街に、ルネッサンス UR都市機構

宮城・福島震災復興支援本部から(2014年06月)

2014/6/28

塩竈市浦戸地区災害公営住宅安全祈願祭および着工式の実施

URは塩竈(しおがま)市において、災害公営住宅の建設を伊保石(いぼいし)地区(引渡し済)、錦町地区(建設中)で行っています。この度、浦戸諸島の桂島(かつらしま)地区14戸、野々島(ののしま)地区15戸、寒風沢島(さぶさわじま)地区11戸、朴島(ほおじま)地区5戸の計4地区で45戸の木造戸建ての災害公営住宅を建設するよう市から要望を受け、6月28日(土)、安全祈願祭および着工式が野々島と桂島で行われました。

当日の朝、JR仙石線「本塩釜」駅からほど近くの塩竈港から出航しました。

写真:船<塩竈港から船は出航する>

出航して間もなく、周囲には多くの島々が現れてきました。浦戸諸島は、日本三景の一つに数えられる松島の一部を構成する島しょ群です。

写真:浦戸諸島<船から見た松島湾に浮かぶ島々>

塩竈港から30分ほどして、最初の目的地野々島に到着しました。海辺には住宅も並んでいます。

写真:野々島<船から見た野々島の港周辺の様子>

港から2、3分歩くと、会場である野々島地区災害公営住宅建設予定地に到着しました。

写真:野々島の建設予定地<会場となった野々島の建設予定地>

式典で佐藤昭塩竃市長から「県内外に避難されている島民の皆さまに、震災前と同じように浦戸諸島に戻っていただいて、仲良く明るく元気な地域社会を共に築いていければと思っている。URに、一刻も早く島民の皆さまが安住の地に戻れるようご協力いただいている」とURに対する期待の言葉もいただきました。

写真:佐藤市長<あいさつされる佐藤市長>

続いて、UR宮城・福島震災復興支援本部の稲垣満宏本部長は「私たちURは60年にわたり4大都市圏を中心に約75万戸の団地建設やニュータウンの整備等を手掛けてきた。しかし、島で住まいを造ることは初めての経験となる。そのため、島民や塩竈市職員の皆さまのご意見を様々な場面でお聞かせいただき、それを計画及び設計へ反映させながら進めてきた。今は、被災された島民の皆さまに、一刻も早くより良い住まいをご提供したいという熱意、強い気持ちでいっぱいである」と力強くURの意気込みを述べました。

写真:UR稲垣本部長<着工にあたり思いを述べる稲垣本部長>

安全祈願祭の後は、UR佐藤文昭住宅整備部長から災害公営住宅の計画コンセプトについて説明しました。具体的な例として、住宅の間取りを漁村集落の伝統的な住宅のかたちである田の字型の住戸プランにしたこと、風通しを良くするために納戸の北側と南側の壁に扉を設けたこと、そして震災前のご近所付き合いが再生するように濡縁又はバルコニーを各住戸に設け、日々コミュニティーが醸成されていく仕組みを作ったことなどがあがりました。

写真:UR佐藤部長<災害公営住宅の計画コンセプトについて説明する佐藤部長>
写真:手順5<災害公営住宅の3つのコンセプト>

最後に、地元島民の代表である4地区長に対し、市長から完成予想パースが渡されました。

写真:完成予想パースを手に<佐藤市長(中央)から完成予想パースを受け取った地区住民代表者>

その後、船で移動すること5分、次の目的地桂島に到着しました。

写真:桂島<船から見た桂島>

港から会場となっている災害公営住宅の建設予定地まで徒歩で15分ほど。その道中、海辺に面した平地部では建物の基礎が残っており、住宅が立ち並んでいた様子が伺えました。

写真:桂島の様子<桂島の海辺の様子>

建設予定地は海が臨める高台にあります。ここにURが災害公営住宅12戸を建設する予定です。

写真:桂島の建設予定地<桂島地区の災害公営住宅の建設用地>

会場のすぐ近くには仮設住宅があり、被災された島民の皆さまは今なお不自由な生活を強いられています。URは、被災された皆さまの声・思いを大切に、一日も早く、待ち望む災害公営住宅に住んでいただけるよう全力で建設工事に取り組んでいます。

写真:握手する佐藤市長とUR稲垣本部長<桂島で行った安全祈願祭後に握手を交わす佐藤市長(右)とUR稲垣本部長>

2014/6/14

いわき市薄磯地区・豊間地区ハマナス・ビャクシンの挿し木イベント

薄磯(うすいそ)地区・豊間(とよま)地区では住民の皆さんにご協力いただき、どんぐりや里山の樹木の幼苗の育成を進めています。また、その他にも、地区内には他にも「ハマナス」や「ビャクシン」という貴重な植物があります。

写真:ハマナス<ハマナス>
写真:ビャクシン<ビャクシン>

ハマナスやビャクシンは「挿し木」という方法で増やすことができます。そして、これらの植物は古くから地元では愛着を持たれていて、造成後も残してほしいという声を多数いただいています。
そこで、6月14日(土)、福島県・いわき市・URは地元の方々と一緒に「挿し木」体験をしながら、増やして育んでいこうと、イベントを開催しました。

当日は、梅雨の最中にも関わらず晴天に恵まれ、20名余りの住民の皆さんが集まってくださいました。

はじめに、県やUR職員による本プロジェクトの説明を行い、続いて地元の樹木医である木田都城子先生と、薄磯区の鈴木幸長副区長から挿し木の方法をレクチャーしていただきました。鈴木副区長は震災直後からハマナスの挿し木をご自宅でもされているそうで、「薄磯のハマナスを皆で増やしたい!」と、当イベントに全面的にご協力いただきました。

