TALKING

打ち合わせ風景

各界の方々と意見交換し、多角的な視点からさまざまな施策アイデアをふくらませていく、「TALKING」。今回のお相手は、日経BP社「日経ヘルス」元・編集長の西沢邦浩さんです。西沢さんは、医療やヘルスケア分野を中心としたさまざまなプロジェクトに携わり、主にそのマネジメントやプロデュース業務を担っている、ユニークな存在。日経BP総研マーケティング戦略研究所主席研究員の肩書きも持ち、医療関係者はもちろん各界の有識者との接点も多く、学会や講演に多忙な日々とお過ごしです。そんな西沢さんと可士和さん、URのスタッフが、人々のこれからの健康という大きなテーマのもと、団地での住まい方のアイデアなど、楽しく議論しました。その様子を4回シリーズでお伝えします。

vol.14~日経ヘルス 元編集長  西沢 邦浩さんをお迎えして団地の未来は、健やかさの未来 1/4

健康に暮らすために…最新研究でわかってきたこと

佐藤 僕も特別招聘教授として授業を担当している慶應義塾大学の坪田先生(坪田一男氏 慶應義塾大学医学部眼科学教室教授)をご存知でいらっしゃるのですね。いつごろからどういうご関係なのですか?

西沢西沢 邦浩氏

西沢 もう10年以上前から存じ上げていますが、3年ほど前からはラジオNIKKEIの「大人のラヂオ」という番組でご一緒しています。坪田先生は発想がユニークな方で、この間も「朝、うちの外に出て晴れていたら、空を2分ぐらい見上げるんだよね」とおっしゃるんです。「いっぱいいる人間の中で1人だけ上を見ていたら、神様がいるとすれば、こいつ面白いやつだなって思ってもらえるかもしれないじゃない」と(笑)。もう一つは、朝日に多く含まれるブルーライトを目からたくさん取り入れたほうが体内時計がしっかりリセットされるからと。もちろんそれが一番の目的だそうですが。「下を向いていたら、目から入ってくるブルーライトの量が3割くらいになっちゃうからね」とか。発想もユニークなんですが、それを実行しているところがすごい。

佐藤 坪田先生がつくられた「坪ラボ」のロゴをデザインさせていただいたり、先生が主宰されているチャリティのアイバンクへの寄付に参加させていただきました。僕が慶応SFCで毎年テーマを変えて教えている「未踏領域のデザイン戦略」という授業があり、今年で5年目なのですが、「健康」をずっと扱いたかったんです。「健康社会のデザイン」みたいなことを。病気を治すというより健康に暮らしていくことに対して、デザインの力で何かソリューションを出せないかと。それで、最初にお話を伺いたいですと、授業に来ていただきました。学生にはワークショップで、チームを組んでいろいろなアイデアを考えてもらいました。

佐藤

西沢 新しい病院のアイデアですね。

佐藤 病院というか、健康社会に向けて何かデザインでできるようなことはないかと。それを考える最初のオリエンテーションのような授業に、坪田先生はじめ何人かの先生に来ていただいてレクチャーいただきました。

西沢 なるほど。坪田先生はセデンタリー(座りっぱなしで動かないライフスタイル)も問題視していますね。運動習慣を持っている人でも、一日の座りっぱなし時間の長さに比して死亡率が高くなるという研究があるんですよ。

佐藤 そうなんですか。

西沢 だから、いくら運動していても、結局長く座っていたらだめだと。アメリカなどでは立って会議をする会社も増えています。

佐藤 楽天がオフィスを移転しましたが、目玉の一つは昇降デスクです。会議室も昇降デスクにして。大きな机がウィーンと上下するわけです。(笑)

西沢 じゃ、誰かが立つとみんなで立たないといけないわけですね。

佐藤 そうですね。でも、結構使うんだなと。わりとみんな、座ったり立ったりしてやっていますね。

西沢 あと、最近坪田先生は、近視の原因の一つは外遊びの少なさだということも指摘していらっしゃいます。外遊びの時間と近視率が相関するらしいんですよ。僕はド近眼ですが「西沢さん、外で遊ばないからいけないんだよ」と(笑)。「この歳になって、どのくらい遊べばいいですか」「1日2時間は外で遊ばないと」と言われました(笑)。坪田先生のチームの研究で、太陽光に含まれる紫色の光(ヴァイオレットライト)を浴びる量が少ないと近視が進む可能性があることがわかったとういうことです。

佐藤 いろいろ興味深い研究をされていますよね。

UR尾神団地マネージャー(以下尾神) きょうは、西沢さんから「日経ヘルス」の編集長やプロデューサーとしてなさっていたことを中心に、「健康」というテーマでいろいろレクチャーをいただきたいと思います。

西沢 今回のテーマである、暮らしとか動くとかに関して言うと、私は、佐藤さんがプロデュースされるロゴタイプやデザインを見ていて、漫画家のひさうちみちおさんが昔、取り組まれていた風景のとらえ方を思い出すことがありました。ひさうちさんは、存在するものの名称をロゴタイプにして、それで風景を構成するという漫画を描いていたことがあります。その発想にとても驚いたのですが、佐藤さんがプロデュースされた、例えばユニクロのロゴも、あれが風景の中にぽんとあっても、人格を持って存在するような感じじゃないですか。そのような“人格的な存在感”をロゴに感じたのって、ひさうちさんの漫画を読んだとき以来かなと思ったんです。

佐藤 それはありがとうございます。

西沢 そんなことで、きょうはお目にかかれてうれしいです。では、ちょっと資料を説明させていただきます。

(スライド:あなたの夫をあの世行きにする十の近道 スライド①)

あなたの夫をあの世行きにする10の近道

Dr.Jean Mayer 1974

あなたの夫をあの世行きにする10の近道

スライド①

これは、アメリカの方々はよくご存じの十箇条です。料理には塩を利かせろ、などいろいろなことが書いてありますが、一番重要なのは10番です。(笑)(10:毎日、文句を言って困らせましょう。お金と子供の話題は最高です)
 食事に関しては日本で行われたおもしろい研究があります。糖尿病の患者が集まり、全く同じ食事の内容で、いやな話を聞きながら食べたときと、お笑いを見ながら食べた場合とを比較したところ、血糖値の上がり方が全然違ったというものです。いやな話を聞くとすごく上がる。だから、家族全員が病気になりたかったら、待っていましたとばかりに食事のときに叱るというようなことを続けていると、その一家は食卓から崩れていく可能性があります。

佐藤 それは、ストレスがかかることによって?

西沢 そうだと思います。ストレスで血管がキュッと細くなると血圧が上がりますし、食事による血糖値の上がり方も急になるのだと思います。逆に、お笑い番組などを見てリラックスすると、血糖値はキューッと下がります。笑顔がない食卓から、家族も健康も崩壊していくのかも(苦笑)。

 結局、この十箇条の反対のことをしていけば長生きできますよ、という話です。

(スライド:「見た目の若々しさは大切。寿命まで表れる」スライド②-1・スライド②-2)

見た目の若々しさは大切。寿命まで表れる

高齢双子の顔写真を左右においた比較写真
(出典:BMJ;339, b5262, 2009)
スライド②-1

次のこれは、坪田先生が理事長を務める日本抗加齢医学会の重要なテーマでもあります。顔に、寿命と脳の衰えがあらわれるという話。欧米では、双子をずっと追いかけて、同じ遺伝子的な特徴を持った二人が生活環境によってどう変化するかということを検証する研究があります。この写真(高齢の双子の顔写真を左右に置いた比較写真)を見ると、左側が若く見えますよね。これは、70歳のときに双子を10組集めて、判定者が若く見えると感じた双子の片方10人と、老けて見えた方10人を合成したものです。両群の死亡率には差が出て、若く見える側が低いんですね。認知能力も同様に差が出ました。見た目と認知機能の衰えや寿命が相関していることがわかったわけです。つまり、見た目を気にして生きることは案外正しいという話なんですね。

(スライド:「見た目が老けている人では『血管老化』が進行しているかも」スライド省略)

