TALKING

打ち合わせ風景

各界の方々と意見交換し、多角的な視点からさまざまな施策アイデアをふくらませていく、「TALKING」。今回のお相手は、しぜんの国保育園 園長の齋藤美和さんです。齋藤さんは、結婚を機に保育の道へ進み保育士の資格を取得。現在では、園長として「子どもと大人の関わり合い」「こどもを中心に話題を膨らませる場」といったコンセプトを通じて、新しい保育の形を追求しています。今回は実際に保育園にお伺いして、そんな齋藤さんと可士和さん、URのスタッフが、「これからの子育て」という大きなテーマのもと、楽しく議論しました。その様子を4回シリーズでお伝えします。
(この座談会は2020年1月27日に収録されました)

vol.26 団地の未来は、子育て未来

子どもも大人も「気持ちいい関係」でいることが大切

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佐藤可士和(以下佐藤) 本日はありがとうございます。素敵な保育園ですね。

齋藤美和(以下齋藤) ありがとうございます。

佐藤 屋根が三角で、天井が高くて、いろいろなシーンがあって。外も中もひとつに続いていて、まるで物語の中にいるような感じがしました。

齋藤 子どもたちと一緒に暮らすこと自体が面白いです。何が面白いかというと、大人と子どもでペースが違ったり、例えば大人が3分で行くところをすごく寄り道をしたり、でも実はそこにいい物語があったり。また、草木が揺れているとか、影がきれいとか、大人だけで見ている風景と子どもが混じって一緒に見る風景が、全然違いますね。

齋藤美和氏

鈴木聡史(以下鈴木) 園内の施設は、細かいところがすごく工夫されているように思いますが、そのあたりは園長先生が?

齋藤 いえ、私は一昨年から園長になったのですが、その前は夫が園長で、彼があたためてきた想いを形にしています。私はそれを継いでいます。だからこそ、なんでこういう風につくったのだろうと、再確認しながら保育をしています。私にすごくアイデアがあるというよりは、アイデアや物語があるところを継がせてもらった感じです。

佐藤 こちらの保育園は「小さな村」というコンセプトですね。団地も、とてもたくさんの人がひとつの場所に住んでいることがまず大きな特徴です。世界的にもこれだけ多くの人が集まって住むというのはなかなかないことなので、プロジェクトのコンセプトである「集まって住むパワー」をよりよいかたちで活かしていくにはどうしたらいいか、考えながら進めています。今回は、こちらの「みんなで住む」という考え方を参考にさせていただきながらお話をお聞きできればと思っています。

齋藤 みんなが集まって場をあたためていく居心地の良さというのは、さまざまな世代がいるから生まれます。それは、子どもだけでも、大人だけでもできないこと。よく「子どもが自由でいいですね」とおっしゃっていただくのですが、自由とはまたちょっと違って、子どもだけのユートピアではなく、子どもと大人が混ざってどういう暮らしができるかが、すごく大事ですね。子どもと保育士のどちらかが頑張らないと成り立たない関係ではなく、どのように余白を生み出して、子どもと大人がゆったりと寄り添って暮らしていけるかということが重要と考えています。私がこの園に来た時に、いろいろな年齢層の先生がいて、子どもたちもいる中で、みんなが同じ方向を向くというよりは、「違い」をどのように場に活かしていくかということを最初に考えました。同じ方向を見て、同じ行動をしましょうではなく、「違い」を見つけながら、その中で親しみのある関係をどう作っていくと幸せなのかと。その時に、「暮らし」がすごく重要だと思ったのです。

佐藤可士和氏

佐藤 さまざまな違いの中に、何か共通項は必要ですか。

齋藤 そうですね。受ける人が気持ちいい言葉や振る舞いといったものは、大人だけでなく子どもたちにも伝えます。大人の都合だけのルールではなくて、大人と子どもが暮らしていくのに気持ちいい関係はどこかということを、子どもたちにも伝えています。手が出る子がいたら「私はそれを見ていられなくて心が痛む、だからやめてほしいと思っている。」と私を主語に丁寧に伝えます。そういうコミュニケーションは大事ですね。

