復興支援だより 宮城・福島震災復興支援本部から

東日本大震災の復興支援について現地の姿をお伝えします。

2016年03月

2016/03/15

宮城県内最大級の災害公営住宅「多賀城市鶴ケ谷地区(市営鶴ケ谷住宅)」で入居開始

3月15日(火)、多賀城市鶴ケ谷地区の災害公営住宅で入居式が行われました。

テープカットの様子。入居者代表の方々の笑顔が印象的でした

<テープカットの様子。入居者代表の方々の笑顔が印象的でした>

鶴ケ谷地区は、宮城県内最大級の災害公営住宅で、RC造4~8階建計4棟からなる274戸(1LDK27戸、2DK156戸、3DK80戸、3LDK10戸、車いす使用者向け住宅1戸)の集合住宅です。当地区は、津波から避難できる高台の少ないエリアに立地していることから、津波避難ビルとしての機能を有しており、住棟内には一時避難のための防災倉庫等が備えられています。また、地区内の集会所や広場等は、居住者のみならず地域住民にも開かれており、居住者と地域住民の交流の場として機能することが期待されています。地区内の動線については歩車分離を図ることで、歩行者の安全を確保し、近隣住宅エリアへの圧迫感を軽減するため、住棟を近隣住戸から十分離して整備するなどの配慮も行っております。

鶴ケ谷住宅の外観。津波避難ビルとして、建物両端の階段は開放されています

<鶴ケ谷住宅の外観。津波避難ビルとして、建物両端の階段は開放されています>

地区内では車道(白色部分)と歩道(オレンジ色部分)が分離して整備されています

<地区内では車道(白色部分)と歩道(オレンジ色部分)が分離して整備されています>

住棟西側(画面右側)の戸建て住宅エリアから約30mの距離を確保しています

<住棟西側(画面右側)の戸建て住宅エリアから約30mの距離を確保しています>

式典では、多賀城市の菊地健次郎市長は予定どおり竣工したURへの適切な施工管理と工事関係者への謝辞を述べられたあと、「当住宅は、地域に開かれた集会所や広場、そして地域のための防災設備を有している。入居者だけでなく、地域にとって重要な施設となることを期待する」と、当住宅の役割への期待を述べられました。

ご挨拶をされる菊地市長

<ご挨拶をされる菊地市長>

また、UR宮城・福島震災復興支援本部の稲垣満宏(みつひろ)本部長からは「仮設住宅等において本住宅を心待ちにされていた皆様へ、この度、ご入居をご案内できる運びとなり、今日という日を無事に迎えられたことを大変喜ばしく思う」と、住宅完成への喜びを述べました。

挨拶をされる稲垣本部長

<挨拶をされる稲垣本部長>

最後に、入居者代表の方々からは「震災復興事業について、テレビ報道等で資材・人員不足が叫ばれていたことから、鶴ケ谷住宅への入居時期が遅れるのではないかと心配していた。工事関係者の皆様のおかげで、遅滞なく本日の入居を迎えることができ、感謝をしている。一日でも早く、住民同士協力し、良い環境を築いていきたい」と、入居への喜びと今後の生活への抱負を述べられました。

ご挨拶をされる入居者代表のお二人

<ご挨拶をされる入居者代表のお二人>

式典の終盤では、UR・市から入居者代表へ鍵の引渡しを行いました

<式典の終盤では、UR・市から入居者代表へ鍵の引渡しを行いました>

鶴ケ谷住宅の完成により、多賀城市内で整備する災害公営住宅は宮内地区のみとなりました。URは引き続き、宮内地区の災害公営住宅の竣工に向け、取り組んで参ります。



2016/03/18

JR東日本から感謝状が贈呈されました!

