、家庭だと思わない子は、あらゆるところに絵とか字を書いてしまう。それは自分の家のようにしたいから。それで、トイレにこもって出てこない。それは狭いところにいたいから。ということで、施設というのは、その子、その子で方向性は違いますけれども、受け入れる側もそのことを考えながら一緒にやっていく。どんどんつくったり、壊したりできるようなところをやってみたいと思っています。
楽ちん堂カフェ内部の様子
参加者
  • このロール紙は何に使うんですか。
森田(清子)氏
  • DVDを見られるように。スクリーンがあってもいいんですけれども、もともと尾形の舞台も、薄いグレーのカーペットを立てかけるだけで、装置はつくらないという考え方なんですね。それはどこに行ってもできるからで、これも写真を撮りたいと言えば、下げて写真を撮ればいいし、みんなでテレビを写して見たり、DVDを見たり。サッカーチームの子どもたちが自分たちの試合をコーチが説明しながら見るとかということもやっています。写真のロールバックです。汚れれば切ればいい。値段が安いんです。立てているのは物干し竿ですけどね。
参加者
  • ここにプロジェクターを置くんですか。
森田(清子)氏
  • はい。それはサイズが合わなくて作りかえなければいけないんですね。そういうことはうちのスタッフがやります。このテーブルもうちのスタッフが作ったものです。椅子が全部違うのは、尾形が装置として舞台で作っていたものです。それも2人芝居で、小松政夫さんと尾形が使ったものです。桃井かおりさんも使いました。そうすると、汚くなっても張り替える気にならないんですよね。だから、手形がいっぱいあるんですけれども、それは尾形の手形だと思って、死んだら高く売れるなと思って。あとは、子どもの手形が洗っても残っているんですね。
参加者
  • コミュニティカフェと言うと、地域の多様な人がやってきて、集って交流をする場所かなというイメージで来たんですが、ちょっとそれだけではなさそうですね。
森田(清子)氏
  • そうです。テーブルを片づけて、いらした方がそこでお稽古をしたり、それから去年は台風の日に偶然電話があって、子どもが保育園のバリの踊りの発表会をやろうとしたら、台風で中止になりそうなので、貸してもらえますか言われて、うちは装置は得意なので、舞台装置をちょっとつくってあげて発表会を急にやったりしました。
参加者
  • 何かプログラムのようなものが定期的にやられたりもするんですか?
森田(清子)氏
  • はい。イベントもありますが、母体の尾形の一人芝居というのはほぼ即興でつくるものでもともと台本があったり、台詞を覚えたりということがないんですね。それを18年前の阪神・淡路震災のときから、普通の方たちとワークショップをして即興でお芝居をつくる、4日間、即興で稽古をして、5日目にはその土地で発表会をするというのを18年続けておりまして、都内でも経験された方が何人もおられる。本当に普段はお仕事をなさっている方、いろんな職業の方が週末こちらにいらっしゃって、即興でお芝居をして、それを収録してYoutubeに流すということもしています。終わった後は、こちらで飲食をご用意して、飲食とワークショップの値段が一つになっているというやり方で毎週末やっています。
  • 地方にもよく行っていて、この間は富山だったので、「富山ナイト」とか、「山形ナイト」とかというふうに、その土地のものをご用意して、ご一緒に飲食しながらワークショップをします。
  • いわきの双葉町の仮設住宅としては一番過酷なところに参りまして、そこでもやはり80歳から90歳の間のおばあちゃん14人ぐらいとワークショップをしました。主人は片足を切断して、ないものですから、「皆さん、おわかりのように僕は片足がないものだから体が自由にならない。そうすると、イマジネーションで何かを思うという自由さを逆に知っているから、皆さんもお家がなくなって大変ねと言われるのはもういいでしょう」と言ったら、おばあちゃんが「あなたは足がないかもしれないけれども、わしは金がない」とか言われたりして、おばあちゃんたちがだれにもお話しになれないようなことをお芝居だとできるという効果がとてもあるんですね。心理療法としてもロールプレイというのがあるそうなんですが、自分ではないだれか、あるいはいまここではない何かの話ということで、とても何かを発見して心が落ちつくという効果はあるんだろうというふうには思っています。
  • この間は、お祭りがちょうどあって、大家さんが宮司さんの総代になられて、ここでお神輿の休憩所に使っていただいたので、また知名度が上がったと思います。
楽ちん堂カフェ内部の様子

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