街に、ルネッサンス UR都市機構

~歴史文化を活かした街づくり~「歴史まちづくり法」その実際と期待される機能

iインタビューの風景

西村 幸夫氏[東京大学教授]

歴史上価値の高い建造物だけでなく、その周辺の環境、歴史と伝統に培われた生活など、それぞれの地域に固有の「歴史的風土」「歴史的風致」を保存し、継承していくことを目指した「歴史まちづくり法」。都市整備、街づくりの視点からも注目されている取り組みについて、東京大学・西村幸夫教授に、お話を伺いました。

  • 西村 幸夫氏 Profile

聞き手 UR都市機構 都市デザインチームリーダー 池邊 このみ

  • 池邊 このみ Profile

(2009年8月 インタビュー実施)


「歴史まちづくり法」に求められる景観法を補完する機能

「歴史まちづくり法」について考えるときに、まず知っておいて欲しいのが、従来景観整備手法との違いでしょう。実は、「歴史まちづくり法」、正式には「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」が成立した背景にはいくつかの流れがあるんですが、その一つが、2004年に成立した景観法です。景観法では、ご存知のように規制権限を市町村に付与することが定められていますが、これは、景観計画区域内の建物を建て替える時に規制するものなので、地区内に何か動きがなければ機能しません。また、地方分権という時代背景もあって、地方の自主性にまかせながら法的な権限を与えることになります。ですから、やる気がある自治体では取り組みが進んでも、そうではないところでは進まない。とくに、今の地方財政は非常に厳しいから、景観の維持にお金を使うより、福祉とか、教育とか、雇用創出とか、そういう大きな課題を優先するといった面があります。
だから、国が規制をするだけではなくて支援もする必要が出てきたわけで、この支援の部分を担うのが、「歴史まちづくり法」です。「歴史まちづくり法」では、規制に見合った支援、具体的には補助金ですが、これが中心になっています。だから、議会も関心を示してくれますし、予算も計上しやすくなる。ほとんどあきらめていた建物の改修や、見苦しい建物を壊して景観にマッチする建物に建て替えたりといったことも可能になるわけです。つまり、景観法がムチだとすれば、「歴史まちづくり法」がアメ。アメとムチというかたちで景観法を補完するのが、「歴史まちづくり法」の一つの目的だと思います。

歴史的風致とは
資料

出典:パンフレット「歴史まちづくり」

歴史まちづくり法の概要
資料

出典:パンフレット「歴史まちづくり」

古都保存法が対応できない部分を担う「歴史まちづくり法」

もう一つ、景観法の補完に加えて、「歴史まちづくり法」が担うのは、古都の保存法に関する課題への対応です。1966年に成立した「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)」は、古都の周辺の自然環境を守るという法律で、機能はしていますが、対象は、昔、都があったところだけということになっています。つまり、京都市、奈良市、鎌倉市、あとは奈良県内のいくつかの都市、例えば桜井市とか、斑鳩町とか、橿原市などの歴史的風土の保全には有効です。しかし、そういうところ以外にも古い町はありますよね。例えば、太宰府も古いし、金沢だって古い。ところが、そういう地域はこの法律でいうところの古都ではないということで指定されないわけです。こうした課題をクリアして、古都保存法でやりはじめたことを日本中の歴史に関心のある町に全国展開していくためにどうしたらいいかということが大きな課題でした。しかも、古都保存法は都市周辺の緑を保存することを目的としているから、町の中までは守れない。そこも何とかしたい。だから、「歴史まちづくり法」では、古都保存法がやれないことまで対象を広げようとした。これが、二つ目の流れです。

組織を横断して取り組むべき歴史的資産を活かした街づくり

3つ目は、文化財保護の視点からの流れです。これは、文化庁の取り組みのなかに、歴史的な資産をまちづくりの中心に据えてそれを活用するような方法や、文化財を守るためのバッファーゾーンをつくって周辺を守る仕組みがなかったことに対応するためのものですね。文化庁のなかでも、建造物や史跡、名勝などのカテゴリーごとに、別々のセクションが守っているという状況だったので、近隣にいろいろな文化財があっても、それをまとめて地区として守ることができなかったということも理由のひとつです。確かに、いくつかの建物があったり、庭があったりする地域の全体を歴史的な地区として、まとめて取り組める方が文化庁の施策としてもよいはずです。文化庁でも組織を横断するような取り組みとして、歴史のある地区をエリアとして守ることが必要じゃないかと考えたわけです。
実は、こうした考え方のきっかけのひとつになったのが、世界文化遺産の暫定リストの提案制度です。暫定リストを提案してもらうと、やはりエリアとして取り組むべきところが出てくるわけですね。例えば最上川であれば、田園風景があるだけでなく、舟運に関わる遺跡がたくさんある。それを最上川流域一帯というようにトータルに考えると、すごくイメージが広がるわけです。ところが、今までの仕組みだと、エリアとして守ることができない。この点に関して文化庁でも、地域としての保存を検討すべきだという提言書をつくったりしていたわけです。
「景観法の補完」、「古都保存法で指定できない地域への対応」、「複数の文化財をエリアとして守る」、この3つの流れがタイミングよく合致したことで、「歴史まちづくり法」の成立に至ったといえるのではないでしょうか。