 次に、これは愛媛大が研究しているものです。見た目が動脈硬化のリスクなども相関していると。

佐藤 見た目をきちんと若く保とうとする姿勢が重要ということですか。

西沢 恐らく、そうです。見た目を若く保つためにやっていることによって、
見た目の若々しさが維持されたら、体の中身も若い可能性があるということです。

見た目年齢が若いヒトほど健康で長生き

70歳以上のデンマーク人の双子1826人を対象に(387組の同姓の双子と双子の片方が死亡した1052人。)2001年に全対象者の顔写真を撮影し、その写真を41人の評価者に見せて年齢を推定。その後7年間の追跡期間に全体の37%にあたる675人が死亡。その多くは2001年の調査時に「実年齢よりも老けて見えた人」。双子の見た目年齢の差が大きいほど、老けて見えた方が早死にする傾向に。また筋力や認知能力については、若く見えるヒトほど高いという結果だった。 スライド②-2

(スライド:「肌のハリを失っている人は「骨密度」が低いかも」スライド省略)

西沢 さらに、血管が老いていると骨もだめになっているかもしれないという研究もあります。共通点としてあるのは、コラーゲンかもしれません。体を構成するタンパク質の中で一番多く、約3割を占めますが、その4割が皮膚にあって、3割が血管と骨の関節にあります。だから、紫外線で傷む以外は、中からの要因で顔のコラーゲンも老化するわけです。そして、中から来る要因は、同時に血管や骨も老化させる可能性があるんです。皮膚の場合、構成成分の7割くらいがコラーゲンなのですごく影響が大きいですね。

佐藤 なるほど。

西沢 顔を見れば、右側の人(前述の、高齢な双子のうち見た目が老けている方)は、血管も骨も老化が進んでいて、血管の病気や致命的な骨折などで寿命が短くなるかもしれない。また最近の話題で、東京医科歯科大の先生方が発表した研究がありますが、それは、毛根にコラーゲンがあって、このコラーゲンがしっかりとどまっていると髪の毛は抜けにくいという内容でした。白髪にもなりにくいと。さらに、コラーゲンは全身で重要な働きをしているようで、動物だと、コラーゲンの再生能力が若々しく維持されている生き物では長生きするという研究も出ています。まだ線虫といったレベルで確認されていることではありますが。

佐藤 コラーゲンって、思っていたより重要なんですね。

西沢 住まいのことにどう関連するかというと、団地のような場所では「あ、この人」というのを顔で判断しますよね。顔での認識は結構正しいんではないかと思うんです。この人は危ない人ではないか、とか、暗い顔をしてしわだらけになっているこの人は孤独な一人暮らしなのではないかなど、いろいろな想像ができるわけです。そんなところから生まれるコミュニケーションもあるのではないかと思います。

人生を幸せに感じている人は長生き

見た目年齢が若いヒトほど健康で長生き

2011年に、世界的に有名な科学雑誌Scienceに「Happy People Live Lomger」という記事が発表され、幸福度が寿命にプラスの効果をもたらすことが示された。人生を幸せに感じている人ほど、長生きになる傾向があることが多くの研究を分析した結果明らかになった。 スライド③

(スライド:「人生を幸せに感じている人は長生き」スライド③)

西沢 実は、ハッピー感はすごく重要です。この報告では、あまり世情不安がない先進国に住んでいる人たちで、アンハッピーな人より約7.5年~10年寿命が長くなるとしています。すごいですね。一方、日本人で20歳前くらいからタバコを吸っている人の寿命が吸わない人より平均10年短いという研究があるので、タバコを吸い続けるならハッピーな気持ちで吸えば帳消しになるかもしれない(笑)。逆に、不機嫌なスモーカーは寿命が20年短くなっちゃうかもしれない。この研究者たちは、人の幸せ感は住環境によって違うのでは?という疑問に答えるために、同じ環境で毎日同じ生活をする尼僧で調べた研究にも触れているんです。すると、不機嫌な尼僧とご機嫌な尼僧とでは、7歳くらい寿命が違ってた。一番びっくりしたのは、不機嫌な尼僧でも、平均86.6歳まで生きるということです(笑)。長生きしたかったら宗教的な規則正しさを持って生活をするのがいいかもしれない。みんなで朝5時にはラジオ体操をしたり、鐘が鳴るのを合図に、同じ行動をしたりするとか(笑)。

佐藤 それはやはり規則正しい生活を送るからでしょうか。

西沢 それはあると思います。あと、教会で食べ過ぎ生活を送る僧侶というのは基本的にいないのではないかと想像しますが、この「食べすぎないこと」も重要です。過食生活は寿命の短縮要因だと指摘されています。じゃあ、どのくらいの量を食べていればいいかという点に関してはまだ議論があります。ただ、昔から言われる「腹八分目」はかなりいい線を行っているようです。
 幸福感をどうつくるかというのも意外に難しいポイントに思えますが、実は身近なところからできることがいろいろありますよね。例えば、居住空間のあり方とか。きょうはこちらに伺って、こういう無駄がなく心地よい空間(SAMURAIオフィス)にいると、それだけで幸福感があるじゃないですか。嫌な感じがするものが何もない。一方、家に帰って自分の部屋に入ると嫌な感じのものがたくさんあるわけです(笑)。日々妻に片づけろと言われている雑誌や本の山とか。
(スライド:「自分が若いと思っている高齢者は長生き」スライド省略)

西沢 自分が実年齢よりも3歳以上若いと思っている人は長生きするとする研究です。死亡率が10%くらい違います。気の持ちようが重要なので、団地といった生活空間を考えると、自分で若いと思って、他人からも若いと思われている人がいたとしたら、その両方の思いがうまく調和し、交流できるような生活空間を作れば、みんながハッピーで長生きできるかもしれませんね。

タバコは見た目も老いるし、寿命も短くする

前述とは別の、双子に関する比較研究で、「喫煙歴」や「肥満度」が見た目の年齢に影響を与えることが分かった。双子のうち喫煙歴30年の方は、喫煙しない方に比べ6.5年老けるという結果になった。(データ:Plast Reconstr Surg;123(4),1321-31,2009) スライド④

(スライド:「タバコの煙が漂う空間にも注意」スライド④)

西沢 このところ空気と健康に関する研究が急速に進んでいまして、例えば汚い場所では肌老化が進むことがわかっています。また、最近衝撃的な発表がありました。30年前に受けたひどい大気汚染は、時を経ても死亡率を上げる要因になっていると。だから、今、大気汚染が深刻な地域はその影響が未来に現れてくるかもしれないわけです。さらに、室内の空気汚染についても研究が進みつつあります。日本での研究はいわゆるシックハウス症候群が問題になったあたりから盛んになっていますが、ここのところ鬱の方が多くなってきているのは、1日中向かっているパソコンが過熱し続けることで、シックハウス源であるホルムアルデヒドと似た化学物質が出ているからだとする指摘があります。

佐藤 パソコンからですか。

西沢 ええ。なので、パソコンに長時間向かって労働している人たちに鬱が多いのは、座りっぱなしであることだけの影響ではなくて、実際、化学物質も出ているからだという先生もいらっしゃいますよ。

佐藤 ちなみに、座りっぱなしは、単純に血液の循環が悪いからよくないということですか。

西沢 恐らくそうだと思いますがまだ研究途上です。でも、女性の子宮筋腫が増えているのは、パソコン作業が多くなって椅子に座っている時間が長くなった影響もあるのでは、という説があります。女性は骨盤内に卵巣や子宮という重要な器官がありますが、座っている時間が長くなることで骨盤内部の血流が悪くなり、うっ滞してしまう。それが子宮筋腫の増加につながっているのではないかというんですね。

佐藤 それは、まだ証明はされているものではないけれども、そうではないかと。

西沢 ええ。少なくとも、現代のように女性が座りっぱなしでいるということは、歴史上そんなになかったわけですよ。洗濯は洗濯板でやっていたりしたし。うちの母などもそうでしたけど、座らない時間ばかりだったような気がします。そういう意味で、オフィスでずっと座ったまま凝り固まって仕事をする環境自体がまずいのではないかと。もっとも、一番凝り固まるのは、じっとテレビを見ているような状態のときらしいです。セデンタリー(座りっぱなしのライフスタイル)の中でも、短命になるリスクが高いのは長時間テレビを見る習慣を持っている人とする研究もあります。

佐藤 止まっていることがよくないと。立ちっぱなしもよくないですか?

