街に、ルネッサンス UR都市機構

地域環境と風景とランドスケープ

阿部 まゆ子氏、尾内 志帆氏、大橋 加菜氏

阿部 まゆ子氏[株式会社地域環境計画]

尾内 志帆氏 [株式会社マルモ出版 隔月刊ランドスケープデザイン誌 副編集長]

大橋 加菜氏 [株式会社タム地域環境研究所]

※インタビュー実施時

インタビューの風景

暮らしの景観や住環境といった視点からだけでなく、都市計画や街づくり、自然環境との共存といった多様なテーマから語られはじめたランドスケープ。今回は、環境教育や環境修復、街づくり、雑誌編集など、それぞれの立場からランドスケープに関わられている専門家にお集まりいただき、現状と課題、目指すべきあり方について、座談会形式でお話しいただきました。

左:大橋氏
中:尾内氏
右:阿部氏

  • 阿部 まゆ子氏 Profile

  • 尾内 志帆氏 Profile

  • 大橋 加菜氏 Profile

(2011年6月 インタビュー実施)

相手によって使い分けることが多いランドスケープの多様性

尾内 志帆氏

尾内:私自身、「ランドスケープとは何か」を伝えるのは、すごく難しいと感じています。私が編集に携わる『ランドスケープデザイン』という雑誌でいえば、ビジュアル誌であるため、まずはぱっと見てきれいだと思ってもらったり、テーマに共感してもらったりすることを大事にしています。写真には簡単なキャッチフレーズやコピーと合わせて伝えたいテーマやイメージを読者に届ける。毎号毎号こうした編集を繰り返すことで、ランドスケープという言葉の意味が徐々に伝わっていくものと思っています。また、ときには「ランドスケープ」を、例えば「広い庭」などと、別の言葉で言いかえることも必要かもしれません。「ランドスケープ」という言葉にこだわる必要はないと考えています。

大橋:日本人って、片仮名だと便利に使ってしまう傾向がありますよね。ランドスケープという言葉も、多様性のある使われ方をしている。ですから、尾内さんが「庭」と置きかえるとおっゃっているように、相手に何を伝えたいかによって、公園と言ったり、山と言ったり…。使われ方も、言葉そのものが指し示すものも、多様なのが特徴じゃないでしょうか。

大橋 加菜氏

尾内:確かに、相手に合わせて使い分けることは多いですね。都市計画やまちづくりなどに興味がある人と、その分野に詳しくない人、それぞれ相手に合わせて話をします。それぞれの人に理解しやすいキーワードでイメージを共有できるようにしています。雑誌編集においては、領域の広い「ランドスケープ」という分野にはさまざまな側面があるので、切り口次第で見え方が違う。毎号角度を変えていろいろな特集を組みながら、「ランドスケープとは何か」を浮かび上がらせていることになるのかもしれません。雑誌一冊だけで答えを出すのは難しくても、何号か見ていくと、ランドスケープというのは、ものすごく多様で奥深い分野だとわかってもらえると思います。

暮らす人の楽しさ、快適性につながるランドスケープ

阿部 まゆ子氏

大橋:私がお手伝いしている団地の建替えだと、伝えるものが明確というか、団地にとってのランドスケープとはういうものですという説明はしやすい。尾内さんの場合は伝えるものが多様なので、そのたびに言葉を変えていく。だれに語りかけるかで、伝える概念や意味が変わってくる言葉ですよね。

阿部:確かに、だれに伝えるかで変わってきますよね。私が関わっている環境というフィールドでは、動物や植物を相手にしていますので、少し野生的なイメージになるかもしれません。

大橋:私も野生を感じる環境には落ち着きを感じるのですが、一般の人がみんなそうとは限らないし、団地などの居住空間の場合には、住んでいる人が快適であることが一番大事かもしれません。例えばチョウが飛んでいるだけでも、親子の会話は生まれますし、そういったコミュニケーションをつくり出せるランドスケープならではのおもしろさを、動物や植物という切り口から伝えられたらいいなと感じています。