自治体の規模ごとの多様性を活かした取り組みが可能な歴史まちづくり

歴史的風致維持向上計画を策定して国の認定を申請し、認定を受けたところは、現在11市町村です。2009年1月に5市町村、3月に5市町村、7月に1市町村。だから、この11市町村がトップランナーのグループということになりますが、そのなかにもいくつかの違いがあります。一つ目のグループは、人口が10万弱程度で核となるようなお城や宿場町がある市町村、基本的にはお城があるところですね。こうした都市は、昔からの文化の中心で、求心性がある。滋賀県彦根市や愛知県犬山市、岡山県津山市、それから山口県萩市などです。

彦根市「彦根城」
出典:彦根市歴史的風致維持向上計画
津山市「津山城跡を中心とした市街地」
出典:津山市歴史的風致維持向上計画
萩市「萩城跡」
出典:萩市歴史的風致維持向上計画
犬山市「犬山城を中心とした市街地」
出典:犬山市歴史的風致維持向上計画

もう一つのグループは、もう少し小さくて、人口が1万から2万人ほど。都市の中心部は小さくても、いろいろな建築物や文化財が点在している地域です。例えば、小さな宿場町や城下町があったり、昔からの古墳群があったりといった市町村。高知県佐川町、熊本県山鹿市はこのタイプです。東海道に沿って関宿、亀山宿、坂下宿と3つの宿場町を持つ三重県亀山市もこのグループに含まれます。固有の小中心地やいくつかのポイントを拾い集めて一つの取り組みにする方法ですね。今のところ、このグループの市町村は、認定されている市町村のなかで肩身が狭そうにしていますが、全国的に見ると、自分たちの取り組みの参考にできる市町村も多いと思います。

亀山市「関宿のまちなみ」
出典:亀山市歴史的風致維持向上計画
亀山市「関宿の全景」

それから、3つ目は石川県金沢市のようなタイプ。金沢は人口が45万ですから、自治体としてもある程度大きな規模になります。このくらいの規模の自治体になるとスタッフもたくさんいるので、認定申請をまとめるのも簡単に見えますけど、例えば京都市などを考えてみると、文化財も建築も膨大にあるなかで歴史的風致を定義するのは大変です。ですから、こうした規模の市町村で歴史を中心にまちづくりを進めようと考えているところは、今後、かなり大きなテーマで「歴史まちづくり法」の認定を申請することになるのではないでしょうか。

金沢市「市街地の全景」
出典:金沢市歴史的風致維持向上計画
金沢市「兼六園の雪吊り」

歴史まちづくりを契機に期待される文化財指定の促進

高知県に佐川町という人口1万ちょっとの町があって、ここが3月に認定されています。実は、佐川町の歴史を活かしたまちづくりは今まであまり全国的には知られていませんでしたが、町の中心部に国の重要文化財に指定された造り酒屋があって、今回は、ここを核として歴史的風致維持向上計画を策定しています。小さい街ですから、こうした建物を中心にすると古くからの街の中心全部が対象区域になります。ここでの取り組みは、これから申請しようという自治体の参考にもなるのではないでしょうか。造り酒屋のある町だったらお城のある街よりはるかに多いはずですし、重要文化財に指定されていれば、まわりをうまく取り込んでまちづくりができる可能性があるということです。
確かに、「歴史まちづくり法」の認定には、国指定の文化財があることが条件になっています。だから、現在も業務を行っている造り酒屋さんなどだと、文化財指定で規制をうけるのは嫌だと考えているところもある。自分の事業のことだけを考えるならそれもありうる選択かなとは思うんですけど、歴史をテーマにしたまちづくりの一環ということであれば、自治体から「あなたのビジネスだけじゃなくてまち並み全体のことを考えて、文化財指定を受けてくれ」といったアプローチもできますよね。「歴史まちづくり法」をきっかけにして、文化財指定の促進につながることもあると思います。

佐川町「竹村家住宅(重要文化財)」
出典:佐川町歴史的風致維持向上計画
佐川町「酒造りの伝統」

横断的な組織の新設で街づくりに取り組む自治体も

「歴史まちづくり法」は、都市計画を担当する部署と教育委員会などがいっしょになって取り組まなければいけない事業です。だから、市町村自治体にも新しい部署、例えば歴史街づくり課といったセクションをつくるところが結構あるんです。萩市もつくりましたし、犬山市もつくりました。また、申請への準備を進めている福岡県の太宰府市にも、すでにそういうセクションがある。もちろん、金沢市などのように、以前から、歴史遺産保存部といった部署を都市整備局と並んで市長直属のセクションにしているところもありますが、他にも、組織的にも大きく変わるところが出てくるんではないでしょうか。こうした横断的な取り組みは、街づくりでは大事なことです。市町村も歴史まちづくりという大きなテーマに合わせて、教育委員会や都市開発といったセクションの壁を越えて動き始めたということじゃないでしょうか。

