UR PRESS VOL.85
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 2月末の週末、東京赤羽台の「URまちとくらしのミュージアム」とラボ41では「震災復興企画展」が開催され、広場では東北復興マルシェが開かれていた。東北や能登の物産が並んだショップには、団地に住む親子連れや、付近の大学生などが足を運び、売り手との会話を楽しむ様子も見られた。 URで震災復興企画展を担当する災害対応支援部の新田 裕は、「来られた方が震災を思い出し、被災した地域に思いを馳せるきっかけになれば、という思いで開催しています」とねらいを話す。 URの災害対応支援部は、東日本大震災の後に生まれた震災復興支援室と災害対応支援室という2つの部署がひとつになって、令和5(2023)年に発足した。 東日本大震災の発災後、URは国土交通省からの要請を受け、3月17日に応急仮設住宅建設支援要員4名を現地に派遣。次いで4月13日、復興計画策定支援要員の派遣を開始した。 東日本大震災は津波による被災地域が広範囲で、多くの市町村が甚大な被害に見舞われた。また、原子力災害という未曽有の被害が生じたこともあり、地元の被災した自治体だけで復興まちづくりを進めることは難しい状況だった。 壊滅状態の市町村に入り、復興計画策定の支援を行ったのは、当時40~50代の、経験を積んだURの技術職員たち。延べ51名にのぼる職員が、岩手、宮城、福島県下に入り、復興計画づくりを技術面からサポートしていった。 東北の沿岸地域一帯が同時に被害を受け、それらの地域でいっせいに復興事業が始まった。被災した人たちが1日も早く安寧な暮らしに戻れるよう、スピードが求められる難しい事業だ。「そこでURは、新たな入札契約方式『復興CM方式』を導入しました。通常の市街地整備では、設計、工事、マネジメントと段階を踏み、それぞれ発注先を決めていくのですが、これらを一括で発注するのが『復興CM方式』です。マンパワー不足を補い、迅速な復興につなげるねらいがありました」 災害対応支援部の大嶽幸正が、さらに説明を加える。「URが担当するのは復興市街地整備事業ですが、道路や河川などの復興事業も同時に進んでいます。URは復興工事全体を見ながら、調整も担当。例えば、こちらで出た土砂を、別の場所の盛土で使うベテラン職員を派遣して復興計画策定を支援東北復興マルシェには、昨年夏に「キモチ、あつまるプロジェクト」で福島を訪れた大学生たちも集まった。復興を支援し、被災地に寄り添ったの15年2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年。URは被災した地域にいち早く入り、地元の人々とともに復興事業を推進してきた。現在も復興事業を支える、災害対応支援部に話を聞いた。東日本大震災 UR武田ちよこ=文、菅野健児=撮影(P15)新たな入札方式導入で復興工事を迅速化今回お話を聞いたUR災害対応支援部の大嶽(左)と新田。URまちとくらしのミュージアムの震災展示の前で。15UR PRESS vol.85

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