街に、ルネッサンス UR都市機構

2014年5月UP

~UR都市機構の復興支援~
東日本大震災 UR都市機構初の大ケ口地区災害公営住宅建設に携わって

大ケ口地区災害公営住宅

大隈 健五[UR都市機構 岩手震災復興支援本部住宅建設チーム 主幹]

大隈 健五

大ケ口地区災害公営住宅がある大槌町は、岩手県沿岸南部に位置します。
大槌町は、東日本大震災の津波により住宅地・市街地面積の約50%のに当たる4kmが浸水し、家屋被害は、3878棟でした。犠牲になられた方々は行方不明者を含め1200名を超え多大な被害を受けました。謹んで、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。
平成25年8月に完成した、大ケ口地区災害公営住宅(URが被災3県で建設を進めている災害公営住宅で初の竣工)は、大槌町においても初の災害公営住宅で、被災者の生活再建と地域のコミュニティの再生を図る施設として大きな役割を担っています。また、この災害公営住宅は、周辺のまちなみになじむ低層の木造和風住宅として第8回「地域住宅計画賞(作品部門)」を受賞しました。
そんな、大ケ口地区災害公営住宅建設に携わったUR都市機構担当の大隈氏が語ります。

  • 大隈 健五 Profile

(2014年3月 インタビュー実施)

建設(受託)の経緯

大槌町とURは、平成24年4月に災害公営住宅の整備に係る基本協定、平成24年7月に大槌町復興整備事業の推進に関する協力協定を締結し、相互協力の下、復興まちづくりを推進しています。
現在、5地区において災害公営住宅の調査・設計・建設を行うほか、復興市街地整備事業 1地区の事業を行っています。
大槌町大ケ口地区の災害公営住宅は、浸水被害に遭った町営住宅の土地を災害公営住宅用地として使用できたこともあり、いち早く建設に着手することができました。

東北MAP
大槌地区 ※平成26年3月現在

着任時に町を訪れて

初めて大槌町を訪れた時、瓦礫は既に撤去が進んでいましたので、一見、静物画のように落ち着いて見えましたが、ふと基礎だけになった住宅跡に供えてある花とオモチャに気づき、多くの人命が失われたのだと一気に現実味を帯びた気持ちになりました。 そのあと、大槌町役場の裏の山に登って町を見渡すと一面の荒地でした。
今回の事業は、ここに全面的に盛土を行い、新しいまちを作ろうとするものです。これから自分が携わろうとしている事業の重要さを実感しました。また、このような大きな事業を可能にする土木技術と、それを生み出した人間の力強さを感じました。

大槌町の人々や町の魅力

大ケ口町のまちなみ

この町は魅力的な自然・文化・歴史を持っています。当初、設計のベースとして「大槌らしさ」を明確にする必要がありましたが、文献や地元の方への聞きとりを行い、多くの特長的事象を挙げることができました。大槌の方からは、郷土愛を感じます。町役場や工事現場、昼に行く定食屋などで地元の方と雑談すると、それを実感します。
「昔の町がどうだった」という話題になると、言葉は尽きません。町から都会に出たとしても、盆暮れ正月には町に戻ってくる方も多いと聞きます。新しくできる町も、被災前の町のように愛される町になってほしいと思います。とても魅力的な町なので仕事にやりがいを感じます。

地域特性に配慮したデザインコンセプト

大槌町の森林は町の面積の88%を占めています。そんな豊かな自然の中で、地域のシンボルとしての景観形成となるように、地元産材を活用した木のぬくもりを感じられる低層の和風住宅としました。
地域住民や居住者同士の交流ができる配置計画として、団地の入口には地域全体の交流の場となるような集会所と広場を配置しました。また、中央のコミュニティ広場では、居住者が水遊びや散水に利用できる手押しポンプ式の井戸を設置しており、日常のコミュニティ形成に役立つことが期待できます。
居住者の交流を生むすまいづくりのために、各住戸の南側に縁側を設置、歩行者と居住者のコミュニティが生まれるような適度な住棟間隔、プライバシーに配慮した緩衝帯としての緑地空間を計画しました。また1DKの単身世帯住戸と2DKなどのファミリー世帯層住戸を連接させて世帯が偏らない構成としました。

配置図
立面図
平面図
平面図
集会所・広場
井戸
縁側空間
緑地空間

和風を基調とした経緯

志和城の復元された政庁南門

「和風」の発端は、碇川大槌町長の「城のようなイメージ」でお願いしたいという一言でした。岩手赴任直後で頭に浮かんだイメージは、天守閣がそびえる「お城」でした。しかし東北では、『根城』(青森県八戸市)や『志和城』(岩手県盛岡市)などが「城」のイメージであることを知り、設計着手しました。
そのほかにも「和風を感じさせるには」さらに「大槌らしさ」などの難題に当時の災害公営住宅担当メンバー全員で知恵を出し合い、「大槌らしい住まい」を生み出しました。
「和風」の建物は、木を用いたデザインが条件となりますが、雨が当たる部分に木を使用すると、数年に1度の塗り替えが必要となり、町営住宅では管理しきれないのが現実です。そこで維持管理を優先して漆喰調・木目調の壁は窯業系外壁材を使用する工夫をしています。内装材や柱や梁などは大槌町産材(杉材)を積極的に使用して住宅内部は木の香りに満ちています。地域の資源を最大限に活用することで地元産業の活性化を期待しました。

志和城の復元された官衙建物
木の香りに満ちた住宅内部
地元産材の活用

災害公営住宅の完成

大ケ口地区災害公営住宅

被災県では建設関連の資材、労務の需要がひっ迫していますが、大ケ口地区も例外ではなく、工程管理、資材・労務不足などに苦労しました。入居直前までは綱渡りで、時には職人が見つからず工事は遅れがちでした。
しかし建設業者とURの工事監理部門の努力と、関連する各分野のみなさんの協力により無事に入居を迎えることができました。

復興現場において景観デザインに取り組む意義

応急仮設に住んでいる方々が多数いるという状況からすれば、災害公営住宅は、デザインなど二の次で、とにかく早く、安く、となってもおかしくないところです。
工期短縮やコスト縮減を求めるならば、新建材で作るメーカー仕様のプレハブハウスのほうがいいかもしれません。 ですが、大槌町は災害公営住宅に「和風」デザインを求めました。また、地元の木材の使用に拘りました。大ケ口地区の内装は「真壁風」として、柱材が見えるようにしました。 これらは、大槌町が「よい町をつくりたい、故郷として愛せる町にしたい」と強く希望していることが具現化したものだと思います。このあたりは、歴史と文化を持っている大槌町ならではの、ふところの深さだと思います。 デザインに拘った効果は、時間が経たないと評価できないと思いますが、大ケ口地区は、関係した者の思いが込められた住宅です。少なくとも「愛される資格」はあるのではないでしょうか。

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