西沢 いえ、立ちっぱなしはそうでもないようです。ただ、立ちっぱなしでいることは、現代社会ではほとんどないじゃないですか。だから、もしかしたら、本当に直立不動で1時間立っていたら健康に悪いのかもしれないですけど、実質的にそれはほとんどできないので。

(スライド:「空気汚染物質は心身まで蝕む。子供の発達障害や知能低下リスクも高める」スライド省略)

西沢 空気汚染はメンタル面や脳卒中のリスクを高めるなど心身に影響を及ぼすことがわかっています。室内でPM2.5濃度を一瞬で高めるのは、やはりタバコです。タクシーの中で誰かが1本タバコを吸うと、一番ひどい時期の北京の大気汚染より遥かに高い数字になるらしいです。

佐藤 怖いですね。

西沢 日本人女性で、自分が吸わないけどパートナーが吸っている場合に乳癌リスクがどのくらい高くなるかという研究結果が出ましたが、ほぼ2倍でした。これはもう家庭内でタバコを吸っているご主人に頼んでもやめてくれないとしたら、十分な離婚理由になるかもしれない(笑)。また室内で化学系物質の濃度が高いと、子どもが発達障害になるリスクも高くなるという研究もあります。シックハウス源として建材から出るホルムアルデヒドが問題になりました。これは建築基準法が改正されて制限されましたが、インテリア系の素材や家電などまでこの法律は及んでいませんよね。

空気の質を考えなければならない理由は、
それが体に入る物質のうちで最も多いものだから

空気の質を考えなければならない理由は、それが体に入る物質のうちで最も多いものだから

スライド⑤

尾神 ないです。グレーゾーンです。お客様が持ってくるものは、意外と揮発性のものが入っている可能性が高いです。

西沢 シックハウスを研究する東海大の先生によると、具合が悪いという人の家に行って、化学物質源を調べたら、アジアから輸入した家具だったということがあったそうです。引出しをあけたら、検査機器のメーターが非常に高い数値を示したと。あと、やはりアジアの電磁調理器からも検出されたと。パラジクロルベンゼンなどもそうですが、空気より重いので下にたまります。そのため、赤ちゃんや寝たきりのご老人がいた場合、こういう方々がダメージを受けるかもしれないと、彼らは心配しています。

空気の質を考えなければならない理由は、
それが体に入る物質のうちで最も多いものだから

空気の質を考えなければならない理由は、それが体に入る物質のうちで最も多いものだから

スライド⑤

(スライド:人体の物質摂取量 スライド⑤)

東京大学の生産技術研究所によるこの円グラフのデータを見るとわかるのですが、体の中に入る物質を重量比で見るとなんと約85%が空気だということがわかります。一番多そうな飲料と食べ物は合わせてもたった15%。人は常に呼吸しているので、微量だと思っても相当影響が大きいということですね。

佐藤 フィルターの掃除をしよう(笑)。したほうがいい。

vol.15~日経ヘルス 元編集長  西沢 邦浩さんをお迎えして団地の未来は、健やかさの未来 2/4

食べること、動くこと。真の健康のための、新しい考え方。

佐藤 先ほどの食べ過ぎの話ですが、どういうメカニズムで老化の原因になるのですか。

西沢 必要以上のものを食べると、体がそれを一生懸命に処理するために働かなければならなくなります。この過剰な消化吸収作業や、吸収した物質の体内での処理、つまりさらにそれを燃やしたり貯めたりするために体内の器官に無理がかかることで、活性酸素がたくさん出てきて体が傷んでしまう。そういうことではないでしょうか。

佐藤 酸化するということですね。

西沢 そうです。もう一つ、腸もやられるという研究もあります。処理し切れない栄養が大腸まで流れ込んでくると、悪さをする菌たちが増えてくるということがあるようです。腸内細菌の研究の進展もすごくて、太りにくくする菌も特定されてきているし、糖尿病の患者に多い菌も特定されていたりします。食物繊維類の消化されにくい炭水化物が腸には大切なようで、例えば糖質制限という人気の食事法がありますね。あれで、炭水化物の摂取量を極端に減らしてしまうと、結局、これらが腸の乳酸菌やビフィズス菌といった有用菌のエサなので、肉のたんぱく質とか油が好きな悪い菌が増えてきますが、この菌たちが一種のたんぱく質からつくった物質が動脈硬化を進行させるとする研究も発表されています。食物繊維類を摂らない状態を数週間続けると、これらをエサにする菌の群が激減したり死んだりしてしまうこともあるようです。そして、再び食物繊維の多い食事に戻しても死んでしまった菌はもとに戻らない。これはマウスの研究なのですが、このような食事をさせたマウスが妊娠して出産すると、菌の種類が減った菌叢がその子どもに受け継がれ、3世代にわたってその状態が受け継がれてしまうことを報告した研究があります。だから、お母さんの食事がすごく重要ということと、菌のご機嫌をとることが重要だと。
確かに、糖質制限をするとみるみる痩せることが多いです。太るほうに働くインスリンというホルモンの出が著しく少なくなるので太りにくくなりますが、腸からダメージが体に広がる可能性があるんですね。

佐藤 やはりバランスよく摂ったほうがいいということですね。

西沢 そうですね。例えば、日本人は、1950年代くらいまでは大麦をたくさん食べていました。麦ごはんが普通に食べられていたわけで、1955年の食用大麦の生産量を見ると約250万トンになっています。それが今では3万トンを切っています。ほぼ100分の1くらいになってしまった。一概にそのせいばかりとは言えませんが、大麦の生産量が減り始めた時期から、日本人に大腸癌や糖尿病が増えています。食物繊維の中でも有用菌の絶好のエサになる水溶性食物繊維が最も効率的に摂れる日本の伝統食材は大麦と言っていいかと思います。また、麦ごはんを食べれば食物繊維がたくさん入っているから、これが糖質の吸収をゆっくりにして血糖値も緩やかに上がるのでインスリンもドッとは出ない。そして、食物繊維は腸に行くから腸からも健康を担保されます。

“空腹を感じるまで食べないこと”も
効果的なアンチエイジング法

“空腹を感じるまで食べないこと”も効果的なアンチエイジング法

通常一番長い断食時間があるのは夜。夜8時までに夕飯を食べて、朝食を朝8時にすれば、「半日断食」に。夜なるべく空腹状態にした方が体内時計なども効果的にリセットされる。 スライド⑥

佐藤 そうなんですね。

西沢 砂糖類も含めて精製した炭水化物をたくさん食べるようになったことが問題と言えるかもしれません。徹底的に精製する技術自体がない時代の炭水化物には、ある程度食物繊維が残っていたと思います。精白した砂糖が普通に使
えるようになったことも大きいですね。

“空腹を感じるまで食べないこと”も
効果的なアンチエイジング法

”空腹を感じるまで食べないこと”も効果的なアンチエイジング法

通常一番長い断食時間があるのは夜。夜8時までに夕飯を食べて、朝食を朝8時にすれば、「半日断食」に。夜なるべく空腹状態にした方が体内時計なども効果的にリセットされる。 スライド⑥

(スライド:「空腹を感じるまで食べないことも効果的なアンチエイジング法」スライド⑥)

西沢 実は、私がずっと実施している唯一の健康法と言っていいかもしれません(笑)。「空腹を感じるまで食べないこと」。空腹状態になると長寿遺伝子にスイッチが入り始めます。それは、人間自身がずっと飢餓と闘ってきたので、おなかがすいてくると、まずエネルギー消費をエコモードにするらしいです。ずっと同じ調子でエネルギーを使っていたら、次の食事にありつく前に命がつきてしまうかもしれないので、なるべく少ないエネルギーで生きられるように、エコモードのスイッチを入れ始めるらしいです。そのスイッチの一つが長寿遺伝子です。成長ホルモンなども空腹時に出始めます。また、日本の先生が発見して、次のノーベル賞候補と言われているものにオートファジー(自食作用)というものがあります。空腹状態が少し続くと細胞がごみ出しを始めるんですね(対談後の2016年10月、東工大大隅栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞)。空腹になると、飢餓に向かうかもしれないので、それぞれの細胞の稼働効率を最も良い状態まで回復させようとするらしいです。燃費の悪い状態で生きていたらヤバいと。なので、最も良い状態にするためにゴミを出して、しかもエコモードに落とす。おなかがグウーと鳴ったら食べましょう、そうすれば私たちの体の回復力も正常に働きますよ、ということでしょうかね。

