街に、ルネッサンス UR都市機構

人の心に語りかける光

ハートアイランド新田一番街「光のさざなみ」
東雲キャナルコートCODAN

近田 玲子氏[照明デザイナー]

  • 近田 玲子氏 Profile

聞き手 UR都市機構 都市デザインチームリーダー 池邊 このみ

  • 池邊 このみ Profile


第1弾 まちと人をつなぐ光

光というのは人の心に語りかける力があると思いますが、住宅やまちづくりにおいて、先生は光をどのようにお考えになっていらっしゃいますか?

ほっとする光

住宅の光を考える時にいつも意識するのは、「自分の家」と分かる光をどのように創るかということですね。今は多くの人がドアを開けて玄関の中に入るまで、自分の家に帰ったという感覚はなかなかもてない時代だと思います。仕事場から家までの光環境の変化を考えると、仕事場での光環境は、活動的でかつ明るさは均質な空間です。帰宅途中の駅や電車もある程度均質な光です。駅を降りて家まで歩く空間の照明も最近は徐々に均質化しつつあります。自分の家に向かっているという意識がいつ芽生えて「ほっとする空間」になるのか、「戻ってきた」といって仕事の鎧よろいを脱げるのか、ということが大事になります。駅のホームから「あれは私の家」と思う光が見えれば、その時点でほっとするのではないでしょうか。家まで歩く空間の照明も最近は徐々に均質化しつつあります。自分の家に向かっているという意識がいつ芽生えて「ほっとする空間」になるのか、「戻ってきた」といって仕事の鎧を脱げるのか、ということが大事になります。駅のホームから「あれは私の家」と思う光が見えれば、その時点でほっとするのではないでしょうか。自分の家の窓明りが点いていなくても、廊下の光や玄関の光、エレベータホールの光が手助けをして、人が暮らしている気配を漂わせることができます。私は景観照明の仕事をする時、建物に光をあてて目立たせるよりも、夕方になったら人の気配がにじみ出てくることが望ましいと思っています。
いままでの都市機構との仕事の中で私達が関わったことで特に良くなったと自慢できるのは、外廊下の照明ですね。新田※の立ち上げで土地がまっ平らの状態のときに現場を見に行ったところ、空が広々として大きいのです。広い空が見えることでとても開放感があり、自由な気分になり、ほっとする気持ちになりました。ところが近くに何年か前に建てられた住棟を見てみると、外廊下の光がグリッド状に並び、生活の場というより、「住む箱」に見えたのです。これはなんとかしなければ、と思ったのが外廊下の照明を提案する切っ掛けでした。住む人の個々の生活シーンがにじみでてくるような光にしなければと考えたわけです。

※ 東京都足立区新田のUR賃貸住宅「ハートアイランド新田一番街」

つなぐ光

吉祥寺サンロード商店街

まちづくりでは、これまで住んでいた人たちのエリアと、新しくつくられるエリアの2つの接点が大事だと思います。新しい建物が建つことで、今までの穏やかな暮らしがかき回されるかもしれないし、反対に新しいエリアが加わって活気が出るかもしれない。私は、その接点がうまく照明でできると、まちづくりはうまくいくと考えています。接点の場所の多くは市や区の道路で、お仕着せの照明で決められてしまっているところがほとんどなのは残念ですね。 吉祥寺の商店街アーケードの照明デザイン※1では、公共の道路とアーケードの接点がとてもうまくデザインできました。横断する公共の道路の上に、アーケード側から屋根を掛け、アーケードを切ることなく、長く続けて作ることが出来ました。行政の方々、設計者、商店街の人たちとの協働でデザイン表現をする時には、当事者が、自分たちがどう思っているのかをどんどん言うことがとても大事だと思いました。 まちの顔づくりでは、埼玉県の東武東上線の上福岡駅前の再開発事業※2の中での照明デザインがあります。駅前の開発でロータリーに面して駐車場ビルが計画されていたのですが、「駅前の顔」が駐車場では困ると思いました。

ココネ上福岡

「ここが上福岡」ということを印象づけるためには、光が役に立つと思い、物語性のある光の動きを考えました。5層の駐車場ビルの表面にあるH鋼の柱に沿って、縦に光を落とすことを提案しました。光の色や点滅がプログラムできるようにして、1年12ヶ月分のストーリーを作りました。たとえば12月はクリスマスのイメージ、1月はお正月だから国旗をイメージするなどです。