阿部:小学校などで、課外授業の講師をすることがあるのですが、田舎でも、日ごろ塾などに通っていることが多くて、自然体験が少ない子が増えています。都市空間だけでなく、田舎でも顕著です。ただ、自然に触れるというのは、子どもたちにはやっぱり楽しいことだと思うのです。なかなかきっかけがなかったり、親も忙しくて一緒に遊べないという子どもが多いのではないかと思います。

地域住民の理解の上に立ったランドスケープデザインを

グリーンヒルズ東久留米 共同花壇

大橋:実際に私が関わった団地の事例でもそうなのですが、例えば屋外計画に関して、団地住民の方にお集まりいただいてワークショップをやると、団地ごとに十人十色というか、同じような地域にあっても、それぞれの団地に相応しい手法が、それぞれ全く違うというのが印象的です。特に、建替えの場合には、それまでの歴史、それまでどういう自治会活動をされてきたかをきちんと踏まえた上でないとうまくいきません。住んでいる人たちによって興味の対象が違う場合もあるので、こちらが考えたように進まないこともあります。例えば東久留米団地では、クラインガルテン(小菜園)を提案したけれども、最終的には共同花壇が実現しました。共同花壇は、しっかり管理をしていかないと荒廃させてしまって汚い居住空間を生み出してしまうことにもなりかねないので、そういう点にもきちんと取り組める住民の方のチームがつくれるかどうかが重要でした。東久留米団地の場合は、近くの花屋さんで買ってきた花を簡単に植えられる形で運営しているのですが、先日、たまたま別の団地の方が東久留米にいらした時に、花がきれいに咲いていて、ごみがまったく落ちていない、素敵な所だねと言ってくださったそうです。華やかさはあまり感じられないのですけれども、健康的に暮らしているという雰囲気が伝わるような花壇になったということではないでしょうか。
私は、ただ建替えの説明をするだけではなくて、住民の方が周辺の環境や屋外空間づくりについてどう思っているか現状を聞き出して、建替えが終わって住むときに、住民の方に整備された環境をきちんと使っていただけるような場になっていることを心がけています。例えば、先ほどの東久留米団地の西側に林があるのですが、住民の方でも知らない方がいる。知らないのであればまず見て知ってもらおうといった形ですね。暗いから林をなくしてほしいという意見もあるけれども、本当になくしていいのか確かめようということです。実際に見てみると、素敵なものがあるよとか、夏に散歩すると涼しいとかいいところも見つかります。そうしたいい点をピックアップしていく。ワークショップでは、そうした作業が重要だと思います。そうしたプロセスを経て整備したことで、林を利用される方も増えたのではないでしょうか。

住民間のコミュニケーションを育てるコミュニティデザイン

尾内:数年前に、東雲キャナルコートCODANを取材させていただいたことがあるのですが、広大な敷地に複数の集合住宅棟が集積していて、東京にもまだこんなに大きな空間がつくれるんだと驚きました。東雲キャナルコートCODANのおもしろいところは、各棟の建築設計を別の建築家の方が担当されていて、それをランドスケープデザインの専門家がつないでいくプロジェクトだということです。ランドスケープが建物と建物をどうつないでいくか、一体的な開発としてまとめながらデザインし、個々の建築の周辺空間がそれぞれに個性あるようにつくられているのが印象的ですよね。 
私は、団地や大きな集合住宅に住んだことがないので、団地に魅力を感じるという人に興味があります。コミュニティ的な側面や、共有スペースのあり方、さらに集まって住むことの利点はどこにあるのだろうと。集合住宅という、さまざまな個性を持った人が生活をしている場で、それぞれの個性を活かすことができたら、きっと楽しく暮らせるのかなと。ただ、まだ住民同士がうまくつながっていない状況があれば、そこには「コミュニティデザイン」が必要になるのかもしれません。最近、コミュニティデザインには、メディアをうまく役立てると有効だと感じています。例えば雑誌メディアというのは、いろいろな人を乗せられる船のようなもので、多くの人をつなぎとめるツールになります。いろいろな立場の人に会い、考えを聞き、誌面で紹介する事で、人と人、想いと想いをつなげることができるのです。もし、各自治体に小さくても一つメディアがあり、地域の面白い情報を発信していくことができれば、あの自治体は元気だねとか、あの団地は暮らしやすそうとか評判が立つようになる。そうすると、住民の人たちにもその団地に住むシビックプライドともいえるものが育っていく。もちろん、生活のベースとなるハードとしての空間をつくるということも大事なのですが、入居後に、知らない居住者同士をつなげコミュニティを形成していく中でメディアが担える役割の可能性を感じています。大橋さんが携わられているワークショップでも、ワークショップを実施していく段階で、もっとみんなのことを知りたいとか、情報交換をしていきたいという住民の方の想いが生まれてくると思います。その受け皿として、瓦版とか、ホームページやブログなどをつくるのもいいのではないでしょうか。