佐藤 運営側のルールではなく、「気持ちいい関係」であることが大切なのですね。

齋藤 はい。一緒に暮らしていくための気持ちいいルール。見えない空気感といいますか。逆に、場が淀んでくるとすぐわかりますよね。ギスギスしてしまいますし。例えば子どもが危ない場所に行ってしまった時、子どもの声のトーンだけで「この子ケガしそうだな」と感じられるようになる。そういうことはいつも意識しています。

鈴木聡史氏(ファシリテーター:左)、UR山下団地マネージャー(右)

佐藤 そのお話はとても興味深いですね。

鈴木 以前の隈研吾さんと可士和さんの対談の中で、団地もかつては「ゆるさ」があったと、お話がありました。

齋藤 書籍に書いてありましたね。

山下 健(以下山下) いい意味で「ゆるい空間」があった。現在は「ボール投げ禁止」という大きな看板など、どうしても規制が目立ってしまっている部分があります。色々な方が暮らしておられるのでやむを得ないところもあるのですが、もう少しのびのびと暮らせるようにするのも課題ですので、とても参考になりますね。

齋藤 誰かの温かい目があれば、子どもは育っていくと思います。子どもは子どもで育ちたい気持ち満々で生まれてきますよね。「生きるよ!」という感じで。大人が教えようと思えば思うほど、あまりうまくいかない時もある。子どものいい部分を引き出して大切にすれば、子どもは安心の中で育っていく気がします。

佐藤 なるほど。

齋藤 私の祖母が調布市つつじが丘の神代団地に住んでいて、その時の風景をよく憶えています。本屋さんや薬局があって、本屋さんの本の並んでいる感じとか。大人が優しかったとか、居心地がよかったという感覚がずっと残っているので、何かできる場所というより、団地には安心があるという風に、五感で憶えていますね。そんな空気感が懐かしいですね。結婚してすぐに住んだのも団地だったんです。桜の花が見えて、すごくいいところでしたね。

園庭の中央にある「ひびき山」 エントランスから入ってすぐの廊下が「U」字になっている

佐藤 団地の未来プロジェクトの舞台である洋光台団地でも、今おっしゃったような雰囲気に自然になるように、デザインの力で貢献できないかと考えています。すべて新しいものに作り変えるという意味ではなくて、きっかけになるようなものを作ったり、古くなったところを改修するなどしながら進めています。こちらの保育園は、すごくコンセプトを大切にして環境を設計されていますね。園庭の真ん中にある「ひびき山」がひとつあるだけで、だいぶ雰囲気が違います。

齋藤 はい。あれが平らで芝生だったり、コンクリートだったりしたら、全然違いますね。子どもの動きを考えた建築になっていて、そこはすごく配慮しています。エントランスから入った「U」字のところも、もし直角だったら子どもの動きは全然違っていて、角のある動きになると思いますが、「U」の形であれば、なめらかにラウンドしながら歩いていける。子どもの動きが変わってくるので、園舎などの建築やデザインというのは大事だと思います。

佐藤 こちらを建てる時の建築のコンセプトは、はっきりとあったのですか。

齋藤 ありました。大人と子どもが一緒になって、子どもたちを「村」で育てたいと。

佐藤 その時すでに「村」というコンセプトを構築されていたのですね。

齋藤 はい。お父さんやお母さん、保育者だけでもなく、いろいろな大人が関わって育てていこうというコンセプトがありました。それはずっと大事にしています。

佐藤 僕は「ふじようちえん」という幼稚園のリニューアルのトータルプロデュースをさせていただき園舎自体を巨大な遊具にするというグランドコンセプトを提案しました。それを建築家の手塚貴晴さん、由比さんご夫婦が子どもたちが屋根の上を走り回れるようなドーナツ型の園舎として設計してくれました。改築以前のふじようちえんに行ったときに、「このままでいいじゃないですか」と先生に申し上げたくらい、流れている空気が素晴らしかったので、それを大切にしながらに建物だけ新しくしていきたいと思ったのです。そういう考え方はとても大事だと思います。

齋藤 その通りですね。ここのリニューアルは2014年でしたが、保育園自体は約40年前からあったので、目に見えないものが人から人に手渡されてきました。私はご縁があってこの園に来ましたが、箱を渡されたというより、大切なものを手渡された感じがありました。そういうことは大事にしていくべきですね。物を継承した感じではなかったです。

