街に、ルネッサンス UR都市機構

~都市の景観について考える~
東雲キャナルコートを語り、都市デザインの展望を探る。

東雲AB街区
東雲外観

山本 理顕氏[建築家] ✖ 長谷川 浩己氏[ランドスケープ アーキテクト] ✖ 井関 和朗氏[UR都市機構東京都心支社 技術監理部長]

第5回のインタビューは、東雲キャナルコートにマスターアーキテクトとして関わった建築家・山本理顕氏、ランドスケープアーキテクト・長谷川浩己氏、UR都市機構・井関和朗氏にお願いし、都市デザインチームの木下庸子氏を交えて東雲キャナルコートでの試みと、都市デザインの今後の課題についてお話をお伺いしました。

  • 山本 理顕氏 Profile

  • 長谷川 浩己氏 Profile

  • 井関 和朗氏 Profile

聞き手 UR都市機構 都市デザインチーム チームリーダー 木下 庸子

  • 木下 庸子 Profile


プロジェクトのはじまり

山本 理顕氏

木下:今回は初期の頃を思い出しながら東雲キャナルコート(以下:東雲)を題材にみなさんとお話したいと思ってます。都市デザインはやはり、建築家やランドスケープアーキテクトが議論するタイミングがすごく重要だと思います。東雲のプロジェクトは、そのタイミングが早かったと思うのですが、どのよう
な経緯でこのプロジェクトはスタートしたのでしょうか。

山本:たしか僕が連絡をもらったのが、埼玉県立大学の現場にいた時です。東雲全体をつくるにあたって公団(注:当時)側も何人かにヒアリングされていて、僕はそのとき、「マスターアーキテクトは必要だ」と答えました。複数の建築家が関わる場合、それぞれのメッセージを公団側に伝える役割がやはり必要ですよね。公団側の初期の計画イメージは、ニューヨークのブロードウェイのような街だったのですが、それがうまくいくとは思えなかった。かたちを真似るよりも、公団として新しいライフスタイルをつくっていけるはず、そう思っていましたし、東雲が完成してしばらくすれば社会全体の高齢化がかなり進んでくる、そういうことが予想できましたから、僕は車椅子や高齢者の人がいてもスマートに見える街並みがあるんじゃないかなとそのとき思ったんです。そういう人たちへの生活支援施設が一緒になっている新しい都市環境になったらすごくおもしろい。おそらく公団の人たちも、同時にそういうことを考えていたのだと思います。ただ、最初の発想としては、ブランド製品のようなものをつくることで魅力的にできないかという話だった。この場所はそれほど有名な場所ではありませんからね。でも、僕はデザイナーズマンションを東雲でつくるのではないと思った。そういう話をしながらプロジェクトがスタートしたと思います。

長谷川 浩己氏

長谷川:ランドスケープアドバイザーも同じように何人かの候補者にヒアリングしていて、僕もそのなかに含まれていました。ランドスケープアドバイザーをこんなに早くから探しているなんてりがたいと思いましたよ(笑)。

木下:そうですよね。すごく早い段階からですね。

井関:東雲のように新しいプロジェクトを立ち上げるときには、新しい居住というマーケットに加えて、新しい施設群など、幅広い意味で都市を語るために何人かに最初に御相談したのだと思います。私は最初の頃に、目標・目的を共有したいですねというお話を山本さんとした記憶があります。ガイドラインも何もなかった時期のことですが、そうあるためには誘導型ガイドラインでありたいと思っていました。ですから、最初の出発はA4一枚に箇条書きのメモを書いたぐらいです。東雲ではこうありたいという目標だけをまず挙げて、それをどう実現してくかはこれから議論していこうと。

長谷川:基本的な軸となるものは実際には井関さんが書かれたメモだけでしたね。それをベースに僕らが話し合いながら、イメージスケッチを付けたり、イメージを膨らませるキーワードを早い段階から出して具体的な内容を加えたり……。そうしながらだんだん膨らませていった。

木下:それが結果的に、ひとつの、とてもやわらかいガイドラインになったと。それだけ早いタイミングで主要メンバーが関われたことがとてもいいことだと思うし、東雲に対する意欲やエネルギーを改めて感じますね。

井関:他にも要所要所にキーパーソンとなる人がいて、今思えば、そういう人も含めたみなさんのエネルギーが爆発した創造型デザインガイドラインだったと言ってもいいでしょうね。

デザイン会議の役割と柔軟性あるガイドライン

井関 和朗氏

山本:最初の方向付けがうまくいったんだと思います。前段にまちなみ企画会議という会議があったのですが、その後に続くデザイン会議まで、一貫して同じ方向を共有できた気がします。

木下:デザイン会議での議論は楽しかったですね。1ヶ月に1度ですがとても有効な会議で、6つの街区の設計者が共有感をもっていたし、同じような価値観をもっていたと思います。

