街に、ルネッサンス UR都市機構

~市民の視点が変えてゆく日本のまち~
建築物の価値を再確認する「まち歩き」というアプローチ

劇場建築の内部設備の見学劇場建築の内部設備の見学 管理に当たっておられる方の解説を伺いながら(photo: open! architecture実行委員会)
欧州における建築ツアーの様子昭和初期の百貨店建築の見学 建物関係者による解説つきで
(photo: open! architecture実行委員会)

斉藤 理氏[山口県立大学 准教授、中央大学社会科学研究所 客員研究員]

斉藤 理氏

一般市民の参加による「まち歩き」イベント、その発展形として位置づけられる建築物の一斉公開「オープンアーキテクチャー」。一般市民の視点から再確認する建築物の魅力と、建物を公開することで生まれる所有者の誇りは、日本のまちづくりをどう変えていくのでしょう。まちをもっと美しく、魅力的なものに変えていく「まち歩き」の可能性について伺いました。

  • 斉藤 理氏 Profile

(2012年3月 インタビュー実施)

建築物の持つ多様な価値をどう見極め、共有するか

一般の人に、建築物の面白さを知ってもらいたいというのがまち歩きを始めたきっかけです。建築物は、地域特性や気候風土、社会構成など、どこに立てられたか、どういう素地に建てられたかによって、意味や価値が変わってきます。例えば、近代建築をまったく気候風土の違うところに持っていっても、社会構成や規模に適していなければ価値は生まれません。同じ建築物であっても、ソーシャルネットワークが未熟であったり、適切でないところでは、建築物の価値は下がってしまう。逆に、良いソーシャルネットワークがあれば、建築物の価値をいっそう引き上げることができます。ですから、建物の魅力だけではなくて、どういうネットワークの中に建てられているのかという視点から、まちを見る機会を提供するのが「まち歩き」です。
例えば、住まう人の視点から建物の価値について考えてみると、住んでいる人が創造的で、建物の魅力を十分に知っている。それを誇りとして人にも説明できる。そういうことが快適な住まいをつくることにつながると考えています。
創造的に住むということについて、日本とも関わりの深いドイツ人建築家ブルーノ・タウトは、20世紀のはじめに書いた住宅論の中で女性に対して「近代人になりなさい」といっています。「ガラクタを捨てよ」というメッセージなのですが、簡単にいうと、例えば古い掛け時計や、曾祖母から受け継いだ銀食器といったものを大切に維持することが家の快適さを維持するのではない。女性たちの家事の負担になるこうした物を捨て、その空いた空間に色を塗る自由を得よう。自分の家のしつらえを、色彩を通じて自由に表現して、住みよい家をつくろうじゃないかということです。タウトがいいたかったのは、住み手がつくり手になるということだと思います。まち歩きは、こうした地域特性や周囲に形成されるソーシャルネットワーク、利用する人の視点などにどんな価値を見ていくかを、参加者である一般の方に説明しようという試みでもあるのです。

