復興支援だより 宮城・福島震災復興支援本部から

東日本大震災の復興支援について現地の姿をお伝えします。

2017年11月

2017/11/25

女川町西区地区(桜ケ丘東住宅)で入居開始

11月25日(土)、女川町西区地区(桜ケ丘東住宅)で入居式が行われました。

<女川町中心部地区の様子(平成29年10月撮影)>

URが女川町から要請を受けて建設した住宅では、5地区目の災害公営住宅となる引渡しとなりました。当地区は女川湾を東に見渡せる高台に建設された鉄筋コンクリート造5階建52戸の住宅です。

<西区地区(桜ケ丘東住宅)南側から撮影>

女川町の須田善明町長は、「入居者が仲良く暮らし、入居者の皆さまの和、地域の皆さまとの地域の和をつくっていただきたい。ようやく来年3月ですべての災害公営住宅(859戸)が完成するので、まずは住宅再建で一区切りをつけたい。また周辺の基盤整備と併せて、「復興」というだけで終わらず、その先へつながっていくまちづくりを皆さまと共に進めていきたい」とあいさつされました。

UR宮城・福島震災復興支援本部の佐分本部長は、「この住宅は、人のつながり、地区のつながり、緑のつながりを大事なコンセプトとしている。住宅にお住まいになる方だけでなく、周辺にお住いの方々とコミュニティを大事にしていただきたい」と述べました。

<鍵引渡し式:左から須田女川町長、入居者代表、UR佐分本部長>

出島で自宅が全壊し石巻市内の仮設住宅で暮らしていた入居代表者の阿部金一と妻ミツ子さんは、「当住宅を内覧した長男からは10年は長生きできると言われた。みんなで仲良く暮らしていきたい」と話していただきました。

当住宅は、既存の戸建住宅エリアとの「つながり」となる住棟南側にコミュニティ広場を配し、住宅棟エントランスには井戸端コーナー、各階にはベンチなどを設置したコミュニティコーナーを設け、各住宅までの連続的なコミュニティ空間を形成し、自然にコミュニティが育めるよう工夫しています。

<コミュニティ広場には共同花壇やパーゴラを設置している>

<エントランスに設けられた井戸端コーナー>

<各階に設けられたコミュニティコーナー>

当住宅で3地区目となった「おらほの壁画プロジェクト(入居者が共同で制作したスペインタイルによる壁画)」では、女川町で「獅子振(ししふ)り」と呼ばれる郷土芸能である獅子舞が描かれています。

<入居者相互の親睦を目的として共同作業で壁画を製作>

<獅子振りが描かれた「おらほの壁画」>

URは引き続き、一日も早い女川町の復興に全力で取り組んでまいります。

2017/11/19

鹿折地区で街路樹植樹イベントが開催

11月19日(日)、気仙沼市から受託し整備をしている鹿折地区内で「鹿折まちづくり協議会」による街路樹植樹イベントが開催されました。

<鹿折中学校の生徒が制作した樹名札。鹿折地区への思い等が添えられている>

このイベントは、鹿折地区の中央を東西に横切る都市計画道路に、街路樹を植えつけるイベントです。この日は気仙沼で初雪を観測する寒い日となりましたが、鹿折中学校から10名の生徒のほか、地域の方々も参加し、「コブシ」を植えるとともに、最後に生徒たちが制作した樹名札を括り付けました。

<土をかぶせる鈴木鹿折まちづくり協議会会長(左)、UR久宮気仙沼復興支援事務所長(中央)>

<樹名札に紐付作業をする生徒たち>

植樹する木の選定に際しては、昨年度、鹿折中学校の生徒と地域の方々、鹿折まちづくり協議会、気仙沼市、URが中心となり『ふるさと鹿折』のまちづくりを思いながら、春先に白い花をつけ「ふるさとの花」のイメージがある「コブシ」に決定しました。

<高さ約3メートルの苗木に括り付けた樹名札>

このコブシの木が大きく育つ頃、鹿折のまちはどのようになっているのでしょうか。

<鹿折地区航空写真:宅地の引き渡しが進み、住宅や商業施設の立地も着々と進んでいる(平成29年9月20日撮影)>

URは引き続き、気仙沼市の一日も早い復興に全力で取り組んでまいります。

2017/11/12

鹿折地区で津波記憶石が建立されました。

11月12日(日)、気仙沼市から受託し整備をしている鹿折地区内の錦町西公園で、津波の爪痕と教訓を残す『津波記憶石』の除幕式がありました。

<除幕式の様子>

この津波記憶石は、一般社団法人全国優良石材店の『津波記憶石プロジェクト』の一つとして、地元からの寄付金と、気仙沼市の『震災慰霊碑等整備補助金』を活用して建立されたものです。

石碑は、中心に据えられた六方石の周囲に、「鹿折」の3つの地域(中心部、浦島地区、白山地区の象徴である「かもめ」、「ポンポン船」、「ゆりの花」をあしらった3本の石柱を携える形となっており、石柱には、各地域の方々82名の「後世へ伝えるためのメッセージ」が刻まれています。

<高さ3メートルの石碑:写真左:「かもめ」、右:「ポンポン船」>

URは、錦町西公園の整備計画策定時から、公園の整備内容や石碑の設置箇所について、『鹿折まちづくり協議会』や地元住民との意見交換を重ね、進めてきました。
当日は、菅原茂気仙沼市長、市議会議長や地域の子供たちなどに加え、URからも、久宮気仙沼復興支援事務所長が出席し、約50名が参加し盛大に除幕式が行われました。
この石碑が、鹿折地区の新たな復興のシンボルとして、観光等の賑わい創出につながっていくことが期待されます。