東雲キャナルコート

東雲キャナルコート
S字アベニュー
東雲キャナルコート
ビスタの広場
東雲キャナルコート
1・2街区

外部環境との関わりの中で取り組むべき生物多様性の創出

阿部:勤務先では、長年、アーベインビオ川崎やひばりが丘第二団地の計画などに携わらせていただいています。その業務のなかで、ひばりが丘パークヒルズのビオトープを見学させていただているときに、トンボが飛んでいて、カルガモもいて、それを住民の方がベンチに座ってながめているといった様子を見ることができました。そのとき、すごく懐かしいなと感じたんです。私自身が、子どものころに集合住宅に住んでいた記憶と、生き物が豊富にいる東北の環境で、魚をとったり、トンボをとったり、生き物と身近な環境で育った記憶…。そういう原風景と重なる部分があったのかもしれません。そんな経験もあって、ふるさとになれる団地というのは、すごくいいなと思うようになりました。ひばりが丘は、住民の方がつくった田んぼもありますし、共同花壇もある。生活感というか、環境と人の生活とが近いと感じられるところが、魅力の一つかもしれません。
最近は、生物多様性というテーマへの社会的な注目度が高くなっていて、民間の企業でも、生物多様性に配慮した取り組みを行っているところがあります。
一昔前ですと、工場緑化とか、敷地内緑化がメインだったのですが、今はその緑化の質を高めるという方向で、多様な生物が暮らすための多様な環境を整備するといった取り組みが始まっているんです。
水辺の整備や、樹林の植生の多様性の維持などに視点を置きながら、社屋の屋上や工場の敷地を使って、生物多様性に配慮した緑をつくっていこうということで、私たちも、そうした取り組みのお手伝いをさせていただいています。具体的には、まず、企業の持つ複数の緑地を、それぞれの周辺緑地との関係から総合的に評価し、どこの緑地をどのように整備すると地域の生物多様性により貢献できるかというコンサルティングをしています。
こうした取り組みでは、敷地の中だけに目が向きがちなのですが、外部の環境との関係で考えるべきことだと思います。例えば、周囲の自然が豊かな所では、敷地内に緑地を整備しても周辺への効果は少ない。ところが、周りの環境があまりよくないところだと、すごく効果がある。民間企業にとっては、何をやったら一番社会に貢献できるかが重要ですから、そういった視点で自治体など他の主体と連携していくことも提案します。やはり生物に着目するときには、周辺環境、周辺との関係性から考えていく必要があると思います。

アーベインビオ川崎 
屋上ビオトープ
ひばりが丘パークヒルズ 
井戸水を利用した水田

ランドスケープにおけるデザイナーの視点と生活者の視点

尾内:いま、阿部さんにお話しいただいた評価のプロセスが社会的に認知されていけば、ランドスケープの価値も高まっていくような気がします。ただ、実際に暮らす人にとっては、二の次になってしまう場合も多いのかもしれません。設計者側は、コンセプトやテーマ性を重要視していても、住民には、何もない原っぱがほしいというニーズもある。そういった何てことのない平凡な風景をどう残していくのかも大事だと思います。実は、先日もあるランドスケープデザイナーの方と話をしていたのですが、その方は、デザイナーとしての最終目標は、ドラえもんに出てくるドラム缶のある公園だと言うんです。意図的にデザインされた空間ではないけれど、なぜかみんなが集まって、思う存分遊ぶことができる。目指すのはそんな空間なのだと。
住宅として売る、暮らすきっかけをつくる上ではテーマ性や社会貢献度の指標は必要なのかもしれませんが、その意味を住民の方にきちんと伝えていかなければ、せっかくデザインした空間も、維持することは難しいと思います。