井関:そうですね。設計者が決まってから、企画会議で育ててきたイメージをデザイン会議で共有しつつ話し合って膨らませていただきましたね。

長谷川:東雲は建築家・デザイナーも含め共通のビジョンをもつ人が集まって、なおかつクライアントにあたる人はひとつのセクションだった。そういう人たちが集まって、あるビジョンの上で話し合っているのはやっぱり楽しいじゃないですか。僕はビジョンを最初に共有するのはとても大事だなといつも痛感しているのですが、そういう意味でも東雲はおもしろかった。

山本:井関さんが先ほど誘導型と言いましたけど、6つの街区を担当する設計者たちがデザイン会議で話し合って決めたことが結果的にガイドラインになればいいと僕は思っていたんです。例えば、幕張は最初に決められたガイドラインに従ってデザインされていますよね。それはとてもしっかりできているけど、見方によってはひとつひとつの街区に強い拘束力を与えていますよね。

木下 庸子氏

木下:幕張と東雲のガイドラインを比較されましたが、幕張のようなガイドラインが都市景観をつくる上で必要なケースもあるとお考えでしょうか? すべてのプロジェクトで意識を共有できるとは限らないわけですから、ボトムアップを図るためにある拘束力をもったガイドラインが必要とも考えられますよね。東雲のガイドラインは、6つの街区の設計者が意識と価値観を共有していたから成功に繋がった気がするんです。そうすると、ガイドラインも使い分けなくてはいけないのかなと思うのですが。

山本:東雲に限らず柔軟性が必要だと思います。全体計画をつくる側はそれを受け取った側から批評されるという構図があるべきで、絶対的に上から見る視点が正しいとなってしまうのは危惧すべき。そうならない仕組みが東雲ではできたと思う。つまり、公団全体が決めたことに対して設計者がレスポンスを返せた。それが素晴らしいと思います。

長谷川:ランドスケープのアドバイスもどんどん意見を述べて、変えていきましたよ。実は最初はロの字型で囲う形式だったのですが、最初に集まってみんなで見たときに、ロの字型を少し開放的にという意見にまとまった。集まったみんながそう思ったから、それが最初のコンセンサスになったと言っていいでしょうね。そういうことがおこなわれていたわけです。

木下:たしかにそのフレキシビリティは必要ですね。そこが最終的な建築としての結果としていい方向にいったのかなと。同じくグランドデザインにおいてもそう。ベーシックなレベルにおいて、共有する価値観があったこと、それが都市デザインを考えていく上ですごく重要ですね。

井関:まったく同感です。山本さんと長谷川さんには形をなさない全体イメージをうまく束ねていただけだと思っています。

ルールづくりと成果

木下:東雲でのルールづくりについてもご苦労があったと思います。完成後も、都市デザインチーム発足時の2年前には、東雲は特殊解だという見方が強かった印象がありますが、この2年でその考え方がだいぶ変わりましたね。賞をいただいたのもいい方向に向いたと思います。東雲は都市機構の特殊解じゃないという意識が高まってきたような気がしています。

山本:新しいルールづくりはかなりうまくいったのではないかと思います。だって、東雲の容積率は400パーセントですから。その容積率は従来の方法のなかでつくろうとしたらとてもじゃないけど解けませんよ。

井関:チャレンジせざるえないと言いますか。解けない数字をもらったのが逆によかったですね。従来のように超高層を建ちあげて、広いオープンスペースとウォーターフロントのランドスケープを目指さずに、超高層ではない高密度な街づくりに取り組みたいという当時の公団の要望を、山本さんたちはうまく解いていただいた。結果的に超高層が一般解ではないということを示せたと思うのですが。

コモンテラスに面した住宅

山本:景色と日当たりと広さというマトリックスで住戸の賃貸コストを決めたことも、ひとつの功績ですね。子どもがいたら北側で狭い住戸に住めるわけがない。だから、当然違う使い方を誘導してくる。使い方の多様性を誘導してもらえたから、SOHO的な使い方に対する説得力も増したと思う。各建築家が多様な住戸ユニットを提案するときも、やりやすくなりましたしね。

井関:標準的と思えるものと新しい試みの比率を比較的多くの人が賛同してくれるように定めたことも大きかったと思います。

山本:1街区では、シースルーの玄関ドアやバルコニーに面したお風呂とか、なにを標準にしていいかわからないものがありました。最初はシースルーの玄関ドアは標準じゃなかったんです。でも、それよりも窓辺に水回りを配置することを標準じゃなくしよう決めた途端、シースルーは標準になってた(笑)。だんだん標準がわからなくなってくるよね(笑)。