佐藤 プロジェクトのモデルケースは洋光台団地ですが、最初に隈研吾さんと僕とでずっと二人で団地内を歩き回りました。URの全国の団地の中でも、ゆったりしていますね。

洋光台北 団地内並木道

山下 そうですね。

佐藤 建物はただたくさん並んでいるだけではなく、ランダムに配置されていて、特に洋光台ではそのゆるい感じがいいので、そんな気持ちのよい空気感をどう残そうかと考えています。「残そう」というより「強みに変える」という感じですね。

齋藤 私は団地で子育てをしたことはないのですが、いろいろな方の話を聞くと、例えば大好きなおばあちゃんがいるなど、さまざまな世代の方が関わって場をあたためている。そういう意味で、団地はすごく良さそうな空間だと思います。家賃もお手軽なお部屋もあったり。最初に夫婦で暮らすには、入りやすかったですね。

山下 そう言っていただけると大変ありがたいです。私たちもそのあたりを強みにしていきたいと考えているところです。

齋藤 生活のはじめは、安心感が必要ですから。

佐藤 40・50年前の団地が始まったころは、そういう方々がたくさん入っていたのですが、今は全体的に年齢層も高くなっていますね。

齋藤 団地に住んでいた頃、ルールが細かく決まっていたり、自治会への参加など最初はなれなくて少しとまどいました。厳しい方もいらっしゃいましたね。

山下 でも、そのおかげで団地がきれいに保たれているというところもあります。おっしゃったように、団地の中は自然とゆるい「見守り」の視線もあって、安心できる空間だというところはもう一度磨いていきたいと強く考えていたところです。

齋藤 子どもの頃、勝手に生えてる実を採って遊んでいましたね(笑)。おばあちゃんの家のある団地で。

山下 そういうのも楽しいですよね。

vol.27 団地の未来は、子育て未来

「幸せな記憶」は、きっと人生の支えになる

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(この座談会は2020年1月27日に収録されました)

齋藤 小さい頃、おばあちゃんのいる団地は楽しかったです。今振り返って思うのは、「気配」ってすごく大事だということ。誰か人がいる気配で安心できる。団地にはその気配があるから安心していたのかなと思います。一戸建ての住宅が並んでいるより、団地には誰か人がいる感じがありました。気配があると子どもは勝手に遊びだすのですよね。祖母の家の窓からのぞくと、公園に人がいるのが見えて、「あ、誰々がいる」っていうのがわかって遊びに行こうと。団地と公園がセットになっているから。そこの公園で遊ぶ時も、なんとなく誰かがいてくれる。いろいろな思い出ができますね。つつじの蜜を吸ったりとか。

佐藤 齋藤さんは今、物語のような記憶の話をされていますよね。園庭の「ひびき山」が象徴的かもしれないですが、こちらの保育園には記憶に残る装置がたくさんありますね。お聞きしていて思ったのですが、団地にもそういう装置を作るといいのかもしれないですね。そういう「きっかけ」があると、より団地を好きになってくれるかもしれない。そのような装置によって「幸せな記憶」をつくれるのかなと。

齋藤 そうですね。懐かしさというのでしょうか、今の私のように、歳をとった時に「幸せな記憶」はきっと人生の支えになると思います。成長期の中で重要な時期を過ごさせてもらったのだと思いますね。

佐藤 一人ひとりのその記憶がブランドになっていく。幸せな体験をどれだけ作ることができるか。今日こちらにお邪魔して、そのことをすごく感じました。

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齋藤 佐藤さんはどんなお子さんだったんですか?

佐藤 僕は、いたずらばかりしていました(笑)。子どもの頃から絵を描くのが好きで、どこにでも描いてしまうので、母親が「待って、待って」って紙を持ってくるから、紙を「待って」という名前のものだと思っていたぐらいでした。

一同 (笑)

佐藤 とにかく絵を描くのがすごく好きで。あと、すごくハイテンションで。必ず頭が痛くなって寝るという。

齋藤 遊び切ってから寝る。いいですね!

