街に、ルネッサンス UR都市機構

巻頭エッセイ まちの記憶(11)角田光代 楽さより、心地よさ

URPRESS 2017 vol.48 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(11) 楽さより、心地よさphoto・Sato Shingo

見ず知らずの人と会話をするのが嫌いだった。二十代のころだ。できるだけ、会話をしないですむ方法を考えていた。個人商店よりコンビニエンスストアのほうが、人と話さなくてすんだし、個人経営の食堂や居酒屋よりは、チェーン店のほうが話さないですむ。マニュアル対応というのは、人と話さなくてもいいようにしてくれる。コンビニエンスストアやスーパーマーケットやファミリーレストラン、チェーン店というのは、必要以上の会話をしなくていいような工夫がされている。
住まいもそうだった。管理人や大家さんがいないマンションを選んで引っ越してばかりいた。引っ越しをしても、隣や上下階の人に挨拶にいったこともない。
そういうことがよかった。楽だった。

なのにだんだん、年齢を重ねるにつれて、あまりにも機械的な会話に堪えがたくなってきた。店員が、自分ではちっともお勧めだと思っていないのに、本日のお勧め料理を読み上げたり、あきらかにひとり客なのに何名さまですか? と訊くようなことに、我慢ができなくなってきた。結果、私はスーパーマーケットやチェーン店にはいかず、食材は個人商店で買い、飲んだり食べたりするのも、ときにはチェーン店のこともあるが、人間の言葉を話してくれる人がいそうな店を選ぶようになった。

知っている人なら挨拶し、天気のことでもなんでも、言葉のやりとりをする、そういうほうが無理がなくて自然だとわかる年齢になったのだと思う。食べたこともない料理を、心ここにあらずで勧める店員より、これは本当においしいのだと自分の言葉と声で言ってくれる人と話したほうが、心地よいということも、わかるようになったのだ。こういうことがわかるようになるためには、あの、自分が楽であることを選んだ、他人と会話のない若い日々も、必要だったのかもしれない。
近所に、おそらく建った当時そのままの、古い公団住宅がある。建物の真ん中にはちいさな公園があり遊具があり、敷地内には木々が植わっている。あるとき通りかかったら、まだ若い家族連れが何組も、敷地内の掃除をしている。枯れ葉を掃いて集め、空き缶やゴミをトングで拾い、みんな和気藹々と会話しながら作業をしている。子どもたちはそばを走りまわったり、遊具で遊んだりしている。古い団地は年配の人が住んでいると無意識に思いこんでいたから、ちょっと意外だった。意外に思いながらも無意識に立ち止まって眺め、なんていい光景なんだろうと思い、うらやましく思っている自分に気づいた。うらやましく思える自分でよかったと、続けて思った。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『なんでわざわざ中年体育』(文藝春秋)。

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