佐藤 1日3食とか2食とか、そういう話はどういう感じですか。

西沢 今は3食が普通になっていますが、ほんの100年くらい前まで2食で生きていた方々がたくさんいますよね。

佐藤 江戸時代などはそうでしたね。

西沢 そうです。結局、それは、いつ食べているかということとも関わるようです。現代では、朝食を食べた後、お昼を食べないと、夕ご飯の時間が特に都市部では遅くなりがちだからお腹がペコペコになってしまう、つまり、起きている時間が長すぎるから(睡眠時間が短いから)ということもあるんじゃないでしょうか。

佐藤 起きている時間が長すぎるから、2食だともたない。

尾神 植物にも同じようなことがありますね。青森の木村さんのリンゴなども、基本的には栄養を全然与えない。結局、栄養を絶つと自然治癒力というか細胞を活性化して甘いトマトや良いリンゴができる。栄養を与え続けるとよくない。

佐藤 そのギリギリのラインはどこですか。(笑)

西沢 恐らく、最初はカロリーを半分にしてみるとかプチ断食くらいから始めて、これ以上お腹が減ると仕事にならないなというポイントを自分の体に聞いてみることでしょうか。栄養が入ってこないとなると、私たちの体はケトン体というものをつくり始めます。それが糖の代わりに使われますが、ケトン臭がします。ただし、糖尿病の人でケトン臭がし始めまたら気をつけたほうがいいようです。

佐藤 ちなみに、西沢さんは食事の間をどのくらい空けていますか。どういう食生活なのでしょうか。

西沢 実は、私はほとんど1日2食です。こんなことを言いながらひどい生活環境にあるのがマスコミという産業(笑)。編集長をしていたときなどは、夜半に出た原稿を朝までに見ておかないと、午前中の工程が動かなくなるということもありましたので。そんな期間が長かったこともあり、僕は、昼が1食目になり、次は夜8時~10時くらいに食べる。この2食で動いています。本当は朝ごはんが一番重要な食事なのは明らかなんですが、深夜まで起きているから、朝はまだ体が夜モード。本当は修正しないといけないんですが……。

佐藤 何時間くらい空けているのがいいんですか。

西沢 細胞のゴミ出しは、2食分くらい空けると活発になるようです。断食を取り入れた健康法に西式健康法というのがあります。この健康法の優れた実践家で甲田光雄先生という医師が大阪にいらっしゃいました。残念ながら2008年に亡くなりましたが。生前、取材で甲田先生のところに行ったときに、「子どもができん人たちはな、断食してみるとええんや」と言っていたんです。その後、たまたま私の友人で、アメリカ人と結婚して西海岸に住んでいる人がいて、ご亭主と日本に帰国した際に「不妊治療をしても全然子供を授からない」というんですね。そのとき、甲田先生が言ってらしたことを思い出して、伊豆に断食道場があるから、時間があったら行ってみてはどうかと。彼らは1週間ぐらいの日程で行ったようです。そして、アメリカに帰ったら、「できた!」という報告が(笑)。空腹で飢餓対応モードが発動し始める話と同じで、つまり、断食をすることで、「このままだと死んでしまうかもしれない、自分の種を残さないといけない」と体の生殖能が目覚めるのだ、というようなことを甲田先生はおっしゃっていました。うかがったときは半信半疑だったんですが、勧めたら本当にすぐにできたというのでびっくり。それからそのご夫婦は、あっという間に3人の子持ちになりました(笑)。

運動をしないで座りっぱなし時間が長いと、寿命を短くする

51歳から80歳の2002人(男性68%)を対象に床からの立ち上がり動作(座位から立位をとる)の際に補助的に手や膝を使うかで、筋骨格機能をスコア化(SRTスコア)。スコア別に4カテゴリに分類し解析した結果、SRTスコアが低いグループは死亡率が高く、最も低いグループは高いグループに比べ死亡リスクが約5~6倍になることがわかった。研究グループでは、中高年の死亡率の予測にSRTスコアへの 応用可能性が示されたと報告している。(データ:Eur J Prev Cardiol.2012 Dec 13.) スライド⑦

佐藤 確かに、物事は、健全な危機感がないとイノベーションとか起きないので、体も意外にそうなのかもしれないですね。

西沢 やはり飢餓感は少しは必要ですね。

運動をしないで座りっぱなし時間が長いと、寿命を短くする

51歳から80歳の2002人(男性68%)を対象に床からの立ち上がり動作(座位から立位をとる)の際に補助的に手や膝を使うかで、筋骨格機能をスコア化(SRTスコア)。スコア別に4カテゴリに分類し解析した結果、SRTスコアが低いグループは死亡率が高く、最も低いグループは高いグループに比べ死亡リスクが約5~6倍になることがわかった。研究グループでは、中高年の死亡率の予測にSRTスコアへの 応用可能性が示されたと報告している。(データ:Eur J Prev Cardiol.2012 Dec 13.) スライド⑦

(スライド:「運動をしないで座りっぱなし時間が長いと、寿命を短くする」スライド⑦)

西沢 サルコぺニアを予測する指標に、SRT(筋骨格機能)スコアというものがあるらしいです。一度床に座ってもらってから立ち上がる仕草を観察するのですが、スッと立ち上がった人と、片手をつくくらいで立ち上がる人と、何かにつかまらないと立ち上がれない人などでスコア化しています。スッと立ち上がった人の生存率が一番高い。自力では立ち上がれなかった人は一番低い。つまり、立ち上がり方が寿命の一つの指標になるというわけです。高齢者向けの生命保険商品への加入を考える時にこういう指標を用いられたら困りますね。「立ち上がりスコアが最悪なあなたの月々の保険の掛け金の額は8万円です」とか(笑)。それは冗談として、立つことをチェックするだけでもだいぶ健康状態が判断できるわけです。また、同じ歳の高齢者のおなかのあたりをCTで輪切りにして見たときに、運動をしている人と運動をしていない人ではすごく面積に差が出る大腰筋という筋肉があります。背骨からおなかの中を通って足の骨にくっついている筋肉ですが、これの断面の面積が見た目で6倍とか違うことがあるんですよ。細くなっている人の特徴は、摺り足で歩くこと。つまり、足を上げることが難しくなってしまうんです。例えばこういうことを気軽にチェックできるといいですよね。

尾神 日常の生活の中で、団地の階段などのロケーションを使って大腰筋が維持できるというようなことを意識的にやってもらうのはいいかもしれないですね。

佐藤 今はエレベーターがないことがマイナス要素になっているけれど、こういう考え方と一緒にプラスに転換できるといいですね。

西沢 ある研究で、団地の高層階と1階に住んでいるご老人にそれぞれ活動量計をつけて、どっちのほうがよく動いているかということを調べたところ1階に住んでいるご老人のほうが運動量が多かったという結果がありました。しっかり足が動くうちは階段を上り下りしてもらったほうがいいし、動くのがつらくなってきたら、動き始めやすい場所に住んでいた方がいいということでしょうか。たまに、すごく重厚で重い玄関ドアがついている家がありますが、ご老人はあれだけでもう出かけることが面倒くさくなるのではないかと思うことがあります。年齢や体の状態に応じてどれだけ運動性を確保できるかというのは、住環境の重要なテーマですね。

座っている時間が長い人ほど寿命が短くなる

オーストラリアに在住している45歳以上の男女22万2497人を対象に、1日の座っている時間と死亡リスクとの関連を調べた。平均2.8年間追跡調査し、その間に5405人の死亡が確認された。座っている時間0~4時間未満(1125人)を対照に、4~8時間未満(2489人)、8~11時間未満(1142人)、11時間超(649人)で死亡リスクを比較すると座っている時間が長くなるほど、死亡リスクが上昇することがわかった。(データ:Arch Intern Med;172(6):494-500,2012) スライド⑧

(スライド:「座っている時間が長い人ほど寿命が短くなる」スライド⑧)