佐藤 すごく頭痛がしてね。

齋藤 お母さまも、やりたいことをとことんやらせてくれたということですか。

佐藤 とことんやらせていたかどうかはわからないですが、母からはよく怒られていました。でも絵を描くことをやめろと言われたのは一度もなかったですね。父親が建築家でしたから、アートやデザインや建築があった家庭環境でしたので、絵を描くことは良いことだと。

鈴木 こちらの保育園の環境でしたら、可士和さんみたいなお子さんが育つかもしれないですね。

齋藤 ふふふ。

佐藤 僕が通っていた幼稚園は古いお寺の幼稚園でした。昔だったから、トイレとか怖くて。まだ水洗じゃなかったので、落ちたらどうしようとか(笑)。恐怖感がありましたね。

齋藤 「ちょっと怖い」って大事ですね。安全であり過ぎるより、ヒヤッとするとか、ちょっと怖い、ちょっと危ないみたいな感じは、自分をコントロールする上で、すごく大事なことです。

佐藤 確かに。

齋藤 「ひびき山」も見えない部分があるんです。でも大人から見えないところがないと子どもにとって面白くないんです。あえて真っ平にしなかったというのは、そこだと思います。

佐藤 今思い出しましたが、僕の幼稚園はお寺だったから、運動会の道具が入っている蔵みたいなスペースがあって、たぶん入ってはいけないと言われていたのに、入っていましたね(笑)。面白いですよね、押し入れの中とか。

齋藤 やっぱり、ちょっといたずらっぽいことのほうが憶えているんですよね。

山下 面白いですね。でも、URはそういうことは少し苦手でして。

佐藤 仕方ないですが、危ない部分はすべて排除しなくてはいけないと。それで、ちょっとつまらないものになってしまう(笑)。

山下 そのあたりを変えていきたいですね。

齋藤 子どもは、危ないところを自分で見つけます。

佐藤 これまでのURでは、記憶を作るという観点で環境デザインなどをあまりやっていないのでは。今いくつか施策を進めていて、もう少しするとできあがってかたちになってくると思います。

齋藤 そうですか。

佐藤 記憶を作れる場所になるといいなと思います。また、ここには各ご家庭からお子さんたちが来ているわけですが、逆に、先生から見て各ご家庭に対してどういうことを感じているか、もしくはどうあってほしいか、などありますか。

写真エントランス 仕事の顔からお父さん、お母さんの顔に変わる時間を意識している

齋藤 例えば、玄関からお部屋に入るまでにかなり距離を取っているのですが、それはお父さん、お母さんが仕事の顔から、お父さんやお母さんの顔に変わる時間をデザインしているんです。入ってきてすぐに子どもたちの保育室となってしまうと、大人が距離を取れないのですが、なるべく気持ちの良い空間を作ることで、お父さんお母さんの顔に切り替わることができるんです。

鈴木 なるほど。

齋藤 「玄関はきれいにするように」と先代が伝えていて、私はそれを受け取ったのがきっかけですが、子どもたちのお父さんとお母さんには、本当にお父さんとお母さんでいてほしいと思っています。子育ては一人では絶対にできないし、家族だけでもできない。そして、子どもは最終的に社会の中で一人で生きていかないといけない。だから、親子でともに温められるような子育ての気持ちを持っておいてほしいですね。今の時代は、親になるのもちょっと大変。親子で分かりあって、溶け合ってほしいといいますか。きちんとしたお父さん、お母さんじゃなくてもいいんじゃないかなと思います。そのための工夫として、一日の中で子どもと話す時間をもうちょっと取ってもらえるといいなとか、お父さん、お母さんの話も聞かせてほしいなと、いつも思っています。

vol.28 団地の未来は、子育て未来

子育てには「合いの手」が大切。私たちがそうありたい。

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(この座談会は2020年1月27日に収録されました)

佐藤 親御さんともコミュニケーションをとっているんですか。

齋藤 はい、よく話します。お手紙をくださる方もいます。たぶんお子さんが寝静まったあとに書いてくださるのかな。私自身も子育ての渦中で、まだ11歳なのですが、そのせいか、親を指導するとかこういう親であるべきだとか、ちょっと言えなくて。今、子育てしているお母さんの大変さもわかるので、家族の中だけで抱えているものをみんなで持とうよ、という気持ちですね。私自身がいろいろ助けてもらって子どもを育ててきましたので。やっぱり一人で育てるのはすごく大変。子育てには、合いの手が必要で、その合いの手が私たちだといいのかなと思います。