※1 東京都武蔵野市吉祥寺駅「吉祥寺サンロード商店街」
※2 埼玉県ふじみ野市 東武東上線 上福岡駅前 複合総合施設「ココネ上福岡」

誇れる光に

四国の徳島の美郷村※の「石積みライトアップ」クリスマスイベントをお手伝いした時のことです。その村は、段々畑の石積みがきれいで、蛍で有名なところでもありました。以前から、村の人たちだけで「自分たちの住んでいる村にどのような宝、村の誇れる技術資産があるか」という宝探しをやっておりました。炭焼きの技術であったり蛍籠という稲のわらの編み方も宝として後世に伝えたいと長く活動していました。その人たちが主体になり、村の宝である石積みの畑をライトアップをするという計画に誘われたのです。現地を見て、村の人たちと話し合って思ったのは、美郷村とは縁もゆかりもなかった私が音頭をとって、ただきれいに石積みを見せるだけでは、不足ではないかということでした。
そこで私は石垣を照らすことで住民が気がつかなかった夜景をつくり、住民たちは、自分たちの手作りの行灯で石垣の間の細い道を照らすことにしたのです。ライトアップは二晩だけでしたが、住民にとってはとても重い意味のあるイベントであったと思います。ライトアップされた石垣を見て、まるでペルーの要塞みたいなダイナミックな石積みのイメージを持ったというのです。私が加わることで、自分たちが日常見ている景色が素晴らしかったということに気がついてくれました。石積みが美郷村の人たちの誇りになったのですね。日常のつながりの中の光と、日常とはまったく違う視点で作った光と、2つの光があることで、誇れる光が見えたのではないかと思いました。

※ 徳島県吉野川市美郷村

徳島県吉野川市美郷村

ストーリーを持つ光

自然の力というのは、私たちにエネルギーを与えてくれるものです。昨年末、椿山荘※の2万坪の庭園全体の照明を「庭園光響曲」というテーマで、自然と光と音楽を共演させることを考えました。3分間だけ音楽に合わせて光が変化するプログラムも作り、冬の庭園「光」響曲に模様替えしました。椿山荘の庭園は室町時代の三重塔や若冲の石像、滝もあり名勝なのですが、意外と知られておらず、夜は真っ暗だったのです。そこで光を動かすことが、季節の息吹を感じさせるためのひとつの助けになると思いました。冬の庭園「光」響曲は、古今和歌集905番「紫の一本ひともとゆえに武蔵野の草は皆みながらあわれとぞ見ゆる」から、紫を基調色に、黄色、白でプログラムされています。ホテルの室内から、あるいは散策しながら、庭園全体に広がる迫力ある冬の光の音楽を、毎日楽しむことができます。広大な庭園を舞台に繰り広げられる光と音の光響曲によって、日常生活のなかで忘れていた、光、音、色、緑、香 ─五感が呼びさまされ、わたしたちも自然の一部であることに気づくのです。約2万坪の日本庭園の照明に、LED(発光ダイオード)、高効率のメタルハライドランプを使用してCO2の排出を従来の庭園照明の約半分にすることができました。

※東京都文京区「椿山荘・フォーシーズンズホテル椿山荘東京」

椿山荘・フォーシーズンズホテル椿山荘東京

参加する光

資料

ミューザ川崎※1で手がけた照明デザインの例では、「おーい」というような声や大きな音に反応して光が変わるのです。その場に自分がいることで光が変わる、「自分が参加している」という感覚、体験、体感型の光を作りたいと思ったのです。岐阜の駅前※2のペデストリアンデッキ上の照明デザインでは、人感センサーをつけています。人が人感センサーを通ると、光の虹が床にピーッと走るようにしました。自分が通った途端に光が動くので、「あれっ」と思うわけですね。会社で嫌なことがあり沈んだ気持ちで帰ってきた人も、光の変化と共に「ハッ」と明るく変わると良いと思っています。

※1 川崎駅前の複合総合施設「ミューザ川崎」
※2 岐阜駅北口駅前広場

風を光に

新田※では、とても自然条件が良かったため、自然のエネルギーとして風をうまく使うことを考えました。住む人のための照明プラス風力発電ということです。当時、折角風力発電で電気を作っても、発電量が何ワットという表示だけに使っているということに大きな疑問を感じていました。風力発電のもうひとつの問題は、風が吹かない時は照明として役立たないという点でした。そこで、風による風力発電の電力と商用電源とのハイブリッドの照明を考え出しました。ベーシックな照明を商用電源でまかない、それに風力発電の照明が加わるということです。LEDという非常に消費電力の少ないランプを使い、商用電源ではピンクの光で点灯させる。そこに風力発電がプラスされると青い色の光が加わり、照明は紫色になります。その紫色の光も発電の量に応じて、広がり方がさまざまに変化するのです。これを「さざなみ」と名づけ、風の強さに応じてさざなみの広がりが大きくなったり小さくなったりすることを提案しました。これが非常にうまくいったのは、風が吹くという身体的体験を光として表現したことだと思います。風という体験と、光の色が変わったと目で見て分かること、この2つが結びついて、「あっ、これは風力発電だ」とわかってもらえたということです。そういう積み重ねから、風による発電がどのように使われているかにも結びつくと考えたのです。

