芸能界に入るきっかけは何でしたか。 小学5年生のときに沖縄でスカウトされました。習い事も何もしていなかったので、母から「暇なんだったらやってみなさい」と言われたのがきっかけです。 プロダクションに所属するだけだと思っていたら、週末に歌とダンスのレッスンが始まりました。当時は、休みの日に、なぜレッスンをしなければならないのかと思ったけれど、ミュージカルをやるようになった今は、ダンスや歌のレッスンが役に立っています。 現役女子高生としてバラエティー番組のMCを務めたり、地元のCMに出たりしていました。女優になりたかったわけではないので、沖縄の大学に行って地元で就職してと考えていたところ、知り合いのプロデューサーに、「せっかくだから1回、東京に行ってみれば?」と言われて、気持ちが変わりました。 東京で5年頑張ってみようと。うまくいかず沖縄に戻っても、まだ23歳だからやり直せると思って上京を決めました。自分の意思で芸能をやりたいと思ったのは、18歳で東京に出てきてからです。 タレントではなく、俳優を志した理由は何でしたか。 上京したときに、私には何ができるのかと考えました。モデルには身長が少し足りない、歌はすごく上手なわけではない、タレントをやれるほど頭の回転は早くない、と思いました。俳優はおばあちゃんになるまで突き詰められて、一番息が長いと思って目指しました。 初めて演技をしたときは、台本に書かれていないことをどのように盛り込めるか考えなさいと言われても理解できず。台せりふ詞をどのように言うのがいいか、言葉に注力していました。演じていくうちに相手の表現にどう応えるか、その場のセッションが大事なことに気づき、ひとりよがりで文字を読む危うさを知りました。 たとえば、台詞を言うときに、一呼吸おくだけで、「考えている」と表現できます。一気にしゃべったら、言うことを準備してきたとか、言わずにはいられないということです。最初は台本の「……」は黙っていることだと思っていましたが、登場人物がどういう人かをみんなでディスカッションして役を深めていきます。舞台は生ものですから、役者もお客さまも毎回違います。そこも面白いところです。 映像のいい点は、見返して演技のフィードバックがもらえることです。舞台は客席の場所によって役者の表情まではわかりませんが、映像はここを見てくださできると知ったときに、台詞以外で表現する喜びを感じました。 日常生活では、意識せずにしゃべっているし、呼吸しています。しかし台本に書かれたことをやってくださいと言われると、自然に演じるのは難しく、うまくいきません。この難しさが探求しがいがあるところで、演じる面白さです。 自分が出演した作品を映画館の一番後ろの席に座って観て、お客さまの反応を見ることもあります。鼻をすする音が聞こえると頑張ってよかったと思うし、笑ってほしいシーンで笑いが起きるとうれしいです。 演じることの転機となった事柄はありますか。 舞台です。ドラマや映画は時間に追われて撮影することが多く、台本が配られた翌日に撮る場合もあります。監督や脚本家、プロデューサーとディスカッションする時間は限られています。 一方、舞台は一カ月の稽古期間中に、何か言いたくても言えなかったり、言葉にならない感情があったり、そこには含みがあったのです。呼吸だけで、喜んでいることも、落ち込んでいることも表現おばあちゃんになるまで突き詰められる仕事です小西恵美子=文、青木 登=撮影4UR PRESS vol.83
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