佐藤 抱え込まないで、学校や団地、地域をもっと利用して。

齋藤 やっぱり、大人が幸せそうにしているのが子どもはやっぱり一番ホッとするし、安心します。だから大人は笑っていたほうがいい。元気いっぱいでなくてもいいのですが。それこそ大人に「ゆるさ」があったほうがいいですね。

佐藤 そうですね。

齋藤 子どもは、そこに余白を見つけられるから安心できるのだと思います。大人が忙しい様子を子どもは全部見ています。私たち保育者の話し方やふるまい、大人同士の関係性なども子どもに響くので、意識して行動しています。“忙しい時ほど意識して言葉の角を取って話そう”とか“今日もいろいろイレギュラーなことがある日だけれども、そういう日こそ私たちが気をつけないと子どもに全部返る”など、朝礼で話したりしていますね。

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佐藤 大人がいっぱいいっぱいになってしまっているとだめですね。

齋藤 そうですね。

佐藤 ギスギス感がね。伝わっちゃってね(笑)。

齋藤 眉間にしわが寄っていたり。だから、大人もゆるんだほうがいいです。

佐藤 あらゆる意味で、大人も楽しくやるのが大切ですよね。

齋藤 楽しいとか、面白いとか、好きとか、うれしいとか、もっと感情を表に出せる場になれば・・・と思います。

佐藤 日本人は、どちらかというとそういうのは不得意ですね。辛いことを我慢してやるのが仕事、というのがどこかにあるように思います。でも、今の時代は気づくと遊びの延長が仕事になっていることもたくさんありますしね。YouTuberとか。YouTuberに怒られちゃうかな(笑)。昔では考えられないようなことも仕事になっていますよね。

齋藤 新しい仕事ですね。

佐藤 例えば、スケートボードもオリンピック競技ですが、そもそもは遊びじゃないの?と。スポーツはもともと遊びとか好きなことの延長という側面も大きいのかもしれないですが。この先AIが進化していくと、辛いことをやることが仕事というよりも、いかに社会を楽しくするのかが仕事、という風になっていくのかもしれないと考えています。

齋藤 なるほど。本当に今子どもたちに伝えたいのは、人と人の関わり合い、コミュニケーションです。「私は私だけど、みんなの中の私としてどう生きていくか」とか、そういったところを肌で感じて卒園していってくれたらいいなと思っています。ここの理念を「子ども中心」としていて、子どもを中心とした暮らしというのがどういうものかを常に考えているのですが、子どもの目線にあわせて暮らしていると、自然と大人のペースが落ちますね。

佐藤 そうですね。

齋藤 一回そこに立ち返ってみてもいいかもしれないと今は思っています。赤ちゃんだったらお腹が空いたら泣く。そうしたらおっぱいをあげる。それで、まぁ作業は中断されるわけですが、それでもその場で生み出される豊かさとかコミュニティって大切だと思います。大人のペースで物事が進んでいくのではなく、そこに子どもという存在が介入してくる世界というのが好きですね。

佐藤 確かにそうですね。ペースってだいぶ違いますよね。

齋藤 子どもが介入してきてやりたいことができないとなると、大人はイライラしてしまいますね。しかもタスクが多いほど。でも本当は面白いことなのですけどね。

鈴木 園庭での音楽イベントなどを積極的に行っていらっしゃいますが、それは地域とのつながりを大事にされているんですか。

写真サウンド園庭2019
大人も子どもも楽しめるフェス型イベント
有名ミュージシャンも多数参加していた

齋藤 ずっとやっています。保育園ってよく勘違いされるのですが、働いているお父さんお母さんのためのものというイメージがあります。それだけではなく、地域の子育て環境をもっと良くする役割もあるので、ご自宅で子育てしている方も気軽に遊びに来られる場所になるといいなと考えています。最初のきっかけとしてイベントがあって、卒園児のお母さんが講師をやってくださったりして循環しています。自分の子育てが落ち着いてきたから、今度は地域のお母さんに還元したいと戻ってきてくれている方も多いです。そういう輪がすごく重要だなと。教えたり、諭したりするだけではなく、同じ目線に立ってお母さんがお母さんに伝えに行く。そういうのがすごく大事ですね。