※東京都足立区新田のUR賃貸住宅「ハートアイランド新田一番街」

LEDは消費電力が少なく、ECOの時代でも照明が贅沢ではない大きな発明です。新田では、青色LED2、赤色LED4、白色LED1をまとめた器具が歩道面に140台埋め込まれています。都市機構と近田玲子デザイン事務所の取り組みは2005年に北米照明学会・優秀賞(Paul Waterbury Award of Excellence)を受賞しました。


第2弾 心を照らすまちの光

前回に引き続き、お話をお伺いしたいのですが、URの団地をもっと魅力的に、活性化させるための助言、まちの景観を良くするためのアイデアをいただきたいと思います。

団地を魅力的にする工夫

団地を魅力的にするには、こういう照明方法で何ルクスなければならないなどという決め方をしないことですね。
魅力的にする上で廊下、エントランスなど共用部に取り付けた照明用ランプの色は最も大きなファクターになります。基本的には電球色がいいですね。古い団地の多くは白色のところが多くて、それが寂しさやわびしさにつながっている要因でもあるので、ランプを全部電球色にすると暖かい印象に変わると思います。
生活シーンの光のにじみ出しも少なくなっています。特に南側はカーテンを閉めて遮光されて、夜は真暗くなってしまっています。手すりを半透明にしたり、パンチングメタルのように半分覆う素材をうまく使ったりしてカーテンを開けていても部屋の中が見えずに光だけが漏れて人の気配が感じられると良いですね。

にぎわいや温かみのある光

広尾コンプレックス

これまでまちの景観の議論で一番不足しているところは、点灯時間帯についてだと思います。まちには公共の照明以外に企業の建物や商業施設、個人の住宅などの光があり、特に建物のエントランスの光は街路のにぎわいをつくる大きな要素になります。個々の建物のエントランス照明が今日は早仕舞いだからと夕方の5時に消されると、通りの光がひとつ消えたことになります。ドイツやイタリアでは、お店が休業の日でも毎日夜の10時まで玄関だけはつけましょうという、そのような取り決めがあるから、店舗が終わった後でもウインドウショッピングが自由に楽しめるわけです。次には、通りの光の色を温かみのある光にすることです。岐阜県の郡上八幡では、どの店舗の軒下にもちょうちんの形をした照明器具が付けられています。通りにある店先に共通にあることで、ひとつのまちとしてのつながりが意識できるのです。こんな工夫がうまくできると、それだけでまちはとても良くなります。まちづくり協定を作って、閉店後も一定の時間までお店のあかりを点け続けるかなどを決めることができると良いですね。
どこの街でも、重点的に整備した拠点やメインストリートの夜景はとても格好が良いのですが一歩裏道に入ると古い型の防犯灯が寂しくついていたりします。目立つところだけでなく、生活する基盤の部分のあかりの見直しが必要だと思います。

光を構成する6つの要素

さいたま新都心

最初は、場所ごとに光は違うので立地特性での整理をするということを考えました。ライトアップなど照明手法で整理して景観に対するガイドラインを作る方法も考えましたが、小さい木を照らすこともライトアップですし、建物の頂部なり全体を照らすこともライトアップになってしまうといった難しさがあります。ある時、いままで平面的に見ていた光を立体的に見ると、6つの要素に分けて考えられることに気がつきました。6つの要素とは「塊の光」「面の光」「軸の光」「点の光」「地の光」「下の光」です。例えば「面の光」は、オフィスなど建物の中から漏れてくる光がひとつの面を作るもので、まちの景観の中では相当大きな役割を果たしています。その光が真白い光なのか、もう少し温かみのある光なのか、その辺でもかなり違ってきます。
さいたま新都心※の検討では全体の目的を提示して、それに沿って6つの光の要素ごとにそれぞれの企業が建てようとしている民間の建物の光の要素を分けて議論しました。6つの要素の中で、トータルな計画からみて問題がある部分を照明デザインの立場で検討し、それに対して建物設計者が応えるというやり取りをくり返してまとめていきました。
建築家や何人かの設計者がコラボレーションする時に、各人が思っていることをすり合わせしながらひとつのものを作り上げていくことはとても大事ですね。
最後になりますが、照明デザインにおいて重要なのは、個別の場所をデザインする前に、その照明をすることがそのまち・都市、そして人々に対してどういう役割を果たす結果になるかということを整理し、まず、まち全体のデザインを考えることだと思います。

※ 埼玉県さいたま市「さいたま新都心地区」

近田氏 池邊氏 

メニューを閉じる

メニューを閉じる

ページの先頭へ