西沢 これは、冒頭(連載第1回の冒頭)で触れた、座っている時間が長い人ほど寿命が短くなるというデータです。また、逆に自分がしていることがどれだけのカロリー消費量になるかといった知識を持ち、それを意識すると、エネルギー燃焼作用も大きくなるようです。ニューヨークのホテルで働いている女性たちを対象に行われた研究があります。ホテルのベッドメイクや掃除はいろいろと体を動かしますね。ある一群には、「あなたがしているホテル掃除は1部屋を済ませるたびにこのくらいのカロリーが使われている」と説明して3カ月後に、今までどおり働いていた人たちとを比べると、説明した人たちのほうでは体重が減っていたんです。結局、意識することで行動していることの意味が違ってきているわけです。

佐藤 筋トレもそうですが、意識して行うことと、ぼんやり行うことでは効果が違うことはわかりますが、それは意識して行うほうが結局パフォーマンスの精度が上がっているからなのか、それとも意識することで運動量は変わっていないけど何かが違うのか、それはどうでしょうか。

西沢 もしかしたら運動量自体も変わることがあるのかもしれませんし、自律神経の働きが活発になることもあるかもしれません。イギリス人で腕の良い鍼灸師がいるんですが、あるとき彼が面白いことを言っていました。彼は、日本の有名な鍼灸の本を英語に訳して出していたりもしていて、欧米人に自分がやっている鍼灸について説明する際には、自分なりの解釈も入れて通じる表現を探すのだそうです。で、「お灸が効くのはどういう仕組みなのか」と聞かれてこう答えたんだそうです。「私はあなたの体の凝っているところや悪くなっている箇所がわかるので、そこにお灸をすえる。悪いところの目印として建てるわけです。次になぜ火をつけるかというと、どんどん熱くなるので灸を受ける人はその場所に集中せざるをえないから。つまり私はお灸で体の悪い場所にあなたの“気”を集中させている。お灸はそれによって自己治癒力を引き出し、体を整える技術だと。体の中の気を、その人がそこに集めるように仕向ける技術だというんですね。

佐藤 なるほど。

西沢 脳と筋肉の反応を考えたときにも同じようなことが言えると思います。ある箇所にしっかり気持ちを入れて動かすことで、筋肉の動きが大きくなるというのを筋電計で確認したことがあります。同じ腹筋でも、別のことを考えながらやるのと、お腹の筋肉に集中してやるのとまったく筋電計の振れ方が違うんですね。

尾神 鍼もそうですね。ツボと言っているけど、鍼を刺すことによって細胞を壊すと、自然治癒力がそこに集中して凝りが治る。だから、わざわざ刺して細胞を壊していく。そうすると、そこを修復しなければいけないので、ガーッと集中して治していくということがありますね。

西沢 美容の分野ではピーリングなどもそうした技術のひとつだと言えるかもしれません。ピーリングは、肌をはいでいるわけではなくて、角層の上部で働き自体が終わっている細胞たちを無理なく剥落させる方法らしいです。ピーリング剤を塗ると、防御能がなくなっている細胞の中にスーッと入っていく。そうすると、細胞内のpHが変わって自然に剥落する。同時に、一番表面の角層群が一斉に落ちると、肌の奥にある線維芽細胞がそれを察知し、脂肪幹細胞などを呼び寄せて、肌の再生能力を高めると。つまりほぼ死んでいる細胞を自然にかつ一斉にはがし落とすことで肌の再生能力を上げる方法なんですね。お灸とは違うけれど、体の機能を引き出す方法の一つだと言えるのではないでしょうか。

佐藤 何かの刺激が重要ということですよね。

西沢 そうですね。それが行き過ぎると壊れてしまうから適度の刺激がいい。

佐藤 良いストレスですね。

西沢 そうですね。良いストレス。

佐藤 そのバランスは難しいですよね。

vol.16~日経ヘルス 元編集長  西沢 邦浩さんをお迎えして団地の未来は、健やかさの未来 3/4

「意識する」が、重要なキーワード

ベジタブルファーストの考え方

スライド⑨

(スライド:「ベジタブルファーストの考え方」スライド⑨)

西沢 食事をして体に糖が入って来るとそれを筋肉や脂肪細胞に送り込むためにインスリンというホルモンが分泌されます。問題なのは糖をたくさん含む食事をとって急激に血糖値が上昇したときで、インスリンも大量に分泌されてしまいます。煩雑な説明は省きますが、インスリンが大量に出る状態が繰り返されると、糖尿病のリスクが高まるだけでなく、太りやすくなったり、血管が傷んだりというダメージが生じます。肌の老化も進む。だから、ダイエットや美容のためにも気を付けてほしいわけですが、難しい理屈は伝わりにくく、ややこしい方法は実践してもらえません。そこで、私たちの雑誌の読者が女性で、いわばレディファーストの雑誌ですので、「食事のときに、食物繊維が多い野菜から最初に食べる」というシンプルな方法を勧めることにし、これに「ベジタブルファースト」と名付けました。食物繊維には糖の吸収をゆっくりにする働きがあるんです。そして実際に、全く同じカロリーの食事でも、サラダ→おかず→白いごはんの順に食べたときと、逆から食べたときでは、血糖値の上昇度合いもインスリンの分泌量もがかなり差が出ます。このように、同じような内容の生活でも、その順序を変えただけで圧倒的にその影響が変わってくるということは食事以外でもありうるのではないかと思います。そういう視点で生活を再点検してみて、行動を組み替えてみるといった試みは面白いのではないでしょうか。例えば、お風呂に入ってから食事をするのと、食事をしてからお風呂に入るのと、どちらが健康にいいかを科学的に検証してみるとか。

佐藤 順序や意識ですね。

西沢 はい。実際に、例えば食事前に運動をするのと、食事後に運動をするのと、どちらのほうが運動のメリットが高くなるかという研究が進められています。どちらもそれなりのメリットがあるようで、結論は出ていませんが、ごく最近、ダイエットのためならば、運動後に食事をしたほうが脂肪が燃えやすくなりそうだという研究が報告されています。

佐藤 最近、塩分のことはあまり言われなくなっていませんか。

西沢 塩分摂取の問題は厚労省もずっと注意を促しているんですが、なかなか浸透していないのが現実かも。和食はどうしても塩分が多くなりがちです。そして、1970~80年代くらいまで日本人に多かった脳卒中や胃癌のリスクと塩分摂取量には相関があることがわかっています。摂取量は、だいぶ減ってはきましたが、下げ止まっている感がありますね。WHO(世界保健機関)が健康のためには1日5gまでにしようと言っていますが、日本人の塩分摂取量はまだ男性で平均11g、女性で平均9gあります。せめてあと2~3gは減らしたいところですね。

佐藤 日本の食卓には味噌汁、醤油はやっぱり必要ですよね。

西沢 そうですね、和食の要になる調味料ですから。ですので、塩分を抑えるために、例えばスパイスをうまく使うとか、出汁をしっかり利かせるといった工夫をもっと取り入れていく必要がありますね。佐藤さんがおっしゃるとおり、塩分の問題は和食の一番の弱点ですから。

若返りタンパク質(ヒートショックプロテイン)
が出る入浴方法

若返りタンパク質(ヒートショックプロテイン)ができる入浴方法

スライド⑩

(スライド:「コラ活入浴(コラーゲン生成を促す入浴)」スライド⑩)

西沢 次はお風呂の話です。どうも、つかるお風呂がこれだけ好きなのは、古代ローマ市民と日本人ぐらいらしいです(笑)。古代ローマは、5km四方に150万人が暮らす都市だったということですが、この中に大浴場が11、公共浴場はなんと1000あったそうです。ある皇帝は1日に7回くらいお風呂に行き、そのたびに事務官たちも同伴し、お風呂で会議をしたりしていたようです。最近、この湯船につかるという行為が健康にすごく良いことがわかってきました。ヒートショックプロテインという熱刺激タンパク質が出てくるんですね。このタンパク質は、ある程度体の芯まで温まらないと出てこないのだそうです。シャワーを浴びただけでは出にくい。やはり風呂にしっかりつかってじっくり体を温める必要があります。いろいろな種類のヒートショックプロテインがあるのですが、先に話題にのぼったコラーゲンの合成にかかわるものにヒートショックプロテイン47(HSP47)があって、お風呂でしっかり温まることが美容にいい理由の一つだということがわかってきたんです。

