UR PRESS VOL.76
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だが、防災公園といっても、ここにはマンホールトイレやかまどベンチなどの設備はない。「ここの価値は、地上に何も置かれていない広々とした空間があることです。大規模災害発生時に緊急車両が入りやすい動線と空間を確保。フェンスで囲われたテニスコートは、救援物資の集積所に利用することも想定しています。公園の東側は福岡一の繁華街である天神に近く、天神方面から避難してくる人々の一時避難場所として利用できます」この事業を担当したURの三■棹■聖史がこう説明する。今回整備した地区のすぐ近くには、大規模災害時に避難所として利用される市民センターや中央体育館、小中学校があり、これらと連携して市民の安全を守っていく。「この地下には福岡城や鴻臚館にかかわる貴重な史跡が眠っているので、土地の整備をする前に、埋蔵文化財の調査に長い時間を要しました。整備が始まっても、文化財があるため地下深く掘ることができないという物理的な制限もありました。地下深く掘れないため、高い建物を建てることはできません。また、深く根を張る樹種を避けるなど、植栽にも気をつかいました」もう一人の担当者、URの藤田拓は、事業の苦労をそう振り返った。      ■  福岡市と福岡県では、大濠公園と舞鶴公園の一体的な活用を図る「セントラルパーク構想」が動き出している。この一帯を福岡県民、市民の憩いの場とするとともに、歴史、芸術文化、観光の発信拠点としていく長期の計画だ。福岡市公園部活用課長の小泉信雄さんに、その構想と今回のエリアの関係を伺った。「舞鶴公園東側の城内地区は、天神側からの新たなエントランスであり、今回URさんによる整備が完了したことで、構想実現に向けた大きな一歩になりました。大きな駐車場が整備されたことで車でのアクセスがよくなり、福岡城址や鴻臚館広場に訪れやすくなりました。また、大規模災害が発生したときには、都心部にある貴重なオープンスペースとして活用していきます」昨年10月には、お披露目を兼ねてUR主催の防災イベントを開催。防災グッズ作りや災害時の行動を学ぶカードゲームを、子どもも大人も楽しんだ。イベントが行われた場所は、かつて福岡藩の家老屋敷が並んでいた所。「史跡を意識して舗装の色味にも配慮しました」とURの三棹。歴史ある城跡に、大勢の人々を守る新たな空間をつくる。これもURの大切な仕事だ。セントラルパーク構想実現への大きな一歩20UR PRESS vol.76上/もう一つのテントでは、URがこれまで取り組んできた震災復興事業などをパネルで展示。右/URとの仕事に信頼をおいていると話す福岡市の小泉さん。防災イベントに集まったURのメンバーたち。右から4人目が、この事業を担当した三棹、5人目が藤田。たくさんの親子連れが参加したURの防災イベント。深く根を張る木は植えられない。テニスコートの周囲にはレッドロビンを植樹。地下鉄の駅がある大通りから、車で駐車場に入る動線を新たに整備した。江戸時代の石積みをそのまま残した上之橋御門。上級武士たちが利用した門が、今回整備したエリアへの入り口になる。これまで東側には駐車場がなかったので、今回の整備で公園利用者の利便性がアップした。

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