大橋:私は、データやテーマばかりでは、エンドユーザーに魅力を伝えきれないような気がしています。設計者が意図したことをどれだけ体感してもらえるかが重要になるのではないでしょうか。URの団地にも、広い敷地という財産があると思うのですが、周辺の住宅やマンションと違う、どんな魅力があるのか、といった点まで伝えきれていないと思うのです。それをいかに体感させてあげるかが、ランドスケープづくりの課題かもしれませんね。
先月、イタリアに行く機会があったのですが、日本の見本市だと、技術的なところがアピールされているんですけれども、フィレンツェのイベントなどでは、企業に売り込むというより、あなたの庭に置いたらいかがですか?といった感じで展示されているんですね。こんなに色がかわいいし、こんなにデザインがいいから、置いておいたらかわいいでしょうという感じでプレゼンテーションされている。それこそランドスケープとは何なのか、利用する人なりに解釈してもらえるアプローチなのではないでしょうか。例えば、URの団地を紹介する冊子はすごく情報量が多いのですが、実際に住まわれる方は、その情報のすべては読み取れない。誰に何を伝えるか、ねらいを定めていくことが必要なのかもしれません。

尾内:情報の伝え方ですよね。もっとデザイナーの意図や使い方の提案を説明会などで住民に伝えていく。そのつなぎ方をどうするか、技術者と住民をどうつなぐかも鍵になる気がします。

阿部:そうですね。私たちの視点でいえば、生物多様性が目的になるのではなく、例えば団地だったら、居住している方の思いが優先されるべきで、住民が普通に暮らす中で、生き物を身近に感じて触れ合えるようなところがあればいいのかなと思います。生物多様性というのは、みんなの生活を快適にするための素材として提案できればいいのかなと思いますね。

大橋:ランドスケープというテーマで考えるときは、技術的視点になってしまうことが多かったのですが、これからは、服を選ぶというか、どんな服を着ていたいかなという感じで、ファッション的な感覚、どう見せたいかという視点も取り入れながら提案していってあげると身近に感じてもらえるのかもしれません。

都心部に求められるランドスケープデザインとは

阿部:都心でも、屋上にビオトープをつくっているところがありますが、重量の制限もありますし、実際の森のような環境をつくるのは難しい。その土地、その場所でできることを、周りの環境も見ながらつくっていくべきではないかと思います。例えば、ミカンの木を植えるだけでチョウが寄ってくることがありますし、皇居をはじめ、都心には大きい緑地がありますから、そういう緑地との関係を考えながら、大きな意味での緑のネットワークを考えていけば、いろいろな取り組みが可能になるのではないでしょうか。

大橋:自然とか緑とかというと、山をイメージしてしまいますが、人が開発した場所には、その場所での緑のあり方というのがあると思います。阿部さんがおっしゃったように、1本の木を植えるだけでもネットワークとしての効果はあると思うので、自分たちがどれだけ快適に過ごせるかというところが指標になるはずだと思うんです。そこが根幹ですよね。過ごしやすさが体感できて、前よりよくなるのであれば、それで評価できるのではないでしょうか。

尾内:無理して緑を取り込んだり、敷地の周りに緑を張りつけたりすることは、そんなに意味があることではないかもしれません。お二人が言われたように、ネットワークというのはすごく大事だと思います。以前取材した、銀座ミツバチプロジェクトでは、ミツバチのネットワーク都心でどうつなげていくかといった話がありました。現在の街路樹は、蜜が出ない種が多く、生物の環境とは全く別の尺度で樹種が決定されている。屋外空間に携わる際には、緑量を生み出すというのは開発後のインパクトがあるかもしれませんが、生態系から考えた地域全体における貢献度を高めていくことも大事ですよね。都市はさまざまな関係性から成り立っているのですから、これからはそれらをつなぐランドスケープデザインがますます求められていくと思います。

メニューを閉じる

メニューを閉じる

ページの先頭へ