UR PRESS VOL.85
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角田光代36暮らしカケラのけがの理由外で転んで、なぜか目と目のあいだのへこんだ部分を強く打ち、血が出て赤く腫れた。痛みは一日くらいでおさまったのだけれど、目と目のまんなかに、本来の目より大きな赤い傷ができた。 その直後、とある授賞式があり、私は審査員として出席したのだが、だれも傷について何も言わない。主宰者と挨拶し、ほかの審査員のかたがたと挨拶し、初対面のかたと挨拶し、司会者のかたと挨拶しているのに、本当にだれひとり、目と目のあいだにもうひとつ目があるような傷について、触れない。 これはきっと大人の配慮なのだろうと思うのだが、でも私としては、「どうしたんですか、その傷」と訊いてほしい。訊いてほしいというか、「じつは転んじゃって」「なぜかこんなところを打っちゃって」と答えたい。 いっそ自分から言ってしまおうか、とも思ったのだが、もしかして、私は自分の顔だから気になるだけで、他人から見たら、そんなに大きな傷でもないし、むしろわからないくらい目立たないのかもしれない、と思いなおして何も言わなかった。数年前にも道ばたで転び、右目のまわりがおもしろいように紫色に腫れ上がったことがあった。どこからどう見ても、殴られた傷にしか見えない。の翌日、またべつの授賞式があったのだが、このときは、まず最初に会った編集者が「どうしたんですか、その傷!」と言ってくれたので、ああ、やっぱり目立たないわけではないのかとほっとしつつ、 このときは、本当にだれにも「どうしたの」と訊かれなかった。初対面の人も、したしい友だちも、みんな、傷なんか見えないように接してくる。道ばたで偶然会った友人も、まったくいつもとかわりなく話しかけてくるので、やはりこのときも「この傷はもしかしたらだれも気づかないくらい薄いのかも……」と思い、「私、転んでここを打ったんだけど、もしかして傷、気づかないくらい目立たない?」と訊いたところ、彼女は「いや、すごく目立ってるよ……」photo・T.Tetsuya十そ屋嬉々として「転んじゃって……」と説明した。そのあとに選考委員のひとりである同業者のかたがあらわれ、「どうしたの、その傷!」と驚いてくれ、数分後にべつの同業者のかたがやってきて「どうしたの、その傷!」と同じように驚いてくれたので、私は本当にうれしかった。1UR PRESS vol.85

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