3月18日(金)、JR東日本から感謝状が贈呈されました。
これは、JR石巻線女川駅、JR仙石線野蒜(のびる)駅・東名(とうな)駅の3駅がURが整備する復興市街地整備事業地区内に存し、市町、JR、URの3者が、工事の細緻なスケジュール調整など、うまく連携し、計画どおり運転が再開されたことを受けて、贈呈されたものです。

左から後藤女川復興支援事務所長、熊本JR東日本常務執行役員、稲垣本部長、吉田市街地整備部長、清水東松島復興支援事務所長

<左から後藤女川復興支援事務所長、熊本JR東日本常務執行役員、稲垣本部長、吉田市街地整備部長、清水東松島復興支援事務所長>

女川町の中心部に位置する女川駅は、昨年3月21日、JR石巻線の最後の復旧区間である浦宿駅~女川駅間の開通に伴い営業を再開しました。駅の再開により、女川町は新たな一歩を踏み出しました。その後、12月23日には女川駅前商業エリアが開業し、着実に賑わいを取り戻しています。

3月21日、女川まちびらきの様子。駅舎は世界的建築家である坂茂(ばんしげる)氏の設計(写真提供:㈱新潮社)

<3月21日、女川まちびらきの様子。駅舎は世界的建築家である坂茂(ばんしげる)氏の設計(写真提供:㈱新潮社)>

東松島市内に存する野蒜駅と東名駅は、津波により大きな被害を受けたため、JR仙石線は高城町(たかぎまち)駅(松島町)と陸前小野駅(東松島市)の約12kmの区間が不通となっていました。そこで、その両駅を約500m内陸側のURが被災市街地復興土地区画整理事業を進める野蒜北部丘陵地区の高台造成地内に移設し、5月30日にはJR仙石線は全線営業再開しました。

野蒜北部丘陵地区内にあるJR東名駅。駅前には住宅街が整備されます

<野蒜北部丘陵地区内にあるJR東名駅。駅前には住宅街が整備されます>

贈呈式で、熊本常務執行役員は「石巻線、仙石線全線運転再開に伴い、限られた工期のもと関連工事にご協力をいただき、弊社の事業運営に多大な貢献をいただいた」と謝辞を述べられました。
稲垣本部長は「今後とも連携して東北の復興に向け取り組んでいきたい」と挨拶しました。

2016/03/26

女川町復幸祭2016!

3月26日(土)、今年度で5回目となる女川町復幸祭(女川町復幸祭実行委員会主催)が開催されました。

今年は昨年に開業した女川駅前商業エリアのまちなか全体を使った初の開催となりました。

<今年は昨年に開業した女川駅前商業エリアのまちなか全体を使った初の開催となりました。>

昨年の女川駅舎の開業を皮切りに次々と整備が進む女川駅周辺一体を会場に、
今回も新生女川の復興の過程と町の魅力を発信する場となりました。
(復幸祭の詳細はこちら→女川町復幸祭2016公式HP:http://onagawa-town.com/fes/
当日は、テナント型商業施設シーパルピア女川の商店が地元食材・材料を使った商品を販売した他、
ステージイベントや商品を手作りする体験コーナー等が設けられ、会場は多くの人で賑わいました。

津波避難の教訓を後世に伝えようと始まった「津波伝承 復幸男」(本家西宮神社“福男”公認)。今年は222人の参加者が「津波だ、逃げろ」のかけ声で高台まで走りました

<津波避難の教訓を後世に伝えようと始まった「津波伝承 復幸男」(本家西宮神社“福男”公認)。
今年は222人の参加者が「津波だ、逃げろ」のかけ声で高台まで走りました>

チャレンジステージでは、地元高校生のバンド演奏も行われていました

<チャレンジステージでは、地元高校生のバンド演奏も行われていました>

URは、女川町やJVと共同で女川町の復興の進捗状況を多くの方々に知っていただくためにブースを出店し、来訪者の方々へ女川町の復興について紹介しました。

震災復興まちづくり事業完了後の女川町のジオラマやパネルを設置して事業紹介をしました

<震災復興まちづくり事業完了後の女川町のジオラマやパネルを設置して事業紹介をしました>

来訪者からの質問に応えるUR職員

<来訪者からの質問に応えるUR職員>

用意していた事業紹介のパンフレット500部もすぐに配布が終り、事業内容について熱心に質問される方も多く、女川町の復興まちづくりへの期待の高さを感じました。

URは引き続き、女川町の一日も早い復興に取り組んでまいります。