鈴木 それこそ「合いの手」になりますね。

齋藤 とはいえ、お母さん向けの講座って少し稚拙なものが多い。“親子みんなで体操しよう”とか。子どもを産んだとたんに、一気に文化が幼稚になってしまうのはもったいないなと思っています。お母さんたちも学べて体験できて楽しいもの。子どもが楽しいのも大事なんですけれど、お母さんが楽しいのが重要です。お母さんが「私」になれる時間が届けられたらいいなと思って、ずっと大事にしています。

佐藤 確かに、子ども向けのイベントで親子で出るとちょっとつまらないと感じることもありますね。

齋藤 一緒に踊ったり体操したりとか、やりたくない時もあります。私自身、育休中にそういう場面に出会って疲れてしまったことがあります。

山下 私たちも、団地の中にお母さん方の集まれる場ができればいいなと思い、いろいろなイベントを開催しているのですが、なかなかピタッとくるものがむずかしくて。今おっしゃっていたことはすごくヒントになりますね。

佐藤 ちょっと例が違うかもしれませんが、リハビリテーション病院のプロデュースをさせていただいた時に、脳卒中になった方のリハビリの中で先生がおっしゃっていたのは、従来のリハビリだと、急に子ども向けの本を読まされたりして、すごく患者さんのプライドが傷つくことがあると。脳卒中は言葉が出にくくなるのですが、知能が下がっているのではありません。それで、ブックディレクターの幅允孝さんにお願いして、もっと文字の大きい現代詩や名作の詩など、そういう本をたくさん集めてもらいました。団地のイベントも、子どもだけが中心というわけではないですよね。

齋藤 そうなんですよ。勝手な思い込みで。

佐藤 リハビリテーション病院の本の事例も、もともとそういう風には開発されていないのですが、集めればそういう本もある。今のお話と一緒だなと。お母さんになったからといって、触れる文化を稚拙にする必要はないですよね。

齋藤 そうです。「私」のままでいたいという想いと、お母さんだから変わらなきゃという想いはせめぎ合うときがありますが、大事なのは、その人の「私」。そこをちゃんと見つめないと。お母さんが心身共に疲れて、という時もあります。そういう時は、プログラムを組む私たちの側が気を付けないといけないなと思っています。

佐藤 すごくヒントになりますね。

齋藤 親御さん方が予約なしで遊びに来られる広場もあります。おもちゃのセレクトやインテリアなどは稚拙にならないように気を付けています。友だちのおうちに来たかのように気持ちがいい、心地いい、そんな風になったらいいなと思っています。

山下 団地も齋藤先生や私たちが子どもの頃とはだいぶ雰囲気が変わってきていて、昔のようにいきいきとしている団地にするにはどうするかが課題です。

齋藤 大人の目が多すぎるのかもしれないです。以前は「気配」でした。子どもの頃、団地で遊んでいても、大人に見られている感じはしませんでした。今は、ボールはダメ、あれはダメというように「ダメ」が多くて。でも今はそれが必要ですし、難しいですよね。

佐藤 またそういう感じにしていきたいなと思っています。

齋藤 昔は子どもがルールを作っていたのかもしれないですね。

山下 かつて私は社宅に住んでいて、時代的に子どもが近所の公園に行くときは心配で家内が必ずついていかなければいけませんでしたが、社宅の敷地内は必ず誰かの目が届いているので、安心して子どもを一人で遊びに行かせられると。そういう空間がまた団地の中にできれば素敵なのかなと最近感じていたところです。

齋藤 親以外の人に怒られたりしていましたものね。

佐藤 そうですね。

齋藤 今は、怒らない。

佐藤 どんどん、難しい世の中になっていますね。いろいろな規制が厳しくなりすぎて、結果的につまらない空間になっていってしまう。URさんもルールをたくさん作ります(笑)。

山下 そこを少しでも…というのがこのプロジェクトです。

佐藤 楽しくですね。

鈴木 はい。可士和さんのデザインや皆さんの力でそのあたりを変えていくのは、プロジェクトの大きな部分だと思います。

vol.29 団地の未来は、子育て未来

「環境のデザイン」が、みんなの気持ち良さを作る

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(この座談会は2020年1月27日に収録されました)