佐藤 ヒートショックプロテインはよく聞いていますが、温まるとそのタンパク質ができるわけですか。

西沢 はい。しかし、温めること以外で増えるヒートショックプロテインもあるんです。例えば、セルベックスという胃薬がありますが、これを飲むと胃の中でヒートショックプロテインができて、傷んだ胃粘膜を修復し始めるそうです。でも、コラーゲンをつくるHSP47だけは熱刺激以外ではほぼ出ないらしいですね。美容のためには湯船でしっかり芯まで温まろうってわけです(笑)。ヒートショックプロテインが出ると免疫力が上がるという研究もあります。

佐藤 熱いお湯のカラスの行水はだめですか。

西沢 ある程度温まらないとだめらしいです。これまでの研究を見ると、のぼせるくらいまで入らないと確実にヒートショックプロテインが出るところまで行かないようなので、もう少し安全な入浴方法の研究が望まれるところではありますね。いずれにしても、ヒートショックプロテインが出始めると2日間くらいにわたって出続けるようなので、週2回ほどはしっかり湯船につかるといいようです。

佐藤 そうすると、免疫が上がる。

西沢 免疫も上がるし、コラーゲンも作られる。ヒートショックプロテインには、新しいコラーゲンを作るだけではなく、ダメになったコラーゲンの排出作用もあるらしいです。さらに、パナソニックがユニークな研究をしていますよ。いくらコラーゲンをつくるといっても、顔はお風呂につけたままでいられない。ということで、パナソニックの約40℃のスチームを出す美顔器が活躍すると。この機械を顔の片側にだけ当てて8週間過ごしたら、当てた側だけしわが改善したという論文を投稿しています(笑)。

佐藤 すごい実験ですね。後で顔がシンメトリーに戻るんですか。(笑)

西沢 そこまで差が出たらすごいかも(笑)。花王の「めぐりズム」ってありますよね。温熱蒸気を出すアイマスク。その発売に先駆けて、花王は、普通に筋トレをする場合と、「めぐりズム」を貼って運動する場合では、貼ったほうが筋肉が増えるという研究を発表しています。つまり、熱刺激を与えて運動したほうが筋肉も増えやすくなるようです。温めることがこんなに深い意味を持つとは驚きでした。

お肌は温もりが好き。
「よしよし」で心が落ち着くホルモンが出る

お肌は温もりが好き。「よしよし」で心が落ち着くホルモンが出る

集中治療室の入院患者44人にタクティールケアを行ったところ、行わなかった群より不安感が有意に抑えられた。
(データ:Complement Ther Clin Pract;14(4):244-54,2008)
スライド⑪

(スライド:「触れ合いのすすめ」スライド⑪)

西沢 次に、触れ合いが良いということで、アンチエイジング分野で長寿ホルモンの一つと言われているオキシトシンに注目しています。赤ちゃんや子どもを寝付かせるときに「よしよし」と撫でますね。ああしたソフトタッチで出るホルモンです。スウェーデンで開発されたタクティールケアというものがあって、疼痛緩和目的で癌患者さんなどに行われています。ケアする人が、10分くらいかけて患者さんの指を一本一本包み込むようになでるんです。そうすると、このオキシトシンというホルモンが増えてきて、不安が解消したり、痛みが和らいだりするというんですね。

佐藤 「手当て」というか。

西沢 まさに手当てです。例えば、米国などでは、スキンシップがない状態が続いたら離婚理由になりますね。日本ではそこまで重要視しない。これは、オキシトシン的に言うとまずいわけです。夫婦が一緒に寝ないとか(笑)。江戸時代の美容書「化粧(けわい)伝」には、両手のひらをすり合わせて熱くして顔に当てるとしわが伸びると書いてある。この理由を資生堂の研究所の方々が解明したんですが、実際に、1℃か2℃くらい体温より高い温度で顔を温めると、肌を守るバリア機能が最もよく回復するらしいです。この研究結果を聞き、有名な美容家の佐伯チズ先生が、ずっとおっしゃってることが証明された、と思いました。佐伯先生は、お肌をケアする前に、手の平をこすり合わせて温めなさいと指導されるんですが、「こうやって手の平を温めて肌に載せるとね、『あーうれしい、あーうれしい』っていう肌の声がするのよ」と。ですから、ぬくもりを私たちの体表面自体がすごく求めているのだと思います。手触り感と、ちょっとした温かさと。そう考えると、温かみやぬくもりがある住まいがいかに重要かと。そういう環境は実際に心身によい影響を与えているんでしょうね。

尾神 幾つかのキーワードをいただきました。日常生活の中にどう落とし込めるかという視点で西沢さんのご意見も入れながら変えていけるといいですね。団地はもともと、介護される人が増えるよりは、元気で長生きする人を増やしていくようにしないともう耐えられないなと思っています。日本もそういうことにしないといけない。それに団地が寄与する形に持っていけるといいなと思っています。

佐藤 やっぱり温泉をつくったらいいんじゃないですか。(笑)

西沢 温泉は絶対に必要ですね。

URウェルフェア総合戦略部 太田部長(以下太田) 調査はしています。

佐藤 前から、温泉をつくりたいと話していました。足湯でもいいですか?

西沢 できれば全身のほうがいいです。足を温めるだけでも、冷え解消にはすごく効果があると思います。でも、全身できちんと入りたいですね。

佐藤 あと、どう楽しく運動をさせるかですね。そのきっかけを何かちょっとしたことでつくれると最高ですね。

西沢 例えば、佐藤さんがつくられるロゴやデザインに何となく人の顔が見えると申し上げましたね。何か運動をしているときに、少し速く歩かなきゃと思わせるようなマークや表示があったりすると、自然に歩幅が大きくなったり、歩数が増えたりしないでしょうか。iPhoneに「もっと速く歩いてください」と言われるとムッとしますけど(笑)、アッ、と気づかせるようなサインがあると、自然に、歩こうかなと思えるような気がする。佐藤さんのデザインには、そういうナチュラルな誘導を可能にする力を感じます。

佐藤 そういうデザインを考えて団地の階段などにうまく展開したいですね。

西沢 そうですね。

尾神 できるかどうかわかりませんが、今のツヤッとした、昇っても楽しげじゃない階段を、昇って楽しいものにする。

太田 今の階段室の空間自体を刷新してしまう。

佐藤 それはあるかもしれないですね。

西沢 下から上まで上がっていったら、有名な詩が1つ読めるとか。

尾神 あとは、コラーゲンの話がたくさん出てきましたが、女性は、いくつになってもお肌がきれいになったほうがいいでしょうから、それは絶対に。

佐藤 例えば、いろいろなところに鏡があるとか。

西沢 顔の老けに気づかせるときの鏡の使わせ方があるんですが、それはあごの下に鏡を置いて、自分の顔を下から見させるんです。そうすると大概の人が老けて見えます。「それがあなたの10年後の顔ですよ」と言われると、それはまずい!と思う。そこで、例えば、いろんなアングルで自分の姿が見られるように、階段の壁に鏡をはめるというのはどうでしょう。少し下向から見える鏡、正面に自分が映る鏡とか。

佐藤 鏡は結構面白いかも。建築的にはかなり単純なことで、例えばトレーニングジムにも鏡があって、見ながらトレーニングすると全然違いますよね。例えば、今までになかった場所に効果的に鏡を配置することによって、常に自分を確認できるとかね。やっていることは単純なことだけど、そういうことで変わっていったりするとすごく面白いですね。

西沢 面白いですね。あと、普通私たちが鏡に映している顔は、人が自分を見るときの顔と左右が逆の像ですよね。角度に変化をつけることで、他人が見ている顔が見られる鏡があるんですが、初めて見たときはちょっとショックでした。「あれ、俺、こんな顔だっけ」とか。シンメトリーでない部分がはっきりわかるんです。こんな気づきも面白いかも。

佐藤 鏡は、かなり面白いかもしれないですね。

尾神 声なんかも、録音した声と自分の声が違っていて、エッと思うことがありますね。あと、まちに置いてある証明写真も、「俺、こんな顔じゃないよな」といつも思う。(笑)