所有者の意識が変わることでさらに広がる可能性

数年前、東京駅前の中央郵便局を建て替えるか文化財として残すかが話題になりましたが、多くの人の素朴な疑問は、あの一見近代的な建物に一体どんな文化的価値があるのかということではなかったでしょうか。かつてタウトは、日本の文化が育んできた簡潔性、簡素さを表現した建築物として高く評価しましたが、彼が評価したおよそ70年前から建て替えの議論が起こるまでの間、私たちは、あの建物に無関心だったのではないかと思います。建築物を残すか残さないかという議論の前に、建物の文化的意味や建築家の設計思想、どういう背景があるのかを知ろうとしなかったのではないか。こうした事例以外にも、無関心なまま周辺を歩き、知らないうちに前を通り過ぎている建物は多いはずです。であれば、そこに視点を向けていくことでまちはもっと変わるのではないか、能動的なつくり手の目線でまちを見るということが必要なのではないかという想いが、建築物の魅力を紹介するまち歩き企画「東京あるきテクト」の活動の基盤になっています。
それまでも建築家のグループだけでまちを歩く機会はありましたが、一般の皆さんに参加してもらうのは初めての試みでした。当初のプログラムは、装飾性や建てられた背景などを説明しながら、1時間から1時間半ほどまちを歩くというものでしたが、建築や都市について誰にでも分かるように平易に解説するという活動を通して、スタッフである私自身や学生たちにとっても大きな学びの機会になるものでした。こうしたまち歩き企画を数年間継続させた後、今度は、見学対象の建物の所有者者や施設関係者に見学の許可をもらうだけではなく、所有者や施設関係者にとってもメリットのあるような関係を構築できないだろうかと考え、「オープンアーキテクチャー」という建物公開・見学プログラムを始めました。オープンアーキテクチャーでは、見学コースを施設の方と相談しながら設計し、各施設の方に解説してもらっています。ですから、施設の方にとっては、普段何気なく見ていた建物の文化的な価値に気づく機会にもなります。実際、ある百貨店では、オープンアーキテクチャーをひとつのきっかけとして、定期的に顧客向けの見学ツアーを実施するようになりました。建築物の価値もブランドを高めるのに有効だと判断された結果だと思います。
建物を一般に公開することは、こんなふうに所有者がその価値を実感する機会であると同時に、その他にもさまざまな可能性を持っています。例えば、ドイツを始めとしたヨーロッパの都市では、毎年9月に記念物公開の日が定められていて、ひとつの都市で数百軒もの建物が公開されるのですが、担当者に訊いてみると、運営側が依頼するのではなく所有者が自ら公開を希望するようです。なぜかというと、自分の住まいや自分の所有している建物に対して誇りを持っていることはもちろん、パンフレットなどに掲載されることで自分の家は由緒ある建物だという証明にもなりますし、不動産としての価値を高めることにもつながるからです。普段使われていない建物であれば、いわゆるデベロッパーからレストランや住居に改装できないかといった要望が寄せられて、次のまちづくりを考える機会にもなります。ですから、建物を一般に公開することは、誇りを実感できるだけでなく、具体的な経済価値を生み、次のまちづくりを考える機会にもなります。そんな状況が生まれれば、日本のまちづくりも新たな局面を迎えるのではないでしょうか。

まちあるきマップ
「open! architecture 2010」パンフレットより
「open! architecture 2010」パンフレットより

ソーシャル・キャピタルを高める 人と建築物との関わり方

私たちが手がけた建物公開イベントでは、かなり遠方から飛行機や新幹線を使って見学に訪れる方も見受けられます。建物が持っている、人を惹き付けるマグネットのような力にいつも驚かされます。このような建物見学に駆り立てる行動をどのように見極めることができるかというと、例えば、トラベルコスト法というものがあります。これは、交通費など、その建物を観るために投資した金額から価値を算出するもので、簡単にいうと新幹線や飛行機を使ってでも観たいという建物であれば、そのコストに見合った価値が認められるということになります。今後、こうした分析法をも援用しながら、建物の文化的価値についてきちんと紹介する仕組みを徐々に整えていくことができないかと考えています。日本の建築物はまだまだ紹介する余地があると考えます。
今日、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)という考え方が注目を集めていますが、このソーシャル・キャピタルの基盤のひとつとなるのは、こだわりや興味関心の強さ、関心を共有する層のつながりです。ですから、トラベルコスト法に照らして価値が高い建物は、その周縁のソーシャル・キャピタルをも高める可能性があるといえるでしょう。飛躍にすぎるかもしれませんが、従来、駅からの距離などといった、いわゆる社会資本(インフラ)に基づいて価値付けがなされてきた建物が、これからは、どれだけソーシャル・キャピタルを高めることができるものか、つまり関係する人と人とのつながり(ネットワーク)が強いかで価値付けがなされていくようになると思っています。こうした考え方に立てば、これまで、地域や行政単位で行われていたまちづくりに少し違った視点がもたらされてきます。それは、その建築が好きとか、文化財的な建物が好きとか、新しい建物が好きといった多様なつながりによるものですから、必ずしも地域性に依存しません。
例えば、言葉が適切かどうかわかりませんが、団地マニアといったつながりです。団地に住む人だけではなく、団地が好きだという人々のネットワークが建物をめぐる文化的な側面をサポートしてくれるのではないでしょうか。居住者が自らの住空間に誇りを感じたり、互いに協力しながらより良い環境を創造していく流れをつくったり、こうした動きを外部から支え、高める役割を担うようになっていくのではないかと期待しています。