バルコニーに面したユニットバス

長谷川:より過激にいけば、その昔の過激が普通になっちゃう(笑)。

井関:従来は日照を基本とした指標ですが、東雲では4時間日照が場所によっては難しい。だから他の指標をつくらなければいけない。最終的には日照と前面の開放性を組み合わせることになったのですが。それから、感覚的にうまく解けていると思うユニットを並べてみたんです。そうしたら概ねバランスがよかった。だから、全体としてはそこに多様なライフスタイルユニットを当てはめれば全体が解けると思ったわけです。

木下:北向き住戸が都市のなかでは充分成立するわけですから、東雲をきっかけに、南面信仰に対する別の見方が社会に少し普及していくといいですよね。そういう新しい評価方法も標準解となる方向に向くといいですね。しかもその多様性が、住人の生活を見るとよくわかる。以前、東雲における住まい方調査を都市機構がやったのですが、ここに住んでいる人たちは、どうぞまた来てくださいと言ってくれたそうです。みんなが喜んで住まいを見せてくれる。私はそれを聞いて、住まいに対する意識がみなさん素晴らしいと思いましたし、外で子供がボールを蹴って楽しそうに遊んでいるのを見かけると、東雲はそういうことを自由にできる、そう思わせる空間なんだなと感じました。

シースルー玄関

長谷川:僕もある大学の学生による入居後調査を聞いたことがあるのですが、季節は関係なく外部人も東雲に散歩にくるそうです。それからブリッジがけっこう使われていて、乳母車を押したお母さんがわざわざエレベータで乳母車ごと2階に上がって、2階を歩いていく。空間を楽しんで使ってもらえているようで、それはうれしかった。
山本:ようするに、どこの場所でも適応できるような便利なルールなんてないわけです。だから、その都度ルールをつくればいい。東雲ではそれができたと思います。結果的には、建築家たちを尊重しようという意志があることを公団側に感じました。途中はいろいろありましたが(笑)。実際に設計の側から公団に話ができる仕組みがだんだんできあがっていったと思いますし、そういう新しいつくり方が実験できたと思います。

長谷川:そういうことも含めて標準解にならないとダメなんですよね。

ランドスケープデザインが繋ぐ「図」と「地」

木下:長谷川さんが個性の強い街区デザインをうまく繋げてくれたと感心してしまうのですが、そこがキーポイントで、これから都市機構がつくっていくべき都市景観も、造園的なアプローチとランドスケープ的なアプローチとを整理する必要があるのかなと。長谷川さんはどう考えていらっしゃいますか?

長谷川:喩えるなら造園は宮大工、ランドスケープアーキテクトは建築家かもしれません。作庭は長い歴史がありますから、石の打ち方に始まるようなルールのなかで、一体どう自己表現するか。俳句や短歌もそうですよね。僕の考えは誤解を招くかもしれませんが、ランドスケープに携わる人間にとって建物と1本の木は、ある意味で等価なんです。ランドスケープとは結局はモノとモノの関係なので、その中では建物も、1本の木も、それぞれが自己主張している。道も運河もすべて。じゃあ、そのなかでどうすればおもしろくなるのかなと考えるわけです。

山本:僕はその考えがよくわかるんだけど、建築もランドスケープの一部だという感じがするよね。1本の木と等価な建築が、だんだんおもしろく見えてきたし、1本の木のことを考えなければいけない時代にもなっている。そういう意識が建築家もはっきりしてきていると思います。建築家もランドスケープ全体を考える。その中で建築を考えるという構図になっていると思います。

井関:東雲にはそういうことが感じ取れる場所がいくつもありますが、例えば、森の広場で木を1本だけS字路のなかに飛び出すように配置しましたよね。長谷川さんの仕掛けに僕らは見事にはまって、心地よいわかりやすさを感じますね。

S字街路

長谷川:僕もS字路のなかをすっきりさせたのは正解だったと思います。ランドスケープデザインを感覚で言い表すと風景の中を「泳いでいる」感覚で、東雲でも僕は喩えれば泳いでいた。泳いだ先に何があるのか。つまり、視線の先に何が出てきて、出てくるものをどう取り込むか。また、取り込めない場合はどのレベルでOKと判断するか。その作業です。何かを操作すれば、ある状態が変化して良い状態になるかもしれないとも考える。

井関:S字路の幅を決めることには、ものすごく悩みましたよね。地区計画上は6メートルあればいいわけですが、それに従ってつくってしまうと少し狭い。下町的と言いましょうか(笑)。でも、10メートル幅はまさにデザイン会議のエキスパートジャッジでした。しかも、S字路が真ん中でいったん緩まり、隈さんが設計した大階段や山田さんのステップガーデンといった建築的な装置でやわらかく繋ぎながら、最後にキュッと締まる。その息づかいが今となってはすごくよかったと思うのですが。