齋藤 見えないところのコンセプトというか、設え(しつらえ)って大事ですよね。窓の光、照明、ドアの持ち手なども。そういうところに気を配ると場が良くなる。

佐藤 インテリアや建築は、環境のデザインですよね。人間が育つ環境のデザインって、ものすごく大事ですね。

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齋藤 気持ちの良い場だと保育士同士のコミュニケーションもいい気がします。ここはひとりになれる空間もあるので、ちょっと考え事をしたいなと思えば、自分ひとりの空間を持つこともできる。福祉の現場も、そこで働く人が幸せにならないと続かないので、保育士の幸せも、絶対手放せないと思うんです。

佐藤 それは重要ですね。僕もふじようちえんのプロジェクトの際、園長先生に「職員室って必要なんでしょうか」とお聞きしたんですね。職員室は先生が仕事そのものをするためにいらっしゃると思っていたのですが、逆に「子どもと離れる場所がほしい」とおっしゃいました。ずっと子どもと向き合っていると煮詰まってしまう。「そういう意味であれば、カフェみたいな場所でもいいですよね」とお話をしたら、園長先生も「そっちのほうがいいかもね」と。職員室というと先生が採点している場所のように思ってしまっていたのですが、先生方が子どもと離れられる空間を確保するという意味でもすごく大切なんだと、その時感じました。自分もいたずらっ子でしたからよくわかります…(笑)。

一同 笑

齋藤 子どもたちは、ひとりひとりが違うのが前提です。その前提の中で、大人も子どもも良い部分を見つけて暮らしていくことが大事。でも人って絶対幸せな事ばっかりじゃなくて、ままならないことも必ず起きるじゃないですか。その時に私たちがどう気持ちを持っていくかを大事に思っています。子どもに悲しいことが起きないようにするんじゃなくて、ままならないことが起こった時、私たちはどうして生きていくか、みたいなことを、子どもとともに考えられたら幸せなんじゃないかなと思っているんです。大変なことが起きないようにするのは、ちょっと難しい。

山下 団地でも、住宅の中にずっといると閉塞感を感じたり、息詰まるといったことがあると思います。団地内の集会所は予約をしないと使えないとか、屋内のフラッといられる場所が少なかったので、今回のプロジェクトでは皆さんが自由に居られる場所も作っていければと考えています。

齋藤 いいですね。「いる」とか「ある」とかそういう場所を作っていけるといいですね。

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佐藤 隈研吾さんが洋光台中央団地の広場や住棟のデザイン改修をされていて、新たにリニューアルされる北団地の集会所は、若手の建築家の皆さんによるコンペを実施して隈さんや僕が審査員をやらせていただきました。さらに僕のほうで、集会所の奥にある公園をデザインしています。

齋藤 それは、完成が楽しみです!

佐藤 広場も公園もスペースとしては以前からありましたが、だいぶ古くなってしまっていたり、空間的・動線的にあまり皆さんが利用してくれる感じになっていなかったので、思い切って新しいチャレンジをして、みんなが居たくなるような場所にしたいと。

齋藤 いいですね。

鈴木 以前のTALKINGでも出ていただいたブックディレクターの幅允孝さんにはライブラリーを検討していただいています。また、共有できる空間や時間の使い方を可士和さんに「暮らしのクラウドサービス」と名付けていただきました。

佐藤 団地の集会所はもともとあって、利用されている方はもちろんいらっしゃいますが、あまり団地の運営の真ん中に入っていなかったんですよね。「シェアサービス」が今の世の中にたくさんあるように、もう少しシェアしてもいいのかなと。団地の暮らしの中にクラウドサービスという概念として入れてやっていくといいかなと考えたのです。

齋藤 面白そうです。

佐藤 まだまだできていないですが、他にも例えば「防災」をみんなでやろうと考えています。

齋藤 防災は大事ですね。本当に。

鈴木 防災についても、このTALKINGのテーマになりました。

佐藤 TALKINGというコンテンツは、隈さんと僕のふたりだけでアイデアを出していくのは限界があるので、オープンイノベーションの発想でさまざまな方々に参加していただきながら知恵を出し合ってもらう仕組みにしようとスタートしました。団地は地域課題、高齢化社会、少子化など今の日本のあらゆる課題が凝縮しているような場所なので、各界の専門の方々とディスカッションさせていただくことで、少しずついろいろなものが具現化してきているところです。

