入居倍率100倍超!?「夢の住まい」での50年の物語|ひと学部|URくらしのカレッジ

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入居倍率100倍超!?「夢の住まい」での50年の物語

2016年秋、神奈川県相模原市の相模台団地は50周年を迎え、居住者の方を中心とした「祝う会」が団地の集会所で行われました。昭和41年の初期入居から50年、相模台団地にお住まいの前自治会長・田邊敏夫さんに、入居当時の思い出から現在の取り組みまでをうかがいました。

子どもたちのお祝いの歌に、みんなにっこり

お祝いにぴったりの晴れの日、「相模台団地50周年を祝う会」では前自治会長の田邊敏夫さんから相模台団地の歴史をたどるエピソードが語られました。50年前の入居時には、“団地の環境は自分たちでよくしていこう”と団地の入居者どうしが気持ちよくお付きあいができるように入居後すぐに自治会を設立し、その当時からの夏まつりやもちつきなどの行事が今も続いていること、団地のシンボルである桜並木の維持活動をしたことなど、懐かしい話の数々に、出席された方々はそれぞれ思いを巡らせているよう。
「祝う会」では、団地内の認可保育園「あおいそら保育園」の子どもたちから歌のプレゼントがあり、その元気いっぱいの歌声にみなさんの顔にも笑顔がこぼれます。

当時の入居倍率は100倍超!? 団地は「夢の住まい」

田邊さんは、入居当時の書類を50年たつ今も大切に保管されています。当時、「夢の公団住宅」と呼ばれ、その入居倍率は平均51.4倍。時には100倍を超えるケースもあったとか。当然、何度も落選する人もいて、落選回数によって、当選確率が上がるようなシステムになっていたそうです。田邊さんも15回以上落選した“特”の枠で、ようやく入居できたといいます。

「風呂無しの6畳ひと間のアパートが主流でしたから、お風呂付きの3DKの団地はワンランクもツーランクも上の、憧れの住まいだったんです。」

道路の整備もまだ不十分な時代。団地内の道路はいち早く舗装されていたものの、駅までは赤土がむきだしの道だったため、「雨の日は長靴で駅まで行き、駅の近くの手荷物預かり所に長靴を預け、革靴に履き替えて銀座まで出勤していたんですよ」と、懐かしそうに語る田邉さん。

50年を経て、再び理想の住まいへ

相模台団地ができて50年。団地とともに居住者の方も高齢化が進んでいます。入居時は憧れだった最上階5階の住まいも、階段の上り下りがつらいとの声が聞こえてきます。その対策として、エレベーターを付けたり、車いすで生活できる部屋を造ったりと、URによるバリアフリー化も進んでいます。一昨年には、ミクストコミュニティ推進のために団地内にデイサービス施設や、保育園(写真右)もできました。

「昔は小学校の校庭にプレハブ校舎が建つほど、団地にはたくさんの子どもたちがいました。残念ながら、次第に少なくなってしまって…。でも、保育園ができてから、子育て世代が増えてきています。うれしいですね。高齢者に対しては、買い物支援などのソフト面を、地域全体でサポートしていきたいですね。」

自治会長だったころは、“あいさつ運動”、“多少のおせっかい”“階段のコミュニケーション”などを訴えてきた田邊さん。これからも“一人はみんなのために、みんなは一人のために”の精神で、地域全体が元気になるような活動を続けていきたいそうです。

相模台(UR賃貸住宅)

相模原市南区相模台団地
団地内に、デイサービス施設や認可保育園などを誘致し、子育て世代から高齢者まで、住みやすい環境。団地そのものが大きな公園のようで、季節の変化を楽しみながら、散歩やウオーキングをするのにぴったり。

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