写真:挿し木のレクチャー<参加者の皆さんに挿し木方法をレクチャーする鈴木副区長(中央)>

挿し木の手順は次のとおりです。


(1)園芸用の剪定バサミなどで木の幹から「さし穂」をとります。

写真:手順1

(2)「さし穂」の下の方の樹皮をカッターなどで削り、木の細胞を露出させます。

写真:手順2

UR職員も慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、地元の皆さんと一緒に挿し木にチャレンジしました。

写真:挿し木するUR職員

(3)「さし穂」を1時間ほど水に浸し水をよく吸わせます。

写真:手順3

(4)挿し木をするために保水性・通気性が高い「鹿沼土」をトレイに敷き詰めます。

写真:手順4

(5)「鹿沼土」によく水を含ませます。

写真:手順5

(6)割箸などで土に穴を開け、「さし穂」を植え付けて完成です。

写真:手順6

参加者の皆さんのご協力のおかげで、約300株の「さし穂」を植えることができました。今後、このハマナスやビャクシンの「里親」となっていただける方々を探し、数年後にはこれまでに植えたどんぐりや里山の樹木の苗木と一緒に、防災緑地や公園に植えることができるようになるまで、大切に育てていく予定です。

写真:参加者の皆さんの集合写真<参加者の皆さん>

2014/6/14

塩竈市伊保石(いぼいし)地区で地域コミュニティー交流会を開催

2月1日(土)に入居式を行いました塩竈市伊保石地区の災害公営住宅(市営伊保石住宅)では、入居された皆さんの新生活がスタートしています。

写真:伊保石地区災害公営住宅

しかしながら、新たな土地での生活はどうしても不慣れな部分があり、日常生活の中だけでは近隣住民の皆さんとのつながりを築きにくいという一面もあります。

6月14日(土)、入居された31世帯が周辺自治会へ加入されたのを機に、市とURは入居者の皆さんと近隣住民の皆さんとが親睦を深めてもらえるよう、地域コミュニティー交流会を開催しました。

写真:会場入口

はじめに、佐藤昭塩竈市長が「本日は、市営伊保石住宅にお住いの皆さんが円滑に近隣町内会に溶け込んでいく、一つのきっかけになればと考えている。このようなイベントを企画してくれたURに感謝したい」とあいさつされました。

写真:佐藤市長<あいさつされる佐藤市長>

続いて、記念植樹です。住民の皆さんはもちろん、地区に隣接するひまわり幼稚園の園児の皆さんにも参加してもらいました。植樹するのは、塩竈市がこれまで復興支援を受けてきた全国の各自治体の木や花です。

植樹についての説明は、突然現れた伊達政宗が行いました。

この伊達政宗に扮しているのは、造園設計などが専門であるUR職員の「嶋英二」です。そして、なんと20数年前に放映された某大河ドラマで、伊達政宗の少年期「藤次郎」役として出演していたという経歴の持ち主です!!

写真:URの伊達政宗による説明の様子<URの伊達政宗(左)による植樹方法の説明>

URの伊達政宗の指示のもと、園児の皆さんは、佐藤市長やUR稲垣満宏宮城・福島震災復興支援本部長らと一緒に、ニチニチソウを楽しそうに植えました。

写真:園児たちと佐藤市長ら<園児の皆さんと一緒にニチニチソウを植える佐藤市長(中央)とUR稲垣本部長(右)>

また、住民の皆さんは、総大将の「いざ、出陣じゃ~!」という号令のもと、サクラやツツジ、アジサイなどを和気あいあいと植樹しました。

写真:説明の様子<出陣(植樹)前に丁寧に説明するURの伊達政宗>
写真:植樹の様子<ツツジやアジサイなどを植樹する参加者の皆さん>

植樹終了後、あいさつに立ったUR稲垣本部長は、伊達政宗に触発されたのか、「本日参加してくれたお子さんたちが大人になられる頃には、本日植えたサクラが満開になり、色とりどりの花畑が皆さまの目を楽しませてくれることを期待するでござる」と戦国武将風に締め、さらに場が和みました。

写真:UR稲垣本部長<あいさつするUR稲垣本部長>

植樹作業で良い汗をかいた後は食事会です。参加者の皆さんは振舞われた焼きそばやたこ焼きなどを頬張りながら、親睦を深めていました。

写真:屋台の様子

小さなお子さんを連れていた方に住み心地についてお聞きしたところ、「狭くて薄い壁一枚で隔てられた仮設住宅とは異なり、ここは戸建住宅で、かつ住宅と住宅の間が十分空いているため、物音に気を使わずに生活できて、本当に快適そのもの。遊びに来た孫が多少騒いでも、お隣に迷惑をかけることはない」と笑顔で応じてくれました。また、重ねて「たくさんいる被災者の中で、今回はたまたま幸運にも私が災害公営住宅に入居できた。未だ仮設住宅に住むことを余儀なくされている他の被災者の方も、このように立派な住宅に入れるよう、早く用意してほしい」と切なる思いを告げられ、その期待に応えねばと改めて感じました。

写真:佐藤市長と稲垣本部長<佐藤市長(右)とUR稲垣本部長>

梅雨の最中にも関わらず晴天に恵まれ、住民の皆さんだけでなく、市やURの職員も一緒になって作業をすることでお祭りのような雰囲気に囲まれ、参加者全員の一体感が生まれた充実した一日でした。

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