西沢 鏡は、組み合わせ方によっては、そこに何かを入れると、万華鏡の要領ですごく面白い絵柄が見えたりしますね。

尾神 団地で、少しきちんとはしているけど、「もういいわ」と思っているおばあちゃんたちが、鏡があることによって意識が変わるかもしれないですね。

佐藤 そうですね。きょうのお話だと、「意識する」が重要なキーワードですね。何かを意識することによって効果が変わるとか。見た目のこともそうですね。だから、何かそういう気づきを与えるようなことで、例えば、鏡がどこかに設置されて、階段に単純に数字が振られるだけでも違いますよね、きっと。今何段昇ったということを意識するだけでも。

西沢 そうですね。さっき触れた歩く速度で言うと、道路に、時速3kmで歩いている人の3分後、6分後と、時速5kmで歩いている人が3分後、6分後に到達する距離を記すと、「あれ、私の歩く速度は少し遅いな」といった気付きを得られるかも。

尾神 洋光台エリアだと、団地だけではなくて、広がったエリアでのトレイルルールも、今、素案はできていますが、つくってみたいと思います。いただいた知見をうまく落とし込むことができるといいかもしれません。ただ、単純なほうがいいと思います。高速道路で車間距離がわかるラインが引いてあるのと同じように、常に見えているのがいいかもしれませんね。

太田 洋光台北団地もそうですけど、URの昭和40年代団地というか、エレベーターのない中層団地の住まい方は共通する点があると思います。その中で、こういうことをやっていると気づかせてあげるだけで違ってくる。無意識にやっているのではなくて、鏡一つあるだけで全然違うとか。

西沢 ホテルのお掃除の女性たちと同じことで。

太田 もう既にやっているけど、意識していない部分を、いろいろな装置を使って意識させてあげて、そういう気づきをいろいろ与えてあげる暮らしが、この中層団地にはありますよ、というものが何かあるといいですね。

西沢 例えば、どこかにバーコードをつけて、自分が歩く速度などのデータがチェックできるようにするとか、「もう少し速く歩くと病気になりにくいですよ」というデータが表示されるとか。

太田 うまくスマホと連動させるとか。

佐藤 鏡とかカメラとか、何かそういうビジュアル化するというか、自分たちの行動を見える化することによって意識を変えるとか。設置する器具としては、すごく単純なものとか。あと、階段をどうするかですね。

vol.17~日経ヘルス 元編集長  西沢 邦浩さんをお迎えして団地の未来は、健やかさの未来 4/4

団地には、不便という贅沢がある

尾神 いろいろな切り口でお話しいただいたので、皆さんが長生きで、お肌のためにもなることを5つくらい指南書にまとめて、そのうち、3つできるといいですよ、みたいなことで強制はしない。その中に、階段を歩くことが入っていれば、団地につながっていくかなと思います。

佐藤 あと、団地の不具合のようなことを逆手にとって、団地健康法みたいな団地に住むと健康になるというような、エレベーターがない団地に住んでいるから階段の昇り降りをしなければいけないことを、ポジティブな視点からまとめてプレゼンテーションするというか。

中層階段室型の住棟

西沢 「不便という贅沢」とか。

佐藤 そうそう。

尾神 西沢さんはご存じだと思いますが、5階建てだと、5階に住んでいる人のほうが1階に住んでいる人よりも長生きという知見があるそうです。というのは、ずっと階段を昇り降りしているので、明らかに長生きするという知見があるそうです。それがうまく出せれば。

佐藤 今、1階と5階では、家賃はどちらが高いんですか。

尾神 1階です。エレベーターがついていないので。

佐藤 逆にしたらいいんじゃないですか。(笑)

尾神 5階に住めば長生きで健康な生活ができますと。

佐藤 そういうことをうまく逆手にとりたいですね。

尾神 「日経ヘルス」で特集を組んでいただけるといいですね。私たちが言うと説得力がないですけど、西沢さんに言っていただいたものを見せて、「ほら、出てますよ」みたいな。

佐藤 「不便という贅沢」は、すばらしいですね。

西沢 コンビニのマークを模して、「アンコンビニエンス」というマークを作っちゃうとか(笑)。でも、確かに「自分で不便を選べる自由」って贅沢ですよね。「俺、スマホを使わないから手紙書いて」なんて誰も許してくれないですものね。「メール、見ないから」とか、今はできないですからね。

佐藤 「不便という贅沢」なら、例えば自然の中に旅行に行くのも、そういうことを求めているわけですよね。それを味わいたいというか。それはそれでお金がかかりますが。

西沢 不便でないと見えない景色がありますものね。

佐藤 そういうものに近い。みんな、旅行に行ったり、アウトドアに出かけたりするというのは、わざわざお金を出してその体験を買いたいと思うわけだから、団地のそれがパチッとスイッチが入って、変えられるとか。

西沢 いいですね。今は、高齢者にも登山がブームじゃないですか。登山といっても、健康のためにやってる面も多いのでしょうから、「団地に居ながらにして登山並みの運動をしているあなたがいる」なんて素敵だと思う。

尾神 今、ほかでもやっているのは、次の目標を示したほうがいいだろうと。こういうものを行うにも、今西沢さんがおっしゃったように、少し足や膝があがらないようなおばあさんが、自分で少し実践することによって、次に何ができると。例えば、洋光台だと、南のほうから円海山を登って、4~5時間で鎌倉まで行けるハイキングコースがあります。そうすると、それを1時間続ければハイキングに行けますよ、くらいの目標が何かあるといいのかなという感じがしています。そういう人たちと連れ添ってハイキングツアーをしましょうとかあってもいいですね。

佐藤 アクティビティとイベントなどと一緒に絡めて。

西沢 一時期、イギリスでスクワッティング(占拠)――アーティストが無人アパートに住み着いたところ、そこが名所になってその地域が変わっていくといった現象が話題になったことがありました。広大な団地ですから、ミュージシャン棟、アーティスト棟、芸人棟とかを作るのもおもしろい。この棟で空いている部屋には、芸人に住んでもらっています、みたいな。そういう、異色の住人が起こすストレスがあっても面白いかもしれません。

佐藤 食のアイデアはないでしょうか。食は重要ですよね。

尾神 北集会所建築コンペで二次審査に残った6作品には、食に関係するものもありましたね。人間の欲として、食が付くと人も集まってくるという部分もあるので、そこにつなげられるといいなと思います。

西沢 料理教室は人気ですよね。ABCクッキングスタジオだって、主だったショッピングモールの中にありますもんね。集会場が、ああいうクッキングスタジオのような空間だとおもしろいかも。

佐藤 「団地ランチ」とかね。

西沢 いいですね。「団チ」。

佐藤 そういう言葉の力とか、デザインの力をぜひ使って。意識が変わりますよね。

西沢 言葉って、口に出した時点で、名寄せ・口寄せじゃないですけど、圧倒的に意識が変わるじゃないですか。恐らく、体も意識すると変わるように、言葉に出した時点で、名をつけた時点で、動き出すことが結構ありますからね。

佐藤 「団チ」、いいですね。

西沢 ディナーだったら「団ナー」とか。(笑)そのコンセプトで、いろいろな料理研究会に考えてもらって、「団チ」提案があってもいいかもしれない。

佐藤 普通に、カフェやレストランのような、ランチ専門の「団チ」という店を設置して、毎回そこで健康面の研究を行うなどね。店のところは、URで何か展開したらいいんじゃないかな。もしくは、そういう人材を。

尾神 今後、施設についても賑わいがうまれるように、てこ入れをしていきたいと考えています。その際に、そういう人たちに加わってもらえればと思います。今の飲食店も団地とつながりがあるかというと、一般的なところが来ているだけなので「団チ」に近いものがうまく来られるといい。例えば、団地に住んでいる人は結構性格づけができているので、まずはその人たち用のものが何かできるとか。あと、先ほどいただいた健康につながるようなものを行うとかいうことで展開できると、一番いいかなと思います。

太田 団地の中の、自分の部屋で食事するよりも、集まって食べている人のほうが健康にいい――自分の家の中から、どんどん外出ししていくような話の中で、そっちのほうが長生きできますよというような話があると、それも面白いかなと思います。