ハードだけでなくソフト面からも守るべき歴史的風致を定義

「歴史まちづくり法」の特徴の一つは、伝統産業や伝統芸能の支援といったソフト面まで支援の対象にしているということです。確かに、従来から人間国宝といったかたちで、伝統産業や伝統芸能を守る仕組みはあったわけですが、それは、本当のハイカルチャーな部分だけでした。庶民の生活のなかの営みといったものは、文化財保護側とまちづくり側の境界領域みたいなところもあって、なかなか支援することができなかった。だから、「歴史まちづくり法」によって、そうした伝統産業や伝統芸能にまちづくりの側面から光があたったことの意義は大きいと思います。
それから、もう一つ大きいのが、伝統芸能や伝統産業全体を「われわれのまちの歴史的風致だ」と定義していることですね。それこそ金沢市であれば、芸者さんの文化、お茶屋文化としての舞踊なども大事だとして、市がつくる正式な計画、歴史的風致維持向上計画に入れてある。しかも、自分たちの街にとって大事にすべきものを、ハード、ソフト一体で明確にして、なおかつその守り方を定義した計画が、「歴史まちづくり法」を所管する国土交通省、文化庁、農林水産省の三大臣から認定され、それが地元のマスコミで取り上げられているわけです。単なる古いお城だけじゃなくて、生活まで含めて認定されるということは、その後の街づくりの施策に好影響を与えますよね。
先ほども言いましたけど、文化って、なかなか予算がとれないわけですよ。どれだけ効果があるのかわからない部分が大きいテーマですし、福祉とか、教育とか、たくさんの課題があるなかで、市町村の中心部、あまり人口が多くないところでの取り組みになるわけですから、よほど強いビジョンがなくちゃいけない。まちのイメージ向上になるとか、例えば観光も含めて大きな、間接的だけど大きな影響があるということをきちんと言えないとなかなかわかってもらえない。だから、それが認定されることで、次のステップに進みやすくなったという点もあると思います。
最初に認定された市町村、萩市とか、金沢市などは、誰もが認める歴史的な都市だからいいけど、必ずしもそうではない一般的な都市になってくると他の課題もたくさんあるわけですよね。そんななかで、歴史まちづくりが自治体としての重要施策なんだと認めてもらうためには、認定されることでマスコミの話題になるのも、すごく大きなことだと思いますよ。

金沢市「西茶屋街」
出典:金沢市歴史的風致維持向上計画
金沢市「茶屋内部」
金沢市「茶屋内部」
伝統行事「高山祭」
出典:パンフレット「歴史まちづくり」
伝統行事「高山祭の屋台囃子」
工芸技術「萩焼」
出典:パンフレット「歴史まちづくり」
工芸技術「萩焼の窯元」

まちづくり施策推進のきっかけとしての機能に期待

歴史を核とした街づくりに取り組みたいと考えている市町村にとって、「歴史まちづくり法」を考えることは、もちろん意義のあることですよね。じゃあどんな文化財を核としたらいいのか。何をきっかけにしたらいいのか。これは、例えば、景観計画をつくっていくなかで、あるいは市民参加のまちあるきイベントなどを実施していくなかで見直していくと、面白いものが見つかるのではないでしょうか。あとは例えば、ある建物の維持管理がうまくいっていないとか、幽霊ビルのような建物をなくしたいといったこともきっかけになるんじゃないかと思います。温泉街の古い木造旅館の維持管理にかかる費用とか、つぶれてしまったホテルを買い取って更地にするための費用の補助などは、今までの制度では期待できませんでしたけど、「歴史まちづくり法」では、そうした建物のそばに文化財があれば、周辺の環境をよくするためということで利用できる。非常に応用範囲が広いんです。
今まで認定された市町村だけを見ていると、全国的に有名なところばかりのように思えるし、お城など広く認知された文化財がないといけないといったイメージがあるんですが、実は、重要伝統的建造物群保存地区の周辺なら、バッファーゾーンとしてそのままこの制度の対象になるんです。文化庁の補助制度がある重要伝統的建造物群保存地区のなか以外のお金をかけにくいところも、バッファーゾーンとしてなら広い範囲で指定できるわけですね。もちろん国指定の名勝であれば、古墳や庭といったものでもいいことになりますから、そういう場所を核として、かなり広い範囲で取り組むことができる。山鹿市や佐川町などは、その典型ですが、こうした事例を見てもらえれば、市町村での街づくり推進にも活用できることがわかるのではないでしょうか。

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