東日本大震災での経験を生かして 益城町の災害公営住宅の設計を担当しました。途中からの参加でしたが、設計では、デザインを統一する色彩計画や、コミュニティ醸成のための腰かけベンチや共同花壇、雨避けのための歩行者通路への屋根(キャノピー)の設置などを計画しました。東日本大震災の復興支援を経験している職員が多かったので、その経験やノウハウを生かしやすい環境だったと思います。完成後に実際に居住者さんにベンチや花壇が利用されていると聞いて、よかったと思いました。 関わり始めてから、引き渡しが令和2年3月と決まりました。タイトなスケジュールのなか、工事完成を見据えた工期短縮の検討など、入居を待っている被災された方々のために真剣に考えていたことを覚えています。 振り返ると、あっという間に終わったという印象です。学んだのはスケジュール管理の大切さであり、期日を決めて進めていくことは他の仕事でも大事なことだと改めて感じました。大川善丈九州支社住宅経営部益城町では市街地4地区の災害公営住宅を整備。いずれも5階建て。写真は馬ま水みずの住宅。復興とは何かを今も考え続けています 私が携わったのは最後の1年で、災害公営住宅の工事対応を担当しました。被災された方々の入居が遅れないように、「期日内に完成させること」「とにかく工事を止めないこと」を心がけて取り組みました。雨天などで予定通りに進まないこともありましたが、自治体さんも業者さんもURも一体となって取り組むことで、無事に完成させることができました。 完成間近の住宅内覧会で「こんなにいい部屋に住んでいいのですか」と居住者さんたちが喜ばれる姿を見て、やりがいを感じるとともに、被災後の生活がどれだけ大変だったのだろうと思いました。関わったのは1年だけでしたが、この仕事をきっかけに、震災や復興支援について、いろいろ考えるようになりました。被災地に足を運んだり、仮設住宅を見学したりしながら、復興について考え続けています。田中雄祐九州支社住宅経営部御船町では2地区の災害公営住宅を整備。写真は一丁目第1団地。エントランスには御船高校書道部がデザインしたモニュメントタイルが設置されている。嘉島町の災害公営住宅は、4地区すべて木造平屋の戸建て。高齢者の入居が多いため、スロープを設置した。写真は浮うき明あけの住宅。(当時、設計担当)(当時、工事担当)左・下/宇城市の響ひびきがはら原では災害公営住宅とともに、集会所「みんなの家」と「大きな庭」もURが整備を担当。熊本県産木材を使用。20UR PRESS vol.85
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