菜園イメージ

西沢 あとは、テーマ菜園のようなものを開設するというのはどうでしょう。みんなで健康になるための野菜作りをする。例えば、骨の健康にはビタミンKが必要なんですが、これはクレソンとかケールとか青々とした葉野菜に多いんです。クレソンはステーキのツマのようになっているけど、「女性の骨の健康維持に欠かせないクレソンをもっとたくさん食べましょう!」といった提案を自分たちの菜園から発信していく。「クレソンの日」を決めておいて、その日にはクレソンの食べ方をテーマにした「団チ」を出したり。

佐藤 なるほど。

西沢 ニンジンも、1日に1本半くらい食べればコラーゲンが増えるのに十分な量のβ-カロチンがとれるんですよ。でも、日本の中で、1日にそのくらいの量のニンジンを食べる文化があるのは、2カ所くらいしかない。一つは、ニンジンしりしりが大好きな沖縄の人。もう一つは、イカニンジンが好きな福島の人。きっとこの二つの県の女性は肌にハリがあるはずです(笑)。こんな話も紹介しながら、団地菜園で採れたニンジンをみんなで食べるとか。ある年はトマトにフォーカスする。トマトに含まれるリコピンという成分は肌の細胞まで行くんですよ。きちんと届いていると、さすがにUVケアの化粧品ほどではありませんが、肌を紫外線から守ってくれるんです。UVケア化粧品より8分の1から10分の1くらいの防御作用だといわれますが、それでも一つの成分の働きとしては強いんじゃないかと思います。さらに、これも女性に言うと受けるんですが、トマトのリコピンパワーを十分に引き出すには、食べるタイミングがあります。ふだん食べていない人が食べるべきタイミング。肌を紫外線から守ることを考えると、それは夜! なぜなら、トマトを食べてからリコピンがお肌に届くまで6~8時間かかるから。だから、紫外線の強い時季に朝トマトを食べても、肌にリコピンが届くころには日が沈んじゃうわけです。しかし、夜食べておけば、次の日、紫外線から守ってくれます。だから「夜トマト」です。
今、この団地では「夜トマト」が流行しています、なんてニュースになるかもしれない。

佐藤 きょう、西沢さんが教えてくれたようなことを、楽しく「団チ」の中に取り入れて、例えば、食べる順番も、食器に番号が書いてあって、そのとおり食べてくださいということを言うだけでいい。団チ・レストランでね。ちょっとした順番を変えたり、そういうことを発信していくというか。

西沢 そうですね。例えば、そこに、食べると良い食材のイラストや写真があるとか。

佐藤 そして、ランチョンマットのようなプレートに「今月のヘルス情報」のようなものが書いてあって、みんながそれを見る。団地に住むと、こういう情報に詳しくなるとか。そういうリテラシーが上がっていくというか。

西沢 例えば、それによって、ここに1年住んでいると平均して健診結果のデータがこれだけ良くなったなんてデータまでが出てくれば、しめたものですね。

佐藤 健康診断はしていないんですか。

尾神 行政の健診はあると思います。

佐藤 そういうものもイベント化して面白くできたりするといいですね。「1年後が楽しみ」みたいな。

西沢 そういうのは、入浴施設があるようなところで行うのがいいと思います。

尾神 体育協会さんとも連携できる感じになってきたので、地元で体操などをしている指定管理者とうまく組めればいいかなと思います。

佐藤 食、運動、あと美容やビジュアル面のようなことをさらに組み込むと面白いですよね。見た目が意外に重要ということで。

尾神 そうですね。

西沢 確かに、若々しくて、笑顔が素敵な人たちが周囲に住んでいると、それだけでもご機嫌になりますものね。

佐藤 全然変わります。

西沢 すごく重要ですよね。

尾神 お医者さんから聞くと、こういうふうにやわらかく説明いただけないことがあって、わかりにくいこともありますが、西沢さんのフィルターを介すると、普通の人にもスッと入っていきやすいということがあります。

西沢 こういう活動でできてきたものをグッズにして、団地ショップで売っちゃう。洋光台にあのグッズを買いに行きたいと思わせる。もちろん、団地の方々は安く買える特権があると(笑)。

佐藤 そういうものを実践したいですね。マーチャンダイジング。「団地の未来グッズ」のようなものは、結構できると思います。

西沢 あと、「団チ」を食べに来てほしいですね。

佐藤 そうそう。

西沢 「会話がはずむ食品リスト」とかね。大体、珍しい食材や変わった料理を目の前にすると会話がはずむじゃないですか。それをかじって食事をすると何を食べても甘く感じるという葉野菜があるんですが、これがあると、大騒ぎの食卓になります。そういうものも団地菜園でつくっておいて、「団地ランチ」に行くと、あれが出るらしいよという話題作りをするのもいい。

尾神 トマトなどはいろいろな種類があるので、スーパーで買っていると、ミニトマトと大きなものしかないと思いますけど、いろいろなトマトを体験できるとかね。

西沢 黒いトマトもありますからね。

佐藤 クレソンを育てるのは大変ですか。

西沢 そう大変ではないと思います。

佐藤 意外にいいですよね。クレソンは、気軽に買うものではないでしょ。

西沢 パセリも、放っておくだけでモワモワに増える繁殖力の強い野菜ですが、クレソン同様、ビタミンKをはじめビタミンやミネラルの豊富さはすごい。パセリはデトックス作用も強い野菜ですし。

佐藤 意外にありそうでないクレソンサラダとか、パセリサラダとか。キラーコンテンツになるかもしれない。

尾神 野菜を少しセレクトして、提案してみて。

佐藤 家庭ではあまり食べられないものが、そこには1品あって。

西沢 そもそもそういうものはみんな大量には買わないから、スーパーに行くと値段が高いですよね。でも、こんなに栄養豊富な野菜だから団地でつくろう、みんなでシェアしようという発想で、菜園と団地レストランが動いていたら面白いですね。

佐藤 クレソンは、僕は結構好きです。苦い野菜とか好きなのですが、クレソンだけを大量に買うことはしないですね…

西沢 佐藤家はみんな骨が丈夫だと思います。(笑)

尾神 アイデア出しをまたちょっとさせていただきながらと思います。少し絞って、坪田先生を入れて一回座談会を開くということもあるかなと思います。本日のことを踏まえて、どこにどのように何をやるか。きょうは全般的に語っていただきましたが、この中から、イケそうだというところに、もう一回くらい座談会を開かせていただいてもいいのかなと思います。

佐藤  ジャストアイデアをまとめてみて、それを西沢さんに見ていただいて。

西沢  はい。

佐藤  ちょっとした単純なことで大きなソリューションになると最高ですね。あまり大仰なことではなくて、鏡を一枚置いただけとか、そういったことで。

尾神  そうですね。

佐藤  結構、意外に変わると思うんですよね。

尾神  鏡は面白いですね。

佐藤  鏡は面白いです。やはり、見ているのと見ていないのとでは全然違いますからね。

尾神  意識が変われば。

西沢  そういうものを入れると、どこかの女性誌が、「洋光台に行くと鏡の国のアリスごっこができる」とか(笑)、始めるわけですよ。

佐藤  きょうはとても面白かったです。たいへん勉強になりました。

尾神  西沢さん、ありがとうございました。

西沢 邦浩

西沢 邦浩   Kunihiro Nishizawa 日経BP総研マーケティング戦略研究所主席研究員

西沢 邦浩

西沢 邦浩   Kunihiro Nishizawa 日経BP総研マーケティング戦略研究所主席研究員

早稲田大学卒。小学館を経て、1991年日経BP社入社。98年『日経ヘルス』創刊と同時に副編集長に着任。2005年より同誌編集長。2008年から10年まで『日経ヘルス プルミエ』編集長。2010年から14年まで日経BP社と三菱商事の合弁によるコンサルティイング会社テクノアソシエーツのヴァイスプレジデントを兼務。同志社大学嘱託講師、日本腎臓財団評議員、コンディショニング研究会アドバイザーなどを務める。慶應義塾大学の坪田一男教授とともにラジオNIKKEI『大人のラヂオ』に出演中。

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