長谷川:すべてを想定できていたわけではなかったのですが、建築家への提案も僕からしました。例えば、木下さんらADHと隈さんには辰巳運河に向けて階段がほしいとお願いしたのですが、隈さんは階段を出したいと言ってきてくれた。ですから、運河側の緑道の終点には必ず階段があり、そこで座って運河を眺めることができる。ようするに一服するスペースです。小さな池を中につくるより目の前にある運河を中に引き込んだほうがおもしろい。高密な街区だからこそ、フレームされた外の世界を引き込んで本当のキャナルを感じる場所をしつらえれば、キャナルコートの雰囲気を味わえるだろうと思ったんです。

山本:階段を引っ込めてほしいという意見がデザイン会議でも話題に出ましたけど、結果として階段が出ていてよかったと僕は思います。東雲では早い段階から建築家が参加していて全体のビジョンを共有し、だからこそ個々のイメージをつくることが出来たわけですから。

次のステップに向けて

木下:ガチガチに拘束されるといい結果も出ない。それから、出てきた提案に対してその良し悪しを判断できる判断力も必要ですよね。東雲の場合はデザイン会議がその場だったと思います。そういう経験を今振り返ると東雲のプロジェクトで学んだことを次のステップに繋げたいと思うのですが。

山本:東雲で獲得した資産を都市機構には大事にしてもらいたいと思います。東雲をつくったことで、この次はもっとできるという手応えは僕らにもあります。東雲は、400パーセントで14階建てていますが、以前はこのようなケースは考えにくかったと思います。例えば、かつての都内の大規模団地は東雲よりも高層で、容積率200%ぐらいですよね。それに対して東雲は400%ぐらい。結果として以前よりも高密度でありながら、やさしい街並みになったと思います。そのことによって、これまでの計画者が考えていた密度感覚がかなり修正された。建築ボリュームとしての400パーセントはかなり高密度ですから、もう少し密度が低い計画だったらまた違う可能性が考えられる。災害が起きたときもアクセス可能な高さでも可能性がある。もはや超高層で街並みをつくることはうまくいかない。そのことに多くの人が気付いています。東雲は第一号のモデルなんだと位置づけて、これからの新しい都市モデルをつくるべきですよ。

木下:時間がかかると思いますが、きちんとやっていかなければいけないことですね。長谷川さんはどうお考えですか?

長谷川:夢に近いことと思われるかもしれませんが、環境も含めて市場原理に組み込みたいですね。結局、民間ベースの事業は場所の魅力に依存したものを売っているにもかかわらず、その場所を壊していく。なぜかと言うと、事業のリターンに時間がかかるのを嫌っているからです。短期的な市場原理でしか動かないので、結局、今ある資産を食い潰して虫食い状態になっていくんです。僕は観光地での仕事も多いので、それは強く感じています。全体の環境がよくなれば市場価値も上がるんだよと示せるのは、民間ではなくて都市機構のような存在です。要するにある「部分」の利益を、より大きい「全体」の利益に合致させた方がより安定した利益を得られる。ということです。そのモデルをつくって示してあげれば、民間にも分かってもらえる気がしています。
それから、都市機構はいわば大きな「面」を1つの組織として扱える存在ですよね。行政をはじめ、組織内においても色々な部門との接続点があり、一元的に取り組める環境にある。でも、今の体制では部門ごとに独立していて、連携はかなり苦しく、効果的に機能していないと思います。やはり横に動ける体制づくりをお願いしたいです。

木下:たしかに東雲は、「地」のデザインと「図」のデザインの両方がすごく融合した例ですよね。ただ、必ずしもすべてのプロジェクトがそうなるわけではない。だからこそ、「地」のデザインをしっかりやる大切さがあると私は思っています。それが都市デザインのひとつのアプローチなのかなと。「地」のデザインには行政との調整が重要なポイントとなりますが、それは都市機構が積極的に関われるテリトリーだと思います。
私は2年間、都市デザインチームに在籍しましたけど、それまでは自分に与えられた敷地だけを与条件として建物を設計していました。でも、敷地の外も設計のテリトリーであることを、都市デザインを考え始めたことで実感できた。それはよかったと思っています。

山本:この今という時代に何を考えていたか、東雲は100年後に生きている人たちに今の思想を伝えていく建築だと思ってほしいですね。そういう意味で良いところも悪いところも含めて評価してもらいたい。都市のモデルは今後どうつくっていくべきか、そのためにも都市機構はとても重要な役割を担っていると思いますから、ここから是非伝えていってもらいたいですね。

井関:たくさんの課題を挙げてもらいましたが、みなさんの期待に応えられるように自分たちの役割をしっかりと認識して、これをきっかけに次のステップに繋げていきたいと思います。

※本インタビューは木下庸子氏が在職期間中に行われたものです。

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