齋藤 なるほど。いろんな知見をお持ちの方々にお話を伺うのは大切なことですね。

佐藤 今日もいいお話たくさんを聞かせていただきました。「幸せな記憶」の場所を作るという視点で環境のデザインを見直していくと、また面白いのかなと。さらに、団地も齋藤さんがおっしゃる子育ての考え方と同じように「合いの手」を持てるような場所になれるといいですね。多くの気付きをいただいて本当に楽しかったです。団地の公園などももう少しでできてくるので、ぜひ季節が良い頃に見に来てください。

齋藤 ぜひ遊びに行かせてください。

写真佐藤可士和展 国立新美術館にて
2021年2月3日~5月10日開催予定

佐藤 2021年2月に国立新美術館で開催予定の「佐藤可士和展」でも、団地の未来プロジェクトをこれまでの取り組みの中間発表として展示します。

齋藤 プロセスもみんなでわかるような感じですね。とても楽しみです。お会いできるのもずっと楽しみにしていましたが、今の子どもたちはみんな可士和さんのデザインに触れていますよね。ユニクロとかもそうですし、赤ちゃんもみんな可士和さんのデザインに触れて大きくなっています。

佐藤 ありがとうございます。

齋藤 暮らしに入っているといいますか。デザイナーとかデザインって、自分たちの暮らしとは違う憧れのイメージもあったのですが、そうじゃなくて生活の中に。

佐藤 そうですね。身の回りの中でデザインされていないものって本当はなくて、何らかの形でデザインが介在していますよね。ですが、あまりそういう意識で見られていない。子どもたちが育つ環境の中でも、例えば机一個やコップ一個でも、よく考えられていてコンセプトを感じるものがありますよね。そういうものがもっと増えたらいいなと思っています。企業が売上を伸ばすことももちろん必要ですが、僕は基本的に企業と社会と消費者との間に立っているので、さまざまな価値をより良く伝えられるといいなと考えています。「佐藤可士和展」では、団地の未来プロジェクトも社会や生活をより快適にするためにデザインの力を活用しているクリエーションとして見せていきたいと考えています。

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齋藤 団地も、見えている風景とか、創造的に考えたいですね。

佐藤 今日の齋藤さんのお話では、「記憶」のことを大切におっしゃっていましたね。子どもの頃に感じたことがとても大事だからですか。

齋藤 そうですね。子どもの頃の記憶にチューニングしている時があります。自分が子どもの頃と、目の前にいる子どもたちの今のことを比べて「私もそうだったな」とか、考える時がありますね。

佐藤 そういう「幸せな記憶」をつくる環境をどう用意するかというのは、いい視点だと思います。

山下 齋藤先生は私たちが描いている理想的な居住者像なんです。小さいころに良い記憶を団地に持っていただいている。実は私たちが扱っている団地の建物は、半数近くが昭和40年代から50年代前半に建てられたもので、その多くは決してそれほど広くはないものですから、お子さんが複数いらっしゃって大きくなると、外に出ていかれる方も多いです。私たちも必ずしもずっと住みつづけていただけなくても、一旦大きな住宅に移っていただいて、お子さんがご結婚されたあとに小さな頃の記憶が残っている、最初の子育ての場所にまた戻ってくると。そうなってくれることを目指しています。「幸せな記憶」ができるような団地にしていきたいというのは、本当に思っているところです。今日いただいたお話を参考にしていきたいですね。

佐藤 そうですね。今日はお忙しいところありがとうございました。

齋藤 皆さんお越しくださって、ありがとうございました。

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齋藤美和

齋藤美和 写真

齋藤美和

しぜんの国保育園small village園長。書籍や雑誌の編集、執筆の仕事を経て、2005年より「しぜんの国保育園」で働きはじめる。主に子育て支援を担当し、地域の親子のためのプログラムを企画運営する。また保育実践を重ねていくと共に『保育の友』『遊育』『edu』などで「こども」をテーマにした執筆やインタビューを行う。2015年には初の翻訳絵本『自然のとびら』(アノニマスタジオ)が第5回「街の本屋さんが選んだ絵本大賞」第2位、第7回ようちえん絵本大賞を受賞。山崎小学校スクールボード理事。

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