まちを見つめることで見えてくる建築物の価値

東京あるきテクトのまち歩き企画やオープンアーキテクチャーなどの取り組みは、一般の方の目線で解説することによって建築を学ぶ者の学びの機会となるものですし、またソーシャル・キャピタルの構築にもつながっていくものであると考えますが、もうひとつ、観光の観点からも意味があります。文化観光(カルチュラルツーリズム)を促進する動きが近年盛んになっていますが、これを高めていくことにもつながるからです。
ドイツの事例ですが、北部にリューベックという旧市街全体が世界遺産に登録されている港町があります。そこでは、以前、外国人に対して「世界遺産のまちにどうぞ来てください」というメッセージを発信していたのですが、そうするとツーリストたちは、美しい街並みの表層だけを観て帰ってしまう。そこで、世界遺産ということをことさらに強調することを止め、文化観光の視点から丁寧にまちを歩いて紹介するツアー等を展開したところ、例えば、昔ながらの狭い路地にどうやって人が住んでいるのだろうかといったところに興味を持ってもらえるようになった。訪れる人にとっては、表層的な景観ではない、人の営みまで含めた景観というものを楽しむことができ、住民にとっては自分たちの地域に誇りを感じることができる。住民のありのままの生活が、貴重な観光資源になっているという事例といえますが、ガイドが一方的に説明するのではなくて、建物の持ち主や住み手が案内役となるオープンアーキテクチャーの取り組みは、日本国内での、こうした取り組みの先駆けになるものではないでしょうか。文化観光という領域を介した、人々と建物との出会いは今後も模索されていくべきテーマだと思います。
ところで、上の例のような歴史があって、文化資源の豊かな地域ほど新しいまちに比べて、先ほど申し上げたソーシャル・キャピタルの値が高いというデータがあります。もちろん、新興地域ではソーシャル・キャピタルを高められないかというとそうではなくて、ソーシャル・キャピタルを高めていくために、面白いものや興味深いエピソードを掘り起こし、文化観光の流れをつくっていくことが有効でしょう。やや抽象的な表現になりますが、建築物というのは、それぞれの地域の個性を養分として生まれてきていますから、建物を見学することを通して、そのまちの文化性そのものに触れることができるのです。
今後、日本の都市が発展の時代を終え、徐々に縮小していくなかで、都市の何を残し、何を壊すかという選択が迫られるようになっていきます。その取捨選択は基本的には世論が判断していくことになりますから、一般の方々が建築物の価値を知っているか知らないかが、世論を形成する上での大きな要素になるはずです。だからこそ、まちを表層的にではなく、まちをつぶさに歩いて読みとき、興味深い文化的資源の存在に気づき、それを掘り起こせるような「眼」を養う必要があります。そうした意味において、まち歩きやオープンアーキテクチャーといった、建築の専門家が広く一般の皆さんに働きかけるような取り組みは、これから益々求められてくるようになると思っています。

建築家の自邸にて設計資料などを参照しながら見学
(photo: open! architecture実行委員会)
昭和初期の百貨店建築の見学
建物関係者による解説つきで
(photo